2014年10月23日

『日本鉄鋼産業は2社+1社の寡占体制で、一定の成果』

▼総論

【6社寡占から2社寡占への移行で14年度は収益増】

日本の鉄鋼産業は、1990年代まで高炉6社体制で来ていた。新日本製鐵を中心にした固定シェアと建値制度が機能し、一定の安定感があった。それが90年代からの円高の定着の中で自動車産業を中心とした加工組立型産業の工場海外移転などによる国内需要の空洞化が進展した。この間に年間2000万トンの国内需要が失われた。これを契機に、再編が進んだ。この結果、現象的には粗鋼シェアの流動化が始まった。同時に構造改革による人員削減と設備集約が進んだ。結果として設備の最適化による稼働率向上などが足元では進んでいる。

2000年初頭に川崎製鉄・日本鋼管の合併によりJFEスチールが登場。さらに2012年には新日本製鐵と住友金属が合併し、新日鉄住金が発足している。これにより国内の体制は実質的に新日鉄住金とJFEスチールの2社寡占(+神戸製鋼)となっている。

日本市場は、安倍政権の登場で、円安と株高が進展。さらに産業競争力の回復対策が進められている。こうした動きを背景に鉄鋼市場は、国内での価格安定、輸出拡大などが定着し、高炉メーカーの環境は改善している。特に新日鉄住金は、市場をコントロールできるリーディングカンパニーとしての存在感を増しており、これが自動車、造船などの主要需要産業との価格交渉力の拡大、市場秩序の確立などの形で、プラスの効果をもたらしている。収益性も改善している。新日鉄住金は2015年3月期の連結経常見通しを前期比10・8%増の4000億円、JFEホールディングスは3・6%増の1800億円、神戸製鋼は800億円の黒字と発表している。電炉業界は,電気料金の値上がりといったマイナス要因があったものの政府の積極的な需要拡大という支援策があり、売上高が増加するメーカーが多かった。特にH形鋼は、前年度比16・9%増の423万トンの生産量で好調だった。この結果、株式上場電炉12社のうち9社が経常黒字を確保するなど予想以上に健闘している。ただ異形棒主体の電炉は、朝日工業(6億4000万円の経常赤字)や北越メタル(2億7000万円の赤字)など業績悪化に悩むメーカーもあった。14年度上期の見通しは、東京製鉄の増益を中心に一定の黒字水準が予想されている。

鉄鋼商社や総合商社の鉄鋼部門は、円安による輸出採算の改善や国内販売価格の上昇などで14年3月期(13年度)は増益のところが多かった。この流れは、14年度上期も継続している。

全体として日本の鉄鋼産業は、90年代の苦境から高付加価値製品へのシフトと生産性の向上努力が図られ、14年前後から成果回収期に入った。今後は「技術、コスト、グローバル」(進藤孝生・新日鉄住金社長)をキーワードに世界的な展開が強化される。

問題もある。1つは、中国の過剰生産とそれを背景にした市況停滞。さらには、輸入鋼材の増加である。これらの問題が長引けば、ここ数年の構造改革効果を打ち消しかねない。7月の輸入鋼材は、72万トンと年率1000万トンに迫る水準にある。500ドル台のホットコイルは、長期に定着すれば、国内高炉の販売価格にも影響を与えかねない。在庫問題も懸念されている。国内の3品(熱延鋼板、冷延鋼板、表面処理鋼板)在庫は、5月末422万トン、6月末419万トンと高水準。国内の普通鋼鋼材在庫は579万トン、在庫率143・7%と危機ラインにある。今のところ高炉ミルは、フル生産だが、在庫が現状以上増加すれば、下期で品種別減産から粗鋼減産に移行しないといけない局面も想定される。

一方、国内の鋼材需要は、鋼材消費量ベースでは、2014年度で6500万トンと高炉メーカーサイドでは、想定している。年間では横ばい。上期(14年4―9月)は3200万トン、4月からの消費税引き上げ(5%→8%)の影響があり、やや停滞する。下期(10-3月)は3300万トンでやや回復する。年間の収益面では、高炉の合併効果によるコスト削減や鉄鉱石、原料炭の値下げなどのプラス効果があり、14年度は、増益で見通せている。将来的には、自動車鋼板などの高付加価値製品生産態勢の世界規模での確立などまだ課題もある。しかし当面の日本鉄鋼産業は、2社寡占で一つの「解」を見出したと言える。

▼各論

【(1)高炉メーカーは上期でコスト削減と構造改善進展・海外投資本格化】

新日鉄住金などの高炉メーカーは、一定の生産量の確保と販売価格の安定化の中で鉄鉱石、原料炭の値下げがあり、上期は全般に良好な状態にある。個別の15年3月期の連結経常利益見通しは、新日鉄住金が4000億円の黒字、JFEホールデングスが1800億円、神戸製鋼が800億円と好調だ。

ただ14年度の4―6月期の第1クォータは、鉄鉱石などの原料在庫の評価損計上があり、新日鉄住金が13年度の864億円から743億円の黒字に縮小、JFEも352億円から346億円に悪化している。神戸製鋼は、171億円から215億円に改善しているが、系列のコベルコ建機の増益によるもの。

日本の高炉メーカーは、第2の革命期にある。新日鉄住金は、統合後の収益改善と生産性改善策として合併後3年を目途に国内製鉄所の高炉、圧延機など14設備の廃棄を決めている。これにより年間600億円の収益改善が進む。この他購買コストの削減で600億円、本社部門のスリム化で300億円、グループ会社の統合再編と連携で300億円、合計2000億円以上の合併効果が見込まれている。

統合会社で設備を廃棄し、年間粗鋼4700万トン前後を国内で生産すれば、設備生産性は大きく改善し、収益性が向上する。高い収益性を背景に、国内のリーディングカンパニーとしての影響力を発揮しており、これが間接的に市場秩序の回復に役立っている。中国などの東アジアエリアでの生産過剰が進展している中で曲がりなりにも値上げが浸透している背景がこの辺にある。JFEは、年間粗鋼3000万トンを目標にしており、輸出がついて来れば、50万トンを上乗せし大台に乗る可能性もある。

UBS証券は、高炉各社の14年度の連結経常益見通しをさらに積極的に評価している。8月の修正値では、新日鉄住金の15年3月期連結経常利益は、4820億円、JFEは2530億円、神戸製鋼は1050億円に上振れするとしている。

足元の収益改善は進んでいる。しかし新日鉄住金などの高炉各社のトップの間では、コスト構造面では、韓国のPOSCOとの差はまだあるとの認識だ。POSCOは、浦項製鉄所、光陽製鉄所の2製鉄所体制で、年間3840万トンの粗鋼生産量。国内に12の製鉄所を抱え、年間4670万トンの新日鉄住金とは生産効率という点で、POSCOが一歩先をいっている。単体の営業利益は13年でPOSCOが2996億円、新日鉄住金が2984億円と接近している。しかし、粗鋼生産量を勘案すれば、POSCOのコスト構造の高さが理解できる。しかもPOSCOには電炉メーカーと競合するH形鋼などの大型形鋼を生産していないという強みもある。

日本の高炉メーカーは、収益性の改善を背景に財務面でも改善が進んでいる。

新日鉄は合併前の08年度末で単体で有利子負債が1兆1920億円あった。DER(負債資本倍率)レシオは、0・62倍。合併で新日鉄住金になった12年度末の有利子負債は、2兆5430億円、DERレシオは、1・06倍まで悪化していた。これが13年度末で有利子負債は2兆2963億円に低下している。DERレシオは0・86倍になり、「14年度末には0・8倍以下を目指す「(太田克彦副社長)としている。

JFEも、08年度末で1兆7687億円あった有利子負債が13年度末で1兆5340億円まで低下。DFRレシオは、0・99倍から0・68倍に改善している。この間にJFE商事の完全子会社化があり、負債増加要因があった。

14年度下期の高炉各社の収益見通しは、上期より改善する。コスト削減効果とともに原料関係の在庫評価損がなくなることもある。需要は、下期ヘビー型になっており、増産効果も期待されている。

高炉各社は、こうした国内での収益構造の改善を背景に今後、海外での工場展開を強化する。特に自動車鋼板部門は、日系企業の海外部門拡充に合わせ、本格化する。インドネシアでは、新日鉄住金がクラカタウ・スチールと工場設立で合意。JFEも、年産40万トンの工場を16年に稼働させる。中国では、新日鉄住金が宝鋼集団との合弁で能力を倍増。JFEは、広州鋼板との合弁を拡充する。神戸製鋼も鞍山鋼鉄集団と工場建設を計画している。タイでは、新日鉄住金が13年に能力を年136万トンに拡大。JFEも13年に新工場を建設している。インドでも、新日鉄住金がタタスチールと新工場を今春に着工。JFEは今春に新工場が稼働している。これら案件は、今後も拡充投資が継続し、自動車鋼板の本格的な海外生産が開始される。

【(2)電炉は電力料金がネック】

日本の電炉メーカーは、韓国同様、電力コストのアップが収益阻害要因となっている。野村寛・普通鋼電炉工業会会長(JFE条鋼社長)は「13年の電力料金値上がりで、値上げ前の11年度に比べ、トン当たり2200円コストアップしている」としている。ただ製鋼時間の変更や圧延コスト削減などで「13年度の経常利益は、トン当たり1200円の黒字」と収益性は予想以上に良かった。

電炉業界は、構造的な設備過剰、市場の成熟化、電力料金の高止まり、といった問題を抱えており、必ずしも万全の収益構造というわけにはいかない。しかし14年3月期は、異形棒メーカーも合わせた普通鋼電炉メーカー16社のうち7社が増収増益となった。特に東京製鉄は、前年に1200億円強の減損処理を行い、償却負担を軽減。これにより、14年3月期は、31億円の黒字と5年ぶりの黒字転換となった。東京製鉄は、年間450万トン近くの生産能力がある。減損処理により身軽になり、今後は年間200万トン強の生産量で収益改善を進める。

東京製鉄以外の電炉メーカーも、企業間のOEM生産拡大、工場熱源の転換(LNG導入)、品種構成の変更などを通して収益確保を進めている。これと並行して、このところ需要面での回復が見られている。特に異形棒、H形鋼は、東日本大震災後の復興需要の本格化、景気回復を前提にした不動産投資の拡大で、増加している。

14年度上期は、こうした状況を背景に、収益改善が進んでいる。上場12社の第1・四半期(4―6月)決算は、鉄スクラップ市況の軟化や販売価格の維持などで、9社が増益。板系メーカーの中部鋼鈑は、8億円の経常黒字で3期ぶりの黒字転換となった。経常赤字は、朝日工業だけ。2月の大雪の影響でスクラップ建屋の改修が遅れた影響で生産が減少したことによる。

需要環境は、下期に向け比較的良好との見方が多い。しかし生産面では、国内の原子力発電所の再開見通しが流動的で、電力料金の高止まりないしは、値上げの可能性が高く、予断を許さない状況。輸入鋼材も、今のところ電炉製品については、円安を背景に数量的に多くないが、今後韓国、中国との値差が拡大していけば、輸入増になる可能性もあり、不安要因となっている。

【(3)商社は円安効果で増益】

商社の鉄鋼部門は、総合商社、専業商社ともに、1ドル=100円台の円安の中で、輸出向け、国内向けともに収益改善が進んでいる。

14年3月期は、メタルワン、伊藤忠丸紅鉄鋼、日鉄住金物産、JFE商事など主要11社が揃って増益となった。最大手の専業商社・メタルワンは、売上高が前期比11・2%

増の2兆5633億円、純利益は237億円と前期比8・7%の増加。鋼材取扱量は、2810万トンと初めて2800万トン台に乗った。平均販売単価は9万1000円と前期の8万4000円を7000円上回った。メーカーの値上げ効果と輸出向けの円ベースの単価が円安効果で上昇したのが、効いている。

高炉系のメーカー商社も改善。住金日鉄物産は、売上高が1兆9915億円で同9・7%増加。純利益は、256億円、同55%の増加。JFE商事は、売上高1兆7813億円、純利益115億円、同62%の増加。

こうした回復傾向は、今期も継続していくと見ている。ただウクライナやタイなどの政情不安による影響が輸出面での懸念材料として指摘されているが、全体としては事業投資リターンの拡大なども想定されており、前期基調は継続すると見られている。

【(4)国内需要動向は横ばい・消費税上げの影響は軽微】

高炉メーカーで策定した14年度の日本国内鋼材消費量は、6500万トン。上期が3200万トン、下期が3300万トン。下期が多いのは、4月に消費税が5%から8%に引き上げられた影響で、4月以降一定の期間、消費減が想定されるため。上期は対前年度同期比で普通鋼で120万トン減、特殊鋼が10万トン減。下期には普通鋼で前年度比90万トンの増加が予測され、回復するとされている。

年間の普通鋼鋼材消費量は5170万トン、特殊鋼鋼材が1320万トン。

部門別では、普通鋼の建設向けが70万トン増の1170万トン。製造業は20万トン増の1460万トン。

需要分野別の活動水準は、住宅着工件数が88万戸で、11万戸減。非住宅着工床面積が5650万平方メートルで、微増。製造業では、自動車が980万台。10万台減。KDセット用の生産は別。自動車は、これまでの円高の中でアメリカ、東南アジアを中心に現地生産が本格化している。現在の円安で輸出採算が改善しているため、現地生産分も含めKDセット用の国内生産は水準が高い。輸出用部品などを含め自動車関連の国内生産は、上に振れている。造船起工量は、1390万GT、130万GTの増加。

普通鋼鋼材需要では、建設が2280万トン、10万トン減。製造業のうち自動車が1140万トン、10万トン減。

このほか震災後の復興需要が本格的に動き出している。一部で20年開催の東京オリンピック関連の建設需要も動き出している。こうした中で鉄筋工の不足などの労務問題が発生しており、建設需要のネックになっている。現場施工の進捗の遅れは、鋼材需要の停滞要因になる懸念もある。

全体の14年度国内消費見通しは横ばいだが、鋼材価格は高止まりしており、このまま推移すれば、売上高、収益ともに増加することになる。

全体の需要動向とは別に、これまで明確になっている月次の各種数値の推移を見てみると、違う側面も窺える。

日本銀行が発表している6月の「短期経済観測指数」によると、5月の完全失業率は、0・1ポイント改善の3・5%。有効求人倍率は、1・09倍と1を超しており、建設業や製造業の人で不足感を裏付けている。全体感を表す大企業製造業の景況感は「消費税引き上げの影響もあり、6四半期ぶりの悪化だが、先行きは若干の改善を見込む」となっている。

日本鉄鋼連盟の鉄鋼需要産業動向では、6月の公共土木工事前払金保証額は、前年同月比1・8%増の7730億円と改善。しかし住宅は3カ月連続のマイナス。非住宅も4カ月連続減。部門によってバラつきがある。

製造業のうち自動車は、5月の生産台数が前年同月比6・1%増で77万4000台と9カ月連続の増加。6月の国内販売は、輸入車を除き、同2・2%増の42万5000台ト2カ月連続の増加。

産業機械部門では、産業機械受注が5月で前年同月比2・8%増と2カ月連続増加。生産は、9・1%増と9カ月連続増加。これに対し、電気機械は、5月生産が同0・2%減で、11カ月ぶりの減少。造船は、5月の起工量が125万4000GTと4カ月ぶりの増加。輸出契約量、手持ち工事量ともに増加している。このように業種によって増減があるが、全体としては良好に推移している。

鋼材受注量は、5月で内需向けが前年比3・9%増の377万トン(普通鋼)と2カ月連続のプラス。特殊鋼は、1・6%減の99万トンと11カ月ぶりのマイナス。

こうした状況から6月の粗鋼生産は、1・8%減の912万トンと3カ月連続の減少。ただ普通鋼生産は、1・8%増の626万トンと4カ月ぶりの増加。生産は、やや調整気味だが、これは輸出向け出荷が5月で8・8%減の221万トンと6カ月連続減になっている影響とみられる。輸出は、円安定着で採算面で有利になっているが、東南アジアを中心に中国材の安値輸出の影響から日本ミルは選別受注を強化している。このため数量的にはやや減少傾向を強めている。ただ4―6月の全鉄鋼輸出は1038万トンと年率4000万トン台を維持しており、数量的には年度初めの想定数値内になっているようだ。

日本の鉄鋼業界は、基本的には年間1億1000万トン前後を維持し、収益優先で競争力を確保していくとの方針に変化はない。

問題は、輸入鋼材。輸入は、韓国、台湾、中国製品を中心に増加している。5月で普通鋼ベースで43万トン。前年同月比32・0%の増加で、7カ月連続の増加。厚板などの板系製品が増加している。7月の輸入鋼材はさらに増加し、72万トンとほぼ年率1000万トンになっており、新日鉄住金などは神経質になっている。

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