今井「日本製鉄でいえば、製鉄所で働いている技術者は5000人規模だが、米国のUSスチールは1500人程度と非常に少ない。欧州鉄鋼メーカーもUSスチールと同程度ではないか。中国の国有鉄鋼メーカーや韓国の鉄鋼メーカーは日本と同じような水準の技術者を抱えていると思うが、多くの技術陣が新しい技術や鋼材を開発する上で大きな競争力になっている。日本の鉄鋼の技術力が韓国や中国の企業に対しどの程度先を進んでいるかといえば、あまり過信すべきではないと思う。ただ、鋼材の性質・性能だけではなく、需要産業とのコラボレーションによるソリューションとしての利用加工技術の進歩なども含めると、一日の長はある。電磁鋼板に代表されるように機能性が問われるハイエンドの製品は日本が世界をリードしている。日本製鉄としては、例えば、新エネルギー分野といった新規需要を捕捉する高付加価値製品の開発、自動車分野における品種高度化やソリューション技術提案の拡大を推進する。操業・設備面では、強靭なコスト競争力と安定操業の確立を目的に、製造プロセス一貫での最適製造化と、外部環境に柔軟かつ臨機応変に追随できるコスト体質強化につながる技術の開発を進める。製銑コストの低減や操業安定化につながる高炉操業技術とともに、ハイテンなど高機能商品の製造の易化につながる技術を強化していく。名古屋製鉄所に導入する次世代熱延ミルは熱延ラインのリプレースとして国内で30年ぶりとなり、30年間の技術的蓄積を全て盛り込んでいる。技術者、研究者が考える理想的な形で建設しており、そこからどれだけ新しい技術を創造できるか、非常に楽しみにしている」
谷藤「個人的なことを少しお聞きしたい。今井会長は1988年に東大大学院を修了され、当時の新日本製鉄に入社された。鉄鋼業界、新日鉄を選ばれた理由は。97年に米MITで工学博士の資格を取得されているが留学に至る経緯、MITで習得されたこと、その後のキャリアで生かされていることは。24年4月に新日鉄時代を含めて初の技術系社長に就任されたが、後に続く社員に期待することは」
今井「大学の時の研究テーマが鉄であり、鉄鋼業界を就職先として考えたのは自然の成り行きだった。当時はプラザ合意後の円高不況で新日鉄も高炉の休止計画を発表した厳しい時代であり、鉄鋼業は人気がなかったが、研究テーマの縁もあって新日鉄に入社した。外国に留学したい思いがあり、行くならレベルの高い集団の中でチャレンジしようと考えていた。MITは学生レベルが極めて高く、個々の目的意識もはっきりしており、とても刺激を受けた。若手の先生も厳しい競争環境にあり、アグレッシブでモチベーションが高い方が多かった。教育機関としての位置付けが高く、教育プログラムに力を入れていて学ぶことは多かった。社業を離れ、日本の鉄鋼業や新日鉄を外から眺めることができたのも貴重な時間だった。当時海外志向の自分には留学が選択肢だったが、今は鉄鋼各社は海外事業を広く展開しているので海外で仕事をするチャンスは増えている。鉄鋼業の魅力は増しており、海外志向の人にはどんどん鉄鋼業界を希望するようになってほしい」
「ものづくりの会社で技術系の社長が注目されるのはおかしなことだと思うが、その時に会社が直面している課題に従って社長は選ばれるものと考えている。自分が選ばれた時期は先の見通しにくい脱炭素技術にチャレンジするとともに、グローバルに事業展開していく時だった。そのどちらも日本製鉄の競争力や差別性が宿るのは技術力であり、そういう意味で技術系の社員が社長に就くことがおかしくないタイミングだったと思う。技術系の社員やこれから鉄鋼業でエンジニアを志す人に伝えたいのは、グローバル競争の時代、未来を切り開いていくのはやはり技術力であるということ、そのことを強く意識して頑張ってほしいと思う」
谷藤「産業新聞社は創刊90周年を迎え、取材先・読者の皆さまに深く感謝するとともに、今後も鉄鋼業界の発展に寄与すべく専門紙としての機能の向上に努めていく。最後に産業新聞社に期待することをお聞きしたい」
今井「90年の長きにわたって鉄鋼業界の専門紙として会社の歴史を刻んできたのは非常に素晴らしいこと。鉄鋼業界の変化・課題・挑戦を事実と洞察をもって伝え続けてこられたことに深く敬意を表し、鉄鋼連盟の会長として感謝を申し上げたい。複雑な時代、SNSやAIの時代にあって、何が真実かが分かりにくくなっている。社会の中で鉄鋼業が以前のように興味や関心を持ってもらえる時代ではない今、産業新聞社はじめ専門紙が鉄鋼業界を広く見続け、客観的に正しいことを発信し続ける役割はますます大事になっており、また、次世代の学生や若い読者に向けて、鉄鋼の魅力、現場の力、グローバル展開やGXに挑む『未来産業としての鉄鋼』を伝えていただくことを、大いに期待している。鉄鋼業界の最も信頼されるパートナーとして、共に日本の産業の未来を創っていく存在であり続けてほしい」(対談連載終わり)