電線ケーブルの太径化でCO2削減を――この日本で発案されたプロジェクトが、来年の国際標準規格化に向けて着実に進んでいる。銅心線の導体サイズを太径化して電気抵抗値を少なくし、通電ロスを抑えて省エネにつなげるようという発想から、2008年に始まった取り組み。現在は電線ケーブル環境配慮設計スペシャリストという肩書で、このプロジェクトを発案し、先頭に立ってきた元日本電線工業会の益尾和彦氏に、活動内容やCO2削減の原理・効果などを聞いた。
――まずはプロジェクトのきっかけと経緯を。
「住友電気工業に入社して、最初の配属先の上司に『電線でどれだけ送配電ロスが生じているか一度計算してみる価値がある』と言われたことが、ずっと頭に残っていたが、日本電線工業会に転じて業界全体のことを考え始めたのが、着手したきっかけだった。そこで過去30年の電線出荷統計から、工場・ビルで大量に使用される低圧CVT(架橋ポリエチレン絶縁ビニルシース3心撚り)ケーブルの全国総布設銅量を350万トンと推定した上で、それによる通電ロス4%とCO2削減効果を試算して、導体サイズの最適化理論すなわち太径化理論を開発して発表した。着手から半年で、電線工業会の活動として日本銅センター賞を受賞した」
――発表当初の反応はどうだったか。
「国内の反応は両極端で、当時の吉田政雄・電線工業会会長からは『コロンブスの卵』と称され、研究指導を受けた京大教授からも『盲点の事実を見出した』と高評価を受けた。しかし、『CO2排出削減効果が0・7%もあるのは計算違いでは』『電線の細経化の流れに逆行している』『そんなに太サイズなら布設工事が困難では』などと否定的な意見も多かった。一方で、海外の国際銅センター(ICA)と電力ケーブルの国際標準化機構(IEC/TC20)からは極めて高い評価を得て、ICAから申し出があった活動支援の資金提供は現在も7年間続いている」
――導体サイズアップによるCO2削減の原理とは。
「図に示す通り、発電所から需要家までの送配電のロスが5%あることは、電力業界では周知の事実だが、それとは別にビル・工場などの需要家構内でも4%の通電ロスが生じている。その導体サイズ(断面積)を約2倍にすると、通電ロスは2%に半減、すなわち2%の省エネとCO2削減につながるわけだ。発電によるCO2国内排出量は約3分の1を占めるので、これを全国展開すれば2%の3分の1の0・7%が削減できるというわけだ」
――需要家での通電ロス4%の数字はどう導いたか。
「低圧CVTケーブルの全国敷設銅量350万トンに、需要家へのアンケート調査で導いた稼働率30%(1日12時間、年間300日稼働、需要率70%)を掛けて、実効通電銅量は100万トンと算出した。電力会社の稼働率100%の送配電ケーブルの敷設銅量120万トン、通電ロス5%と比べて、需要家での通電ロス4%を推定した。住宅でのVVF(ビニル絶縁ビニルシース平形)ケーブルの通電ロスも計算したが1%と小さいので、工場・ビルの低圧CVTに対象を絞った」
――実証試験の成果は。
「大手電線メーカー6社の工場で、電線10本を太径に取り換え実証試験を行った。その結果、省エネ効果2%の確認に加えて、夏場の電力ピークカットによる節電効果が予想以上に大きいことも新たに分かった。導体サイズアップによってピーク電力が減った分、電力会社との来期契約更新で電力基本料金を下げることもできるからだ。これは私が住友電工の大阪製作所長時代、夏季の節電を陣頭指揮した経験も役に立った」
――太径化で初期投資額が増えるのでは。
「たしかに増えるが、導体サイズアップによる省エネ効果とピークカット効果による電気料金で、通常の使用年数を20―30年としても、イニシャルコストの増加分はわずか5―10年で回収できることが分かっている。電線工業会のPRパンフレットにある『サイズUPでコストDOWN!』のコストはライフサイクルコストのことで、需要家にも意識転換を期待したいところだ」
――どのくらい太径になるのか。
「導体サイズに比例するイニシャルコストと、反比例するランニングコストを足したライフサイクルコストが最小となるサイズを選定するのが、『環境配慮電流表』というものだ。電線工業会が作成し、すでにJCS規格(日本電線工業規格)化している。それによると、例えば昼夜間操業の稼働率の高い工場では、導体サイズを38スケアから100スケアに上げることで、ライフサイクルコストが最小になる」
――国際標準化に向けた取り組みの現状。
「12年の国際会議(IEC/TC20東京総会)では、この環境配慮電流の国際規格化の計画が承認された。電力ケーブルにおける日本発の国際規格は史上初の快挙だ。各国の国益がからむ規格は審議が難航するが、この取り組みは『売り手よし、買い手よし、世間よし』の三方よしの規格なので、審議はスムーズに進んで16年制定のめどが立っている」
――国内普及に向けてはどうか。
「日本電気協会が16年改訂予定の『内線規程』に、民間施設での推奨規格として従来規格と併記する提案を行い、現在審議が進められている。国土交通省の官庁施設の標準仕様となる『建築設備設計基準』にも、数年後の改訂に合わせて、太径化したエコ電線が取り入れられるよう提案するつもりだ」
――太径化に伴う電気工事上の課題は。
「工場やビルのケーブル配線はラック(棚)やピット(溝)に敷設されるので、太径になっても支障はない。ただし、配電盤や分電盤の配線スペースが狭い、配電用遮断器の接続端子部が小さい、電動機の電源端子箱が小さいといった課題がある。そこで、機器の外部で太径ケーブルに接続する『異径ジョイント工法』で対応するよう提案している。これは現在分岐などに使われるジョイント工法と同じ技術だ。イニシャルコストは若干アップするが、投資の回収年数は5―10年であまり変わりはない」
――ランニングコストで回収できる認知を広げるためには。
「計算ソフトを開発して、電線工業会のホームページ上で今年から公開している。電線を太径化した場合の電圧、電流、力率、負荷率、需要率、不等率などの定数をインプットするだけで、ピークカット効果や増加投資額の回収年数などが自動的に算出できる、誰でも使えるソフトだ。今後は1―2年かけて、施主、ゼネコン、サブコン、設計事務所などのユーザーの意見を取り入れて、使い勝手のよい現場適用版に仕上げる予定だ」
――ユーザーに期待したい意識とは。
「一つ目はライフサイクルコスト重視への変換だが、二つ目に導体の太径化によって銅資産が増えることにも注目してもらいたい。銅がリサイクル性に優れているのは言うまでもないが、撤去時にはスクラップ資産が増えることになるし、太径化すれば解体処理がしやすくなり、リサイクル率も上がる。都市鉱山的な考え方に立てば、サイズアップ分だけで20―30年後には約350万トンの純銅が国内に備蓄されることにもなる。しかも備蓄しながら金を生む」
――最後に、導体サイズ適正化プロジェクトの社会的意義を。
「これが全国展開すれば、最終的な通電ロスの低減量は約210億キロワット時、大型発電所4基分に相当する。CO2排出削減量は950万トンで、京都議定書が基準とする90年の国内総排出量12億6100万トンの0・7%の削減ができる。東日本大震災後に火力の発電比率が上がったことで、最近見直した結果、削減効果は0・7%から0・9%に引き上がった。今後の電力事情次第では、さらに増えるかもしれない」 (桐山 太志)
▽ますお・かずひこ=1972年京大院・工学研究科修了、住友電気工業入社。97年産業電線事業部長、01年大阪製作所長、02年住電ケーブル(現住電日立ケーブル)代表取締役社長、06年日本電線工業会に転じた後、電線の導体サイズ適正化の研究開発とその普及活動に従事。15年からは日本銅センターよりの委託で研究開発を継続している。
住友電工時代はエコ電線の開発と普及に取り組み、国交省規格に採用された実績がある。基本特許を取得した難燃剤(天然水酸化マグネシウム系)では、「今も小遣い程度の特許収入がある」。63歳の09年、出身校である京大に社会人ドクターとして入学し、1年後には「脱塩化ビニルとLCAを重視した電線ケーブルの環境配慮設計に関する研究」の論文テーマで工学博士号を取得。「まさに技術者冥利に尽きる人生」と振り返るが、国際標準規格化はその総仕上げとなる。1946年3月3日生まれ、鳥取県出身。