2019年4月1日

新社長に聞く ■日本製鉄 橋本英二氏 世界トップの地位回復 鉄本体の収益再建に注力

日本製鉄 橋本英二氏
――日本製鉄の初代社長としての抱負から。

「生産規模ではなく、鉄鋼メーカーとしての総合力、企業価値で世界トップの地位を回復し、いかなる経営環境においても、その地位を維持できるよう、確実な競争優位性を早期に確立する」

――経営環境について。

「足元は不確実性が高まり、厳しい事業環境にある。2019年の世界の鉄鋼需要は17億トン程度となり、緩やかな伸びを続けると期待されている。ただし世界最大の需要国である中国の消費減が懸念されており、ホームグラウンドであるアジア市場がマイナスに転じる可能性もある。日本についても6300万トン規模の需要が続くと期待されているが、米中貿易摩擦の影響が表面化している分野があり、アジアの需要が伸びないとすれば、相対的に需要や価格が安定する日本市場への輸入が増える可能性がある。これらの不安要素が20年以降に払拭されるという状況ではなく、厳しい環境が続く」

――経営課題は。

「日本製鉄グループは、鉄本体、製鉄グループ会社、非鉄3セグメントで構成する。製鉄グループ会社はしっかり稼いでいる。非鉄セグメントは、日鉄エンジニアリングが伸び悩んでいるものの、日鉄ケミカル&マテリアル、日鉄ソリューションズは立派な業績をあげている。鉄本体、100%子会社化した日鉄日新製鋼の収益再建が最大の経営課題となる」

――鉄本体の収益回復の道筋を。

「まず、つくる力を回復する。相次ぐ設備・操業トラブルによって、変動費が増え、稼働率が低下し、トン当たり固定費が膨らんでいる。安定操業を徹底し、コスト競争力を取り戻す。また、設備の更新や修繕に継続的に経営資源を投入していく中で、総固定費の増加を抑えていかなければならない。主原料・副原料価格、人件費や物流費の上昇に対しては、物流効率の改善などの工夫でコストアップを抑え込むとともに吸収できない部分は販売価格に反映していく」

――本体の生産量を4100万トンから目指す4500万トンに引き上げ、材料供給を増やせばグループ会社は収益をさらに拡大できる。

「製銑、製鋼、熱延と問題が続いていたが、新たな取り組みを強化し、現在の主な減産要因は高炉操業となっている。4500万トンに向けて、凡事徹底していく」

――つくる力に加えて、売る力も強化する。

「売る力は、適正マージンの獲得であると明確に定義したい。マージンの高さで数量減をカバーできるが、マージンの低さはフル生産でカバーしきれない。経営資源を投入し続けているのが大手需要家向けのひも付き分野。技術開発、品質・デリバリー管理、優先供給などの資源投入に対する適正マージンを確保しなければ、再生産不可能で、事業継続できない。人件費や物流コストは増加に歯止めがかからない。高品質な鋼材を開発し、安定供給するため、引き続きひも付き分野の価格是正に不退転の決意で取り組んでいく」

――自動車などひも付き分野は、海外に比べて価格が低く、利益率が低下しているが、リストプライス制を導入する考えは。

「海外の鉄鋼メーカーはリストプライス制を敷いている。鉄鋼メーカーが総合的に勘案して販売価格を決め、需要家は価格を評価して発注量を決めるのが一般的であるが、われわれは自動車メーカーが求める鋼材を開発し、最終製品の国際競争力強化に貢献することで、ともに成長を続けてきた。そうした中で価格は個別に対応してきた。かつては鉄鉱石、原料炭の価格が安定し、大きな変動要素は為替くらいだった。品種も限定的で、フルコストを見通すことができた。現在は主原料に加えて副原料の価格が大きく変動し、超ハイテン鋼板など製造難度が高い品種が増えている。前提条件が大きく変わっており、個別対応がスムーズにいかなくなっている。適正マージン確保に向けて、個別交渉で真正面から議論していく」

――中期経営計画では3年間6000億円の事業投資を予定する。

「日鉄日新製鋼の完全子会社化、山陽特殊製鋼の子会社化、特殊鋼のオバコ、エッサールと前倒しで事業投資を決めてきた。グローバルネットワークは海外大手を圧倒して先行しており、19・20年度は事業収益の拡大に注力する」

――海外事業の収益状況を。

「海外事業は連結収益に貢献できるようになっているが、赤字が続く企業がある。歴史的な役割を終えた事業、本体とのシナジーが見込めない事業は、イグジットルールに則って粛々と判断していく」

――海外の事業投資スタンスは。

「東南アジア、インドについては、向こう数年間の成長を先取りする投資を実施済み。インドネシア、タイなどでは自動車生産が大きく伸びても対応できる体制を整えている」

――インドでは、アルセロールミッタルと共同でエッサール・スチールを買収する。

「インドは1億トン程度の鉄鋼需要が10年経たずして2倍以上の規模に拡大するだろう。ただし土地の収用が極めて難しいため、中国のように短期間で供給能力は増えない。インド政府は自国産業を育成するため輸入制限策をとる傾向にある。ホットコイルは国営SAIL、タタ・スチール、JSWスチール、エッサールの4社が約9割の国内シェアを握り、市場は安定している。エッサールの買収後、両社の経営ノウハウ、技術を投入して、インド国内のビジネスを拡張し、伸びる需要を捕捉していく」

――米州、中国市場については。

「米国では、アルセロールミッタルとの合弁事業、I/NTek・Kote、AM/NSカルバートなどの自動車用鋼板製造拠点が機能を発揮している。メキシコ市場はテルニウムとの自動車用鋼板合弁、テニガルがフル操業で、第2ライン建設が検討課題となっている。ブラジルの高炉一貫製鉄所、ウジミナスは経営再建計画が軌道に乗ってきた。自動車用鋼板のウニガルは2ライン体制で、第3ラインが視野に入ってくるだろう。中国は宝武鋼鉄との自動車用鋼板合弁、BNAが4ライン体制を敷いている」



――エネルギー向けの油井管、ラインパイプは強い分野だが、収益は低迷している。

「バレル100ドルを超えていた油価が2015年に30ドル前後まで急落し、オイルメジャーが開発投資を大きく絞り込んだ。油価は50―60ドルまで回復しているが、この間、開発投資は従来に比して大幅に低下している。このままでは安定供給に支障を来たすため需要は徐々に戻ってくるだろう。課題はハイエンド市場で連携する仏バローレックの経営状態。株主として経営陣と協議し、競争力の回復を急ぐ」

――自動車に代表される需要産業構造の変化への対応策は。

「中国はEV化を通じて自動車製造技術の覇権を握る意向で、同国内の生産は加速する。一方、零下10―20度以下になる地域では、EV化が進まない可能性もある。鉄を極めつつ、マルチマテリアル化ニーズにグループ企業一体で対応していく」

――総合力強化に向けて、品種別ではステンレスを強化した。

「鋼材を最も幅広く採用する自動車メーカーが100年に一度と言われる大変革期を迎えている。ハイテン鋼板、電磁鋼板、特殊鋼、ステンレスなど、あらゆる鋼材を生産し、グローバルネットワークを展開するわれわれの圧倒的な強みを引き出していく。4月1日付で発足した日鉄ステンレス、日鉄ステンレス鋼管は高級鋼路線の世界のトップを走り続けることを目指す」

――特殊鋼も事業基盤が大きく広がる。

「特殊鋼棒線は需給がタイト化しており、今後も有望な商品。自動車・建設機械の重要保安部品として採用され、両分野の日系メーカーの国際競争力が高いため、日本製の部品・素材の認知度も高い。本体の室蘭、小倉に加えて山陽特殊製鋼を子会社化し、オバコ買収で欧州拠点も手に入れた。山特のインド製造拠点も含めたグローバルネットワークを最大限に活用していく」

――ITの製鉄現場での活用について。

「日鉄ソリューションズと連携し、最先端技術を積極的に導入していく。入社して40年経つが、鉄鋼業の位置づけがまったく変わり、少子高齢化もあって優秀な人材を確保するのが難しい。熟練者のノウハウをビッグデータとして整理し、AIやRPAなど先端ITを活用して現場のオペレーターや技術スタッフをサポート。仕事の効率を高め、働き方改革も推し進める。いかにITを有効活用できるかが、今後の鉄鋼メーカーの競争力を大きく左右する。人的資源の活用、生産性向上、働き方改革も進め、勝ち残りを図っていく」

――商社に期待する機能は。

「インド、東南アジア諸国の鉄鋼市場の自国産化が進む中、商社には自らがインサイダーとなって現地の販売力を強化してほしい。日本製鉄グループの製品のみならず、加工・物流機能を磨いて販売先を先行して開拓してもらいたい」

――とくにグループ中核商社、日鉄物産に期待するところは。

「すべての商社に期待することは同じ。機能や条件をフェアに判断し、最も強いところとビジネスを展開していく」

――最後に社員に求める姿勢を。

「幅広く正確な情報をタイムリーに取得できることから戦略立案、計画策定の力は高い。収益に結びつけていく実行力も高めてほしい。収益へのこだわりと実行力をフェアに評価し、組織を活性化していく」

(谷藤 真澄)

スポンサーリンク