今井「米国は製造業の国内回帰政策やエネルギー投資が続き、高品質鋼材の需要が確実に増えていくと考えている。自動車用鋼板や電磁鋼板、エネルギー関連の鋼管など、日本が強みを持つ領域での需要は引き続き堅調。内需に対して国内生産が足りず、2000万トン規模の鋼材を輸入している。トランプ政権の下でどれだけ製造業が復活するか次第だが、自国産化の中で米国の鋼材生産は伸びていく。米国経済はファンダメンタルズが強く成長する国であるのは間違いない。中国は14億人で鋼材の1人当たり消費原単位が400キロとすれば、将来の内需は6億トン前後が着地点となるのではないか。同規模の人口であり、経済成長していくインドも同じ原単位レベルになるとすれば、中国の需要の減少とインドの成長が相殺する形で世界の鋼材需要が決まる。これ以外では、中国に対する外国からの投資が減少し、中国を生産拠点としてきたグローバル企業が中国から他の地域に生産拠点を移す動きがあり、ASEANは選択肢の一つになっている。中長期的に人口増と都市化が進み、潜在力の高いASEANの需要は徐々に増えるだろう。中近東やアフリカ、南米など新興地域の需要も伸びると思うが、かつての中国や今のインドのようにはいかない可能性がある。日本や韓国に見られたように、過去先進工業国の成長過程では、素材産業など重厚長大産業がまず発達し、その後に先端産業が発展していったが、中近東やアフリカなどこれから発展するエリアではAIやITなど先端産業のプライオリティーも上がっており、経済成長が鋼材需要の伸びにどれだけつながるかは慎重に見極めないといけない。世界の粗鋼生産は18億トン前後でこの数年踊り場にある。しばらくは18億―19億トンの間で少しずつ増えていくと考えるのが妥当ではないか」
谷藤「鉄鋼原料の状況について。中国の粗鋼生産が減少傾向に転じているが、インドなど新興国で粗鋼生産が増え、原料需要は増加していく。鉄鋼原料の需要と供給、価格は今後どのような変化が見込まれ、日本や世界の鉄鋼産業にどのような影響を与えるのか」
今井「鉄鉱石については、全体としては鉄鋼生産が極端に増えないかぎり需給はバランスすると思う。インドの粗鋼生産は増えるが自国に鉄鉱石を有するため、国際的に取引される鉄鉱石の需要は減少する。供給面では、中長期的には既存鉱山の減産に対し、ギニアでの大規模開発があり供給が増える。インフレなどの影響でコストは上昇傾向にあり、市況下支え要因になっている。一方、還元鉄用の高品位鉱石についてはカーボンニュートラル(CN)の進展の下、中長期的に需要が増えていくと見込んでおり、優良資源が限られていることから需給はタイト化していくと想定している」
「原料炭(強粘炭)については、稼働炭鉱の残存資源量が徐々に減少する中で、大規模な新規開発が減少し、既存炭鉱の拡張や延命に関わる許認可も取得が難しくなってきている。供給量が停滞していく一方で、原料炭を自国に持たないインドの需要は増加が見込まれるため、中長期的に需給はタイト化していくだろう。インフレや採掘条件悪化によってコストが上昇傾向にあることも市況上昇要因となっている。鉄鋼業が必要とする良質な原料炭を開発し、供給量を維持しようとすると、資源会社だけに任せるということではなく鉄鋼業が一定のリソースを入れることも含めて参画することも必要になる」
谷藤「日本鉄鋼業のCN実現に向けた取り組みについて。世界最先端を走っていると思われるが、主に大型電気炉、高炉水素還元製鉄、水素直接還元製鉄の研究開発はどの程度進んでいる」
今井「いろいろな手段があるが、例えば高炉法をCNにできるかというと、まだ量産技術を確立できていない。GI基金を活用し、鉄鋼業界のコンソーシアムで開発に取り組んでいる。技術開発上は実質的に競争領域となっており、脱炭素の技術開発に積極的に取り組んでいるのは世界で日本と韓国、そして中国。東アジアの高炉法を中心にしてきた国々が高炉法の脱炭素化、水素還元などの技術開発に取り組み、日本と中国が世界の先端を走っている。水素還元製鉄は水素を工業的に安価に造れるかどうか。現時点ではターゲットにしているコストで水素が製造、供給できるレベルに届いていない。この解決にはまだ時間がかかるが、鉄鋼業界としては水素を使った製鉄技術自体の確立にまずは専念する。その前に鉄スクラップや直接還元鉄を使用した電気炉での高級鋼材の生産技術について日本製鉄やJFEスチールが開発を進めている。高炉プロセスでしか造れない高級鋼を高炉以外のCNプロセスでも提供できるのは高級鋼製造ノウハウを蓄積した日本鉄鋼業の強み。GX価値が加わることによって、拡大する高付加価値市場における日本鉄鋼業の優位性はより盤石なものとなる」
「一方、高炉を全て電炉に置き換えられるかというと鋼材の品質だけでなく、電力供給という観点から見てもハードルは高い。全ての鉄鋼生産を電気炉で行うには電力が足りないので、高炉法の脱炭素化と電炉生産の拡大は並行して進む。品質については、高級鋼の中でも電炉生産に適した製品と高炉が適した製品がある。特殊鋼の棒鋼や線材は電炉で生産しており、日本製鉄の広畑地区の電炉では電磁鋼板を製造している。電炉で製造する高級鋼をどこまで広げられるかは2030年に向けたテーマとなる。鉄スクラップを使用して電炉鋼を製造する際に避けて通れない問題に、スクラップ中の不純物と、電炉で溶解中に侵入する空気中の窒素がある。従って低窒素化が必要な鋼種は電炉生産に向いていないため、高炉生産から電炉生産に転換するのは低窒素化の必要性が低い建築土木向け鋼材などからになるだろう。自動車鋼板などは高い加工性が求められ、低窒素化のための技術開発が必要になる」