2024年1月12日

日本製鉄、社長兼COOに今井氏昇格/一問一答/世界一へ設計図具体化

橋本英二社長「2019年4月に社長に就任し、抜本的に立て直すことを目指し、2年でのⅤ字回復を公約しやってきた。矢継ぎ早にいろんなことをやってきたが、お陰様でビジネス(全体)環境は当時より悪いが、収益力はまずまずのところまできた。もう一段の高みを目指すという発射台に立つことができた。一方、新たな長期に渡るテーマが出てきた。その最たるは脱炭素に本格的に取り組むことだ。世界的なサプライチェーンの分断などの変化、中国の経済失速など新たな課題がある。当然手を打ってきているが、向こう数年が勝負と思う。新体制でさまざまな課題を克服し、私が社長の5年間で成し遂げられなかった『総合力世界ナンバーワンになる』という目標を新たな経営体制で達成したい。私がCEOとして経営責任を負う」

「今井副社長を後任とした理由は社長というのは知力と併せて胆力がないとリーダーシップを発揮できない。今井副社長は私を遥かに凌ぐ知力、胆力の持ち主だ。現在、国内製鉄事業の再構築を進めているが、具体的な政策を決めたのが、今井常務時代。それから現在は副社長としてGX本部長であり、脱炭素課題を乗り越える力、という点では世界中の鉄鋼メーカーのエンジニアを集めても今井の上に来る人はいないと思っている。それと、私が社長に就任した時よりも3歳若返る。そうした点も後継に指名した理由だ」

今井「本日の取締役会で橋本社長の後任にということで指名された。当社にとって重要な時期に責任がある立場で仕事をするということになった。正直に申せば、緊張しているが、力を尽くして会社発展のために頑張りたい」

――旧新日鉄住金時代に宗岡正二CEO、友野宏COO体制があったが、今回とどう違う。

橋本「当時の背景なり、(経営の)考え方とは違う。現在は大きな目標を持ってチャレンジをしている中で、CEO・COO体制に移行するのが一番良いのではと思った。この1年、カナダでの原料炭事業への出資、USスチールの買収チャレンジという大きな意思決定をしてきた。その実行に入るのは24年度からだ。経営責任を引き継いで実行していくという点では、以前の状況とは違うとご理解いただきたい」

――どんな会社にしたいか。

今井「先ほどの橋本社長の話の中にあったが、目標としてきた『総合力世界ナンバーワン』は、この5年間で具体的な設計図として手元にある。私の役目はこの設計図を実際に完成させて、名実ともに日本製鉄が『総合力世界ナンバーワン』の鉄鋼メーカーになるというのが務めだ」

――脱炭素にどう取り組むか。

今井「現在やっていることは多々あるが、経営者になる前提で考えなければならないのは、自分自身、現在プロジェクトリーダーで進めている電炉生産の拡大、とくに九州製鉄所八幡地区と、広畑地区で電炉を建設すること。これをどう実現に向けて進めていくかが一番の課題だ。技術的な検討については相当程度詰まってきているが、投資判断となれば巨額の設備投資、コスト負担がどこまで回収できるか。投資案件として経済性が判断の上では最大のポイントになる」

「脱炭素は、地球全体の気候変動対策のために行うものであるが、日本の中では国策として日本の産業界のために行うものだ。官民投資ということで議論しているのでその辺を一段と詰めながら、出来るだけ早いタイミングで判断したい。自分としては必ずやらなければならないという使命感の気持ちがある」

――USスチール(USS)の買収、計画の実現に向けては。

橋本「2つに分けて考える必要がある。まずは、前提としてUSSの株主総会で過半数の賛成が必要だ。これは恐らく3月か4月に開催されるだろう。また今年は米国で大統領選挙もある。政治的な問題などもあるが冷静に考えれば、米国が損をする話ではない。2つ目として、あらゆる産業には技術の優劣が存在するが、少なくとも鉄鋼産業においては(当社に)技術の優位性がある。例えばEV向けの電磁鋼板などだ。今回の提案は日本製鉄が100%子会社化することだ。これは研究開発を含めて技術を100%提供できる。組合との関係については、現在の労働協約を100%守ると明言しており、米国にとって日本製鉄がUSSを買収することについて、マイナスは見当たらない」

「大きな流れは西側諸国の経済安全保障体制をどう築くかということ。そういう意味で、われわれは米国の戦略、ポリシーに沿った形で進めたい。現在、米国で鋼材を使う需要家。現在、当社が米国に鋼材を大量に輸出しているが、USSのソースがあれば市場占有率が高まるはずだ。ユーザーから見ても、(今回の提案は)悪い話ではないし、より米国内で必要とされる技術商品に対する応える力が高まる。いろんなステークホルダーがUSSの買収に対してきちんとロジックを持った合理的な反対はないので、丁寧にUSSと一緒になって対応していけばクリアできると考えている。買収完了までのスケジュールはわれわれが決める話ではない」

――水素還元製鉄にどう取り組むか。

今井「脱炭素対策のプロセスとして3つポイントがある。大きなのが、高炉生産から電炉生産への転換、2つ目が高炉自体の水素還元による脱炭素化となる。時間軸というか実現性という意味で、電炉化の方が30年に向けてより実現可能であるということで成案化に取り組んでいる。高炉水素還元は現在、君津地区の小型の試験炉で実証を重ねている。これは最終的に大型実機までとなると、開発のステップとしてスケールアップが必要になり、少し時間がかかるが、40年までには実現したい。既に公表しているが、高炉水素還元は君津の試験炉で22%CO2削減を成功した。足元は高いレベルの試験を行っており、良い結果を得ている。GI基金も頂いており、この勢いで40年の実用化を目指して最速で開発を進めている」

――旧新日本製鉄入社として初の技術畑出身のトップとなる。

橋本「事務屋、技術屋(という区別)はない。旧新日鉄以来の社長という点では、私を含めてこの50年強の歴史の中で(技術系出身者は)初めてだが、当社の社員の3分の2が技術系だ。製造業は技術畑出身が社長になるケースは多いし、世界の鉄鋼メーカーを見渡しても韓国POSCOは技術系。中国宝山鋼鉄もそうだ。日本でもJFEさん、神戸製鋼所さんを見ても技術系出身の社長がいる。3分の2の技術系が一層やる気を出してくれるのではないかと。ある種のダイバーシティであり、個人的には期待している。改めて申し上げるが、事務屋、技術屋というのはない」

――CEOに就任後の営業改革は。

橋本「一つの懸案であったひも付き価格の是正は、相当(需要家の)ご理解を得て前に進んできた。鉄鉱石、原料炭などの製鉄原料は輸入しているが、外部要因での価格変動が大きい。私の信念は、日本の鉄鋼デリバリーというのはお客さんにとって非常に合理的だ。日本の鉄鋼製品のデリバリーは持ち込み価格。海外はそうではなく、置き場渡し。鉄鋼製品は運ぶのが大変だ。日本における鉄をお客様に供給するシステムは極めて合理的。合理的であるということは、お客様もサプライチェーンの在り方に対して享受されている。そうであれば、外部要因で上がったコストを反映することは当然のことだ。そういったことが今は一つのメカニズムとして出来てきつつある。私が社長になった時に大きなテーマとして掲げたひも付き価格の水準の問題と決まり方の問題、これについては営業サイドが頑張り、お客様のお陰で相当進んできた。今後は『脱炭素』だ。そのようにお客様と考えていくか。これについては今井次期社長と営業ラインが中心になって、知恵を出し、汗をかいていくことになる」

――これまでの仕事を振り返って胆力が試された経験はどうか。

今井「自分でいうのも何だが胆力という切り口でいえば、5年前の橋本社長就任以降、常務取締役(経営企画)として、生産構造対策の企画立案を行ったこと。高炉休止など相当踏み込んだものだったが、そもそもの実現すべき生産出荷構造とは何なのか。それを一番に考えた計画を現在実行中だ。この仕事は相当大変だった。社内にも異論はあった。粗鋼生産能力は年4800万トンから2割削減の4000万トンに落としているが、現在の需要はその能力でさえ若干余るぐらい。実際落ちているわけで、現在異論を唱える者はいないが、当時はここまで本当にやらなければならないのかという議論があった」

――いつどういう形で社長人事を伝えられたか。

今井「昨年12月末に話があった。橋本社長からはシンプルな形で打診をされたが、自分としてはその時思ったのは、先ほど橋本社長からもあったが、向こう数年間、国内外の経営課題を考えると、当社の将来を左右する重要な時期になるという認識と、それにおいて自分が責任を持ってやるということに対して出来るかなというのが正直なところ頭をよぎった。橋本社長の下で、5年間、経営改革の仕事をしてきて、先ほどの生産構造対策についてもまだ道半ば。そういう意味で、やりかけた仕事をやり遂げるということも含めて自分に任せてもらえるということであればお断りする理由はないなと考え、やれるだけのことをやるしかないと思った」

――社長としてどう力を発揮したいか。

今井「技術畑出身として、脱炭素もそうだが、研究開発から現場の実機化まである程度の経験は積んできているので、経営判断できるところはあると思う。常務時代に経営企画を経験してきて会社の経営はどういうものかというのは一定程度学んだ。そういった意味で、自分の中で判断できる部分はあるのかなという感じはする。橋本社長との関係でいえば、仕事を任せてもらう形でやってきて、自分の考えるように仕事をしてきたので、これからも(橋本社長から)任せられる部分は任せてもらい、大所高所からの戦略的な観点というのは学ばせていただくところもあるので、アドバイスいただければ有難い」

――製造現場で得られた知見は今後どう生かしたいか。

今井「私は製造現場での仕事が圧倒的に長い。大学時代から鉄鋼の研究を専門とし、入社してみて大学での学問と現場の仕事は全く違うなということを痛感して現在に至っている。製造現場の実力をきちんと発揮できる力、現場ならではの知恵と工夫、想像力もたくさん出てきているが、ものづくりの現場は、世界の鉄鋼業を見渡しても、日本の鉄鋼業が今でも競争力を維持できている非常に大きな要素だと思っている。社長という立場で経営判断に携わることになるが、そういった現場の実力に根差した当社の競争力は大事にしたい」

――日々の仕事で大切にしている事柄は。

今井「仕事で大切にしているスタンスは『自分で考える』ということ。過去の人たちの言葉に頼るのではなく、自分で考えるのが一番大事なこと。全ての仕事においてそういうつもりでやっている」

――総合力世界ナンバーワンの定義、技術面ではどうか。

今井「私が考える総合力世界ナンバーワンは、時価総額であるとか財務指標であるとか、収益生産量もそうだが、定数的なものには強くこだわっていないのが正直なところだ。ただ、株価などもそうだが、橋本社長が取り組んできたことは、先ほど設計図と申したこともそうだが、国内製鉄一貫生産だけではなく流通まで、より拡大された一貫生産構造の中で、マーケット環境に左右されない安定した収益力を上げられることが一つであり、縦軸だと思っている。もう一つはグローバル展開。当社も長い歴史があり、たくさんの生産拠点があるが、歴史的には日本の自動車メーカー、家電メーカーの海外展開に対して、国内と同じ品質の鋼材を届けるという受動的なものだった。橋本社長が進めてきたのは成長マーケットにおいて、われわれの技術力が評価される部分で、一貫生産でかつインサイダーになることだ。同じ海外展開でもこれまでと全く違うフェースに入りつつあると思っている。それが国際的な政治経済を踏まえても正しい姿だと思う。それが上手くいくことが横軸となる。縦軸と横軸がかみ合わされば、総合力世界ナンバーワンの製鉄会社の姿が実現すると思う」

「社長として大事だなと思うのは、縦軸と横軸の交差点、それは国内の製鉄事業だ。製造業全体に言えることと思うが、日本の製造業は脱炭素含めて、相当重い課題を背負いつつある。こうした中で、国内の製鉄事業の収益力について、必死にこの5年間創り上げてきた。如何に継続的に実現していくかという点に課題はある」

――CEOとしての経営テーマは。

橋本「産業界が果たすべきことは、日本を強くする、豊かにするということだ。しかし、残念ながら少子高齢化が進む中で、内需は増えない。従って世界一を目指すのであれば、グローバル展開ということになるが、日本では研究開発を含めて、日本でしかできないものを造っていくということ。日本は『世界本社』になれるかどうかだ。海外で上げた収益は日本で研究開発を行い、日本で投資をすることが求められている。日本の製造業の大企業経営者が果たすべき役割は、国内に投資をする、きちんと賃上げをすることだ。海外で強くなってそれをテコに日本でやれるか。それをビジョンとしたい」

「もう一つ、私が大事にしてきたことが、従業員の給料を上げること。大分出来てきたが、この4月も相当上げる。それとスピード。迅速な意思決定とアクションの徹底。外の意見として『日本製鉄は変わってきたね』といわれるが、私としてはまだまだかなと。今後、今井社長となり時間的に少し余裕が出来るので若手登用にも力を入れたい。40歳で部長ということもある。若手との対話を重視したい。今井副社長の言葉を借りれば、自分の頭で目標を設定し、物事を考え明確にし、解決していく。スピーディに徹底してやっていきたい。これまでも製鉄所を頻繁に回って対話を繰り返しているが、どうしてもライン部長だけで300人以上いる会社でもあり、今後は若手に広げていきたい」

――思い描いてきた改革の振り返りを。

橋本「この5年間は全力を尽くしてきた。当初思い描いたものは大体できてきている。ただ、日鉄物産の子会社化については、子会社化はしたが、営業力を鍛え直すことはこれからだ。USSの買収もある。すべてやり切ったわけではないが、会社として地力はついてきた。

従業員の処遇改善についても一定のめどはついた。ただ、総合力世界ナンバーワンの目標については課題もある。今井社長と早期に成し遂げたい想いだ」

「財界活動については、製造業を立て直したい。日本の製造業はGDP比で約2割。非常に高い。人口が減るかもしれないが、資源もエネルギーもない国でしっかりやっていくとなれば、製造業が強くないと。製造業が自信を失ったらいけない。日本を豊かにするのは製造業があってこそだと思っている。製造業を元気にする活動にも注力したい」

――グローバル展開を進める中で、人事評価などは。

橋本「まず前提としてお客様の海外戦略を追いかけていくのは本当の意味での海外展開ではない。これは持論だ。成長する市場において技術力、商品力、需要家へのアクセス出来るところで勝負をする。付加価値をとるには一貫製鉄=上工程が重要だ。ただ新たに作ると余力が生まれてしまう。水を大量に使うので環境への影響もある。だからM&Aで一貫ということになる。現在インド、タイ、米国で着々と展開している。ただ、これは5年間でやってきたこと。人材がたくさんいるわけでもない。人材がいない中でどう上手くやるか、ということこそが経営戦略だ。やっていけば若手を含めて勉強する好機となる。そういう意味では加速的に今後人材が育って行くと思う。今回のUSSの買収は極めて短期間での勝負だった。具体的にプロジェクトを進めていくことでしか人材は育たない。海外勤務で苦労して実績上げた人を明確な形で登用したい」

――脱炭素化を進める中で、電炉あるいは高炉水素還元の割合はどの程度か。

「電炉生産の拡大については、検討している八幡、広畑でのプロジェクトをやり切れば、500万トンの粗鋼生産が高炉から電炉に置き換わる。そこから先、そこまで電炉生産を拡大するか。あるいは高炉水素還元が実現できるのか。分母になる国内の鉄鋼生産の規模が一体どこまで日本で鉄をつくれるか。正直読めていない。鉄鋼業の脱炭素化でプロセスの電炉化、高炉水素還元などは個社として研究開発を行い、技術として確立できるが、巨大な装置産業として大量の生産を行う上では、例えば、大型高炉を1本休止して電炉一貫構造にすれば、電力需要は1㌐㍗級だ。これは原発1基分にあたる。現在、生産構造対策で、社内の高炉基数を10基に減らす計画になっているが、全て電炉にした場合、原発10基分の電力が必要になる。これは国のエネルギー構造自体、実現できるのかという部分に関わってくる。水素にしても高炉生産を水素還元にすれば、当社だけでも年間800万トンの水素が必要になる。これはわが国の水素調達規模で2050年に2000万トンと推計しているが、それを800万トンも鉄で使えるか。サプライチェーンの整備も必要で、エネルギー構造の前提条件次第でわれわれのプロセス選択がどういう割合になるかが左右される。今できることはどういう状況になっても、使える技術的なソリューションを研究開発含めて準備する。最終的には一番経済的な形に収斂していく。そういったことを考えている」

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