2020年4月17日

「新社長に聞く」伊藤忠丸紅鉄鋼 塔下辰彦氏 流通業界構造改革 攻めと守りの構えで

――新社長としての抱負、決意から。

「まず新型コロナウイルスによって亡くなられた方々にお悔やみを申し上げるとともに、感染拡大防止のため第一線で頑張っておられる医療関係者の方々への感謝の気持ちをお伝えしたい。当社も社員の健康と安全を最優先に、原則在宅勤務とするなど感染拡大の防止策をさらに徹底していく。鉄鋼業界においては、日本製鉄による日鉄日新製鋼の吸収合併、和歌山製鉄所の高炉休止、JFEスチールの東日本製鉄所・京浜地区の高炉休止など、生産能力の削減が加速度的に進行している。国内需要の縮小を見据えた、極めて重い経営判断であり、商社に求められる役割も自ずと変わってくる。景気循環はダウントレンドに入っており、長期化すると覚悟している。『悲観的に準備をして、楽観的に対処する』という危機管理の要諦を踏まえ、プランB、プランCを想定して対応策を検討。的確に経営判断し、確実に実践していく。メーカーの再編に伴って、流通業界ももう一段の構造改革を迫られる。鉄鋼業界の発展を判断基準とし、業界・品種ごとに再編統合の流れを見定めて、攻めと守りのスタンスで能動的に取り組んでいく」

――経営環境は一段と厳しくなっている。

「世界経済は米中貿易摩擦などの影響で19年度下期から停滞局面に入っていたが、新型コロナウイルス問題が加わり、100年に一度とされる大変革期において、100年に一度の危機といわれる事態に突入した。さらに産油国の覇権争いで油価が急落した。世界は安定期から混乱期に突入しており、鉄鋼市場も大きな変化が続くだろうが、『創造と変革で新時代を切り拓く』を信条に、この難局を乗り越えていく。順調だった事業会社が一転して不採算に陥るケースも出てくるだろう。与信、在庫、為替等に関する感度を高め、『兆候の察知』『原因の究明』『対策の実行』の基本動作を徹底し、損失の最小化を図る。同時に経済、市場の構造変化を見極めながら、持続的成長のためトレード収益の拡大、事業収益の改善を図っていく」



――海外の市場開拓、トレード創出は得意分野。

「海外は全体収益の3分の2を占める重要なビジネスエリア。日本の鉄鋼メーカーの海外進出は、下工程から製鋼を伴う上工程へと発展し、拡大している。鉄鋼メーカーが重点的に拡販したい品種、分野、領域における市場開拓、情報の収集・分析など、商社機能の面積を広げていく。同時に付加価値を高め、海外の現地リローラーや最終需要家と結びつけ、現地での販路を拡大してトレード収益を増やしていく。アフリカなど遠隔地におけるビジネスも強みのひとつ。先進国で築いたサプライチェーンマネジメントシステムを新興国で展開し、収益基盤を広げていく」

――トレード収益との両輪を成す事業収益については。

「積極的に投融資を展開してきたが、必ずしも期待通りの成果に結びついていない。事業や投資の選別・入れ替えを徹底し、事業収益を改善していく。役目を終えた事業や戦略に合わなくなった事業は撤退を進め、経営基盤を筋肉質にしていく」

――18年度末時点で114社の事業会社のうち赤字は20社だった。

「不採算事業の見直しを加速しており、19年度は4社について清算や大幅縮小の方針を決め、2社は株式を売却して事業撤退した。19年度末の赤字会社は10社強。経営環境が悪化しており、改めて不採算事業をあぶり出し、スピーディーに手を打っていく」

――中期経営計画(2018―20年度)では、3年間600億円の投融資を計画する。

「18年度は200億円規模だったが、19年度は100億円に届かず、本年度はさらに縮小する方針。将来を見据えた成長戦略投資は、リスクを見極めつつ慎重に実行していく。18年度は米国の鋼管問屋スーナーによる同業CTAPの買収を実施。19年度は中国で丸紅建材リースとともに重仮設リース事業への出資を決めた。武漢の自動車対応コイルセンターはコロナウイルス影響で遅れているが20年度中には操業を開始する」

――国内事業の再編について

「普通鋼分野では、コイルセンター業界が2400万トン規模の加工能力を持ち、1600万トン前後の加工量でしのぎを削っている構図が20年も続いている。市場が縮小する中、自前主義では勝ち残れない。業界発展につながり、収益改善に結びつく話があれば、出資比率にこだわらない。M&Aの良い案件が出てくれば、検討する準備はある。とくに戦略分野で付加価値向上につながる案件は積極的に取り込んでいく」



――ステンレス、特殊鋼分野については。

「普通鋼と同様、特殊鋼、ステンレス分野においても、現在の延長線上では存在感が低下する。ステンレスはメーカー再編が先行し、特殊鋼は需要構造転換が加速している。ステンレス、特殊鋼ともに強化分野と位置付けており、プレゼンスを持つゾーン、将来の成長が期待できる領域に、経営資源を投入していく。特殊鋼分野では、子会社化したヤマト特殊鋼が蓄積してきた高精度加工等の幅広い技術、成長期待分野におけるビジネスノウハウを活用することで、当社グループの事業領域を拡大し、海外展開も図っていく」

――市場環境が大きく変化しているが、改めて重点分野を。

「インフラ、自動車、エネルギーの3分野で変わりはない。日本は6000万トンの鋼材需要のうち3分の1が建材で、自動車が1000万トン。つまり両分野で全体の5割を占めており、いずれもグローバル展開している。エネルギーは北米を中心に鋼管ビジネスを幅広く展開しており、風力発電などの再生可能エネルギー分野と共に中期的には今しばらく需要拡大が期待できる」

――19年度決算は5月上旬の発表予定。上半期は連結純利益が前年同期比9・2%減の120億円だった。

「国内は建設需要が端境期となり、自動車等の製造業や設備投資関連も伸び悩み、全品種押しなべて低調だった。国内の需要低迷によって遠隔地を中心とする輸出取引は増加したが、鋼材市況の低迷、北米の油井管事業が足を引っ張った。中国の事業撤退損、年度末の株価下落、鋼材価格軟化による評価損も発生するが、新型ウイルス発生後も受注残で一定の出荷量をキープし、米国建材事業の貢献もあって、通期決算はなんとか踏みとどまりそう」



――中計では過去最高益の更新を目指している。

「18年度は連結純利益が242億円と前年度の185億円から改善した。総資産は1兆1000億円から1兆2000億円に膨らんだが、ROAは1・7%から2・1%に改善している。20年度上半期は厳しい環境が続くことになりそうだが、下半期に挽回したい。300億円台への回復は次期中計以降のテーマとなる」

――中計のキーワードは「Fit for Innovation―変化への対応」。

「中堅・若手によるワークショップ等を通じて、新たな時代を見据えたビジネスモデルや機能を提案させている。本年度はワークショップを継続するとともに、経営企画部内に新設したMiraiチームが案件の具体化に着手する」

――働き方改革、デジタルトランスフォーメーションへの対応も時代の要請。

「ITを活用した業務効率化・生産性向上提案コンテストを実施し、IT戦略チームはさまざまなデジタルツールを使った業務効率化へのトライを続けている。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は累計5000時間の業務削減を確認しており、本年度は事業会社を含めたグループ連結ベースでの効率化を図っていく。勤務体制については、朝型勤務を推奨するなど社員が働き方に自主性・多様性を持てる仕組みを導入し、定着しつつある。新型ウイルス感染防止策として本社等で原則化した在宅勤務の結果を検証し、働き方改革を推し進める」

――人材のダイバーシティ、内部統制の強化も課題。

「19年度からAP(エリア・プロフェッショナル)制度を導入し、総合職と事務職が転換しやすい体制を整えており、活用拡大を期待している。海外ではアメリカ・中国・メキシコ・オーストラリア等の事業会社で現地採用の人材に経営を任せている。現地化の加速に向けては、候補者を絞り込んだ上での個別の育成プログラムも開始している。世界規模でのグループのガバナンス強化が課題となってきており、コンプライアンスの強化と監査体制の充実を図っていく」

――来年10月に創業20周年を迎える。

「プロパー社員が経営を担うことになる2030年以降を見据えて、新たなビジョン、理念、企業文化を見定めていく。そうした時代を遠景とし、来年度にスタートする7次中計の目標、取り組むべきテーマを設定していく」



――この20年で経営環境は大きく変化した。

「約20年前に伊藤忠丸紅鉄鋼が誕生した後、中国経済の成長とともに鉄鋼需要は急拡大し、日本の製造業も発展を続けてきた。今後、世界情勢はさらに大きく変化し、鉄鋼業の構造転換もダイナミックに進むだろう。現在のビジネスモデルでは生き残れない。鉄鋼専業商社としての事業領域を踏み外さずに何ができるか。当社のプレゼンスを維持・拡大するための規模と付加価値を追求していくことになる」

――骨格を変えず、持続的成長を図るための姿かたちを模索する。

「われわれの世代は、日本経済が発展する過程でさまざまな経験を積み重ねることができた。現在、世界経済は停滞期にある、ガバナンス強化も求められる。自主自立で機能する組織や事業を創出する経営人材を育成しなければならない。人事、評価などの管理体制を棚卸して、新たな時代にふさわしい制度、企業体を作り上げていく必要がある。技術部やIT戦略チーム、Miraiチームなどの新たな組織を随時、立ち上げてきたが、知恵を寄せ合い、議論を重ねていく中で、10年後に目指すべき企業像を模索し、実現するための課題を抽出していく」(谷藤 真澄)

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