2017年5月19日

中国鉄鋼業の現状と展望 ■丸紅経済研究所シニア・アナリスト 李雪連氏■ 海外企業買収、本格化へ/生産キャパ削減 大きな過渡期に

3月には第12期全国人民代表大会を開催。3年続けての実質経済成長率の目標引き下げなどが決定されるも、中国の経済、地政学的影響力はアジアにおいて確固たるものになっている。秋に共産党大会を控え、中長期的大きな構造転換が見込まれる渦中に鉄鋼分野もあり、特に製品需給ギャップの解消や雇用の観点から今後の方向性が注目されている。丸紅経済研究所のシニア・アナリストで中国を中心に政治、経済、産業全般の調査に長く携わり海外経験も豊富な李雪連氏に、鉄鋼業を中心とした中国の現状と今後の展望を聞いた。

――中国鉄鋼生産の現状は。

「世界の鉄鋼マーケットにおける中国の供給過剰という点で昨年は努力が鮮明に見て取れた。生産能力は依然12億トン程度を維持しているが、政府は16年から5年をかけ1―1・5億トンの生産キャパ削減を進めるという目標の下、昨年は4500万トンの削減目標に対し、比較的削減の容易な非稼働設備を中心に実質6500万トンの削減を果たしている。今年の目標は5000万トン。ただし、今年からは稼働中の設備が主体になってくるので、コストがかかる上に地方政府などの反発も見込まれ難航する可能性も高い」

――中国の3月の粗鋼生産量は単月で過去最高だったが。

「誤解の多い点だが、中国が約束し、実際削減しているのは生産能力であって生産量ではない。粗鋼などの生産全般に関しては1月から3月の中国の統計数値については旧正月が毎年ずれて入るのでその多寡を見てもあまり意味がないこともあるが、注視する必要があるのは4月以降の統計。今後の能力縮小には稼働している設備の領域に本格的に踏み込むことになり、減産にもつながる可能性が出てくるためだ」

――中国国内の鉄鋼需要動向は。

「キャパを削減しつつ内需を押し上げたい、というのが政府の狙うところ。中国国内の鋼材需要の約4割は不動産、インフラを含めた建設関連で、残りを自動車や家電など製造業が占めるが、国内需要の創出に注力しているという意味では結局は投資、中でも鉄鋼では不動産とインフラに集約され、状況は一進一退だ。住宅マーケットの盛り上がりは鋼材の内需創出という点で本来歓迎すべきものだが、住宅価格の高騰は平均的労働者からの不満も強いもろ刃の剣。90年代末の朱鎔基の改革以前は福祉厚生の一環として企業や政府から受給していた中国の不動産は歴史が浅く、また中国人にとって数少ない投資商品でもあり過熱しやすいマーケット。常に高い需要があり、行き過ぎれば政府が介入することを繰り返し今日に至っている。昨年の秋口以降、政府は抑制の方向で、購入制限や住宅ローンの頭金比率増などの施策を講じており、今年後半にかけ投資が鈍化するサイクルに入っていると思う。ただ農村人口を都市人口に組み込む都市化は受け皿としてのマンション建設、道の敷設や都市人口の増加に伴う家電、自動車の購入増など、鉄鋼内需と密接に関わる。今年の都市人口の増加目標は1300万人で、今後も需要を支える重要な部分であり続ける。インフラは鉄道や高速道路、橋などまだまだ不足感が強く、特に鉄道関係は潜在的需要が多く明るいファクター。外需である一帯一路の超大型プロジェクトも着実にミドルエンド製品の需要を生んでおり、都市化と並んで手堅く需要を押し上げていくだろう」

――2025年、2050年の鋼材需要予想と粗鋼生産量予想は。

「日本では70年前後に1人当たり粗鋼見掛消費量が600キログラム程度に急速に拡大した後、長期にわたり600―700キログラムの水準で推移した。考え方だが、中国の1人当たり粗鋼見掛消費量は03年の200キログラムからわずか10年で500キログラム強に到達しており、環境規制が厳しくなっている中、鉄鋼多消費型社会からの転換を視野に、今後消費を大きく伸ばす余地は少ない。これから伸び悩むことを前提にすれば、中国の粗鋼消費市場は約14億の人口×一人当たり見掛消費量の7億トン台でピークアウトする試算ができ、輸出は約1億トンで高止まり、粗鋼生産全体も現状の8億トン台が長期に及び、2050年までには人口減、高齢化などを背景に6億トン強に減少すると予測している」

――中国鉄鋼企業による日本など海外鉄鋼企業の買収の可能性は。

「足元でも中国鉄鋼企業の海外進出の意欲は強く、可能性は高い。ポジティブな理由としては、鉄鉱石や原料炭などの権益の確保を第一に、現地生産によるシェアの効率的な拡大、そして技術獲得が挙げられる。ただ足元では、中国鉄鋼業全体の流れとして過剰な生産キャパの削減を迫られていることが最大の動機。各企業に与えられる目標が達成されない場合、国有企業では人事においてトップが解雇される場合があり、経営においても支障が出る。さらに、電気料金の大幅な値上げなどの重い罰則があり、目標未達では競争を勝ち抜いていくのが非常に困難となる現実がある。今後10年というスパンで考えれば企業の統廃合は必至で、200社以上ある高炉も10分の1程度に集約されていく見通し。一帯一路での中央アジア需要など、今の需要はミドルエンド製品で賄えるが、日本や韓国へのキャッチアップが強く意識されていることからいずれ生産技術の高度化を図らねばならず、各企業の個別の事業戦略にもよるが、業界再編後のステップでは先進的な技術を獲得するために海外企業を買収する動きが本流になっていくと思われる。またそれは国有大手がリーダーシップをとることになる。南では高級鋼材製造拠点を擁する宝山鉄鋼、北では鞍山鋼鉄が中心的存在となっていくだろう。統合そのものは最早止まらない動き。後はどことどこが、という話で、水面下では様々な憶測が飛び交っている」

――中国鉄鋼業界の一連の動きの根底には生産キャパ削減が絡むが、その目的は。

「雇用に尽きる。製品環境の悪化は設備の稼働率低下につながっており、稼働していない設備に対する人員が実質的な失業状態になっている。レイオフとも言えるこのケースでは企業に賃金支払い義務がなく、雇用を重視する政府にとっては看過できないもの。過剰生産キャパの削減は、こうして停滞する人材を経済活動に回帰させることで新たな生産性のある労働力とすることが主眼。勿論世界的に過剰生産を糾弾している外圧も要因だが、多くは内圧によるものだ」

――中国鉄鋼企業の資本負債率は70%程度。目標の60%まで低くすることはできるのか。負債率の安全圏とは何%なのか。

「16年暦年の中国鉄鋼企業の資本負債率は69・6%だった。全国の製造業全体の55・8%よりはるかに高いもので、リーマン・ショック以降急激に跳ね上がった。目標である60%こそがまさに安全圏というのが業界の認識だ。現在まで資本負債率は高止まり傾向にあり、デフォルトも実際に起こっていることで問題意識は高い。そこで最近業界で散見されるようになってきたのが、デレバレッジの一種になるDES(Debt Equity Swap)。債権者に債権を株式化し株主となってもらう手法で、配当などを割り当てつつ経営の健全化も図ることができるという意味で前向きに捉えることもできるが、今が業界にとって大きな過渡期にあることは間違いなく、負債率を低下させることには多くの困難が立ちはだかる。生産キャパの削減を求められる中で経済性との両立を果たしていくことは難しく、今後も負債率の高さは問題として残っていくだろう」 (阿部 拓也)

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