2025年6月20日

日本製鉄 USS買収完了会見 一問一答

――国家安全保障協定(NSA)と黄金株を受け入れても経営の自由度が確保されているという根拠は。

橋本英二会長兼CEO「NSAの中身(設備投資や本社所在地の維持、取締役の過半数を米国籍など)は安全保障と関係がなく、産業政策であり、雇用政策となっている。バイデン前政権は根拠なく、安全保障上の問題があるということを理由にしたので、私どもはおかしいと提訴した。今回、CFIUS(対米外国投資委員会)の再審査を通じて、米国との間で合意した内容は『USスチールを大事にしてくれよ』と、『USスチールで働く労働者を幸せにしてくれよ』ということだと受け止めている」

――NSAでの合意内容について。

橋本会長「まず、設備投資については110億ドル近くをコミットしているが、元々これをやらないと企業価値が上がらない。USスチールの本社を(ピッツバーグから)わざわざ移す意味もない。北米日本製鉄の本社をピッツバーグに移す」

――取締役の過半数を米国籍とする。

橋本会長「海外事業で完全子会社だからといって取締役の全員もしくは過半数を日本人にするようでは、そもそも運営がうまくいかない。経営陣もこれまでの延長線上でやっていけば、CEOや主だったポジションは米国人にやってもらうことが必要。その時に米国人幹部が日本製鉄からの派遣者や、私や森副会長の言うことを素直に聞くかという懸念もあると思うが、(パートナーシップ実現まで)1年半かかった中でいろいろな検討をしてきた。(その一例として)日本にたくさんの人が来て、私どもの製鉄所を見た。見た瞬間に実力差はわかる。米国の(鉄鋼製品)価格はアジアの倍。だが、なかなか黒字が出ないということはコストも倍ということ。鉄鉱石の鉱山を自分たちで持っているにもかかわらずだ。生産効率や品質管理などを(日鉄の製鉄所を訪れた際に)目の当たりにして帰っているので、当社をメルクマールにして、自分たちが改善していくことで(USスチールが)強くなるというのを得心している」

――生産能力の維持について。

橋本会長「全米鉄鋼労働組合(USW)のマッコール会長が『日本製鉄の本当の狙いはUSスチールの能力を削減して、日本からの鉄鋼輸出を増やすことだと主張していたが、私どもはアメリカで造れていないものを30万―40万トン輸出しているだけ。日本全体で見ても輸出は100万トンぐらいしかない。考えてみたらわかると思うが、日本から輸出を増やすためにわざわざ2兆円もかけて買収する必要はない。私どもは事業を拡大するために投資をしている。自律的な通商措置については、日本だけを例外としないようにということだが、これから米国のローカルミルとして経営していくので米国鉄鋼業全体にとって合理的、あるいは米国政府の意向に沿って行動するのは当たり前のことだ」

――黄金株に含まれる権利の影響は。

橋本会長「取締役は9人で、うち1人を選任したいとのことで大きな実害はないと思う。どういう拒否権があるのかということだが、『設備投資の削減』に関しては設備投資をさらに追加で拡大していくので支障はない。USスチールという社名をわざわざ変える意味はない。米国外への移転もない。2兆円以上かけてやるわけで、生産や雇用を移すことはない。『米国内の競合事業の重要な買収』に関しては要するに私どもの米国参入で一番恐れているのは現地の競合他社であり、相当脅威に感じて政府に訴えたのだと思う。USスチールの次にどこかを買収する際は勝手にやったらダメということだが、さすがに考えていないし、独禁法上成立するとも思っていない。したがって、私どもがやりたいことを阻害されることはない」

「米国政府の中に鉄鋼事業経営の経験者はいない。だから日本製鉄は技術を全て出して、再生させ、発展させる。それに対してアクティビティーを制限するとUSスチールは再生できないし、発展もできない。トランプ大統領が掲げる米国製造業の復活、USスチールの再生と矛盾するので、そのようなことはお考えでないと思う。ただ、120年以上にわたりアメリカを繁栄させ、第二次世界大戦に勝ったのもUSスチール、フォード、デュポンの工業力で勝てた。そういう会社が外国の手に渡るとなったら、逆に考えると日本製鉄が窮地に陥って、外国に買われるという時に日本政府がどう判断するか。経済合理性だけで『はい、わかりました』とはならないと思う。慎重に慎重を重ね、監督する、とんでもないことには拒否権を持つというのはある種当たり前だと思う」

――交渉の経緯について。ディールを好むと言われるトランプ大統領だが、決め手は何だったのか。

橋本会長「トランプ大統領があたかもディールを目的にやっているような解説が多いが、本人に聞いた人は誰もいない。私はそのような単純なものではないと思う。55年間、米国の財政赤字は垂れ流されてきて、どうにもならないところまできている。それを変えないといけない。対中国で、中国を封じ込めるという時に中国に勝っている分野と負けている分野がある。最も負けているのは製造業。世界の工業生産の3割が中国だ。労働人口も米国は製造業従事者が1300万人で、中国は1億2000万人。造船業も大変で軍艦が造れない状況となっている。当初は関税だけで復活できるという考え方もあったと思う。トランプ大統領が理想とする1920年代の米国が強かった時代はたしかに高関税だった。しかし、時代は変わって関税をかけただけでは製造業は復活しない。技術力がない、あるいは技術者がいないという中で、最後は悩まれたと思うが、米国の鉄鋼業を再生するのに日本の製造業の力、日鉄の力を活用するのがUSスチールの再生につながると判断されたと思う。これは私どもの件だけでなく、全体につながっていくのかなと思う」

森高弘副会長兼副社長「それに加え、トランプ大統領の背中を押したのは地元の声だと思う。地元の政治リーダー、経済リーダー、コミュニティーの人たちと対話を重ね、真価、正しい価値を理解していただいた」

――USスチールの成長が日鉄グループにどのようなプラスをもたらすか。日本への好影響は。

「完全子会社化なので、USスチールが発展すればダイレクトに連結で反映される。日本の製造業の経営者が果たすべき責務は日本国内にしっかりと設備投資を拡大し、賃上げにつなげて好循環をつくっていくこと。しかし、日本だけで事業をやっていてもそれは不可能。輸出や現地の事業によって海外市場で稼ぐことが求められる。稼いだ金は現地でも投資が必要だし、それを国内に還流させて研究開発力や高付加価値商品の製造力に磨きをかける。いわば世界本社として日本を蘇らせることが必要だ。米国の観点では米国が最も必要なのは基礎的な製造業の技術力と製造力。そこを誰に頼るかだが、世界で製造業の力を維持し、素材から製品まで及ぶのは日本がダントツだ。日米での製造業連携という形で日本が志向していくべきものだと思う」

――どのような思いで交渉をやり抜いたのか。

橋本会長「森副会長が超人的な粘り強さで、緻密な頭脳の持ち主なので頑張ってくれた。森副会長よりもちょっと早く生まれて、早く会社に入ってよかった(笑)。森副会長は私にとってこれ以上ない頼りがいのある部下だが、私には彼の部下は務まらない。今井正社長含め、幹部全員もそうだが、私が入社した時は世界一の鉄鋼メーカーだった。残念ながら順位をどんどん下げたが、個人の思いとしてそんなはずじゃない、もう一度世界一に復権をするとの思いがあった。そういうビジョンを持つことで従業員も頑張れる。今回の案件は日本にとってもアメリカにとってもいいことで大義名分がある。日本製鉄だけの利益を考えることではない。日本の製造業の新たな時代の発展の形になり得る」

「また、成長し続けるというDNAの会社にしたい。それには意識改革が必要だ。ここ数年の経営改革はまず基盤となる収益力の回復だった。ある程度できたが、それだけでは半分。今後も成長し続ける会社に変わるのはトップダウンではできない。社員一人一人が意識を変えていかないと。今回、多くの社員を米国に投入することになるが、私どもはこの数年で業容を相当拡大してきているので人が足りない。そうなると国内製鉄事業の組織、人事配置の在り方も発展的に見直していくことにつながる」

森副会長「危機的な状況は何度かあった。その度にどうすれば逆の方向に持っていけるか、なぜ相手はこういう要求をしてきているのかと考え、逆の提案をして乗り越えることができた。危ないなと思うことはあっても、あきらめることは一度もなかった。それがよかったと思う。先が見えなくてもとにかく前に進む。それによって将来が開けると実感した。今後も先が見えなくても前に進んでいきたい」

――1年半の交渉を振り返って、承認を確信した瞬間は。また転機になった出来事は。

橋本会長「出来事が多く起こりすぎて、どれかと言うのは難しいが、これでいけるはずだと思ったのは5月30日にトランプ大統領がわざわざピッツバーグのUSスチールの工場まで来て演説をされた時。地域の皆さま、USスチールの従業員、労働組合に加入している従業員も含め、皆がトランプ大統領にこれを認めてとお願いし、大統領も演説で熱狂して歓迎した。その時にいけるなと思った」

森副会長「確信するのは難しかったが、先週の13日金曜日の0時すぎに最終交渉で合意に達して、商務省のビルを出たときにこれでいけると思った」

――増資の可能性は。

森副会長「可能性がないわけではない。最適な資金調達の方法を模索していく。これだけ巨額な資金が必要なので、視野の中には入っている。希薄化が起こるような形の増資は考えていない。増資するなら、EPS(1株当たり利益)が変わらない範囲内でやっていくことになる」

――USスチール買収に対して最初にUSWが大きな反発の声を上げたが、労組の重要性をどう考えているか。どう付き合っていきたいか。

橋本会長「USWというと、あたかも鉄鋼労働者の組合のようだが、85万人も組合員がいる。日本(の鉄鋼業の組合員数)は13万人。しかも、米国鉄鋼メーカーの従業員の皆さんはUSスチールもそうだが、組合員もいれば非組合員もいる。電炉メーカーは全て非組合員。85万人も(鉄鋼労働者が)いるはずがない。せいぜい3万人ぐらい。実際はいろいろな組合を束ねた政治圧力団体ということ。日本のように企業別の組合ではなく、(企業と組合が)一蓮托生ということではない。そこに加入していることで組合員にベネフィットがあるのも事実だと思うが、過去何十年間の歴史を見たらわかる通り、USスチールもピーク時は組合員だけで30万人以上いた。組合が強くても会社がしっかりしなければ職場がなくなっていく。私どもはUSスチールを再生させる、発展させるという王道を行くことで対処していくつもりだ。何かポリティカルな駆け引きとかやるつもりは一切ない」







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