2023年12月4日

商社の経営戦略 物流・人材対策/伊藤忠丸紅鉄鋼 石谷誠社長/次世代の経営センス磨く/物流「見える化」で効率高める

――2023年4-9月期の連結純利益は前年同期比11%減の447億円となった。

「世界経済の成長鈍化によって鋼材需要が伸び悩む中、円安効果もあって売上高は5%増の1兆8827億円となった。海外では鋼材市況下落が続き、ドルベースの金利負担が増加する中、北米の建材事業を中心に持ちこたえ、前下期(453億円)並みの利益を確保できた」

――国内、海外の状況は。

「首都圏の建築物件が多いこともあって伊藤忠丸紅住商テクノスチールは好調で、利益貢献してくれた。自動車分野は半導体などの部品供給不足が徐々に解消されて回復しつつあり、鋼材市況も維持されている。海外では、住宅ローンの金利が8%近くまで上昇するなど米国の建設市場環境は厳しいが、住宅の屋根・壁用のアルミ・スチールサイディングを得意とするクオリティエッジが健闘。建築用スチールフレームで4割強のシェアを握るクラークウエスタン・ディートリック・ビルディング・システムズもマージンを確保するなど、米国の建材ビジネスが収益を下支えしてくれた。鋼管は、米国南部のカーボン製品の相場がトン3600ドルから2000ドル前後に下落する中、極めて厳しい環境に晒されている。中国、ベトナムは不動産不況が深刻化しており、中国はEV対応が遅れた日系自動車の販売減も加わり厳しい環境が続いている」

――第7次中期経営計画(21-23年度)は200億円以上の連結純利益の安定確保を目標に掲げてスタートした。

「『備える、高める、鍛える』の三つの施策を推進し、ポストコロナの新たな時代、産業構造転換による需要の変化を見据えて、伸ばせる分野、強みを持つエリアの強化に取り組んでいる。商売の中身を見直し、資産を入れ替えて機能をより高度化するなど収益構造改革を進めている。トン当たりの原価、販管費などを分析し、資産・資金効率を改善。本社、グループ会社全体に新たな視点でのコスト意識が浸透し、原価低減、販売管理費の抑制が進み、事業会社の黒字化率も大きく改善。21年度が626億円、22年度は955億円と2年連続で連結純利益の記録を更新し、目標も超過達成している」

――一稼ぐ力を強化してきた。

「経営環境が大きく変動する中で、売上高や純利益の水準は変動する。そこに目を奪われず、市況や為替に左右されない『基礎収益力』を強化するための事業投資を続けている。昨年11月、英国で建材の加工・販売ネットワークを全国展開するバークレイ・アンド・マシソンを買収した。また昨年11月には、CDBSのパートナーで大手鋼材流通のワージントン・インダストリーズとUSスチールの合弁事業会社からミシガン州のジャクソン工場を買収し、MISAスペシャルティ・プロセシングを新設。本年8月にはカナダの鋼管問屋、トライマークの出資比率を50%から100%に引き上げた」

――自動車鋼板や鋼管ビジネスも強化している。

「MISAスペシャルティ・プロセシングは、プレスブランキング、レーザーブランキング、レベラー、スリッターの安定操業を続けている。MISAメタルプロセシングの4拠点、GM向けの鋼板加工を行うRSDCミシガンとのシナジーも発揮し始めている。トライマークは、北米の金属加工流通大手、ラッセルメタルズとの合弁事業として21年7月に新設。好業績を続けていたが、ラッセル社がOCTG分野から撤退するため持分を引き受け、連結利益が倍増している」

――投資計画の進捗状況を。

「当初2年間で約300億円の投資を決定し、本年は案件次第だが250億円前後と想定している。商社機能が評価され易い米国、欧州、豪州など先進国をメーンのターゲットにしている。鉄鋼市場環境が変化する中、高値で売りに出ていた案件が下がりつつあるので、持続的成長に資する案件があれば中計の投資枠にこだわらず、攻めの一手を打つ。新興国もアフリカなど遠隔地での市場開拓の案件を具体化していく」

――日系自動車メーカーがEVシフトを急加速している。

「モーターコアのグローバル企業であるイタリアのユーロ・グループとは中国にEV駆動用のモーターコアの合弁事業を設立。メキシコにあるユーロの加工・物流事業にも一部出資しており、ここの機能を活用して米国向けのビジネスを拡大していく。日本ではモーターコア用の精密金型やコアを製造する黒田精工に一部出資し、モーターコア製造合弁会社を設立した」

――インドは自動車関連需要が拡大している。

「デリー近郊で100%出資によるモーターコア製造事業を運営している。JSWスチールとはプネ、チェンナイ、デリー、アーメダバードの4拠点で自動車対応の薄板、電磁鋼板のコイルセンターを展開。マグナム・ストリップ&チューブとは二輪・四輪用のメカニカルチューブ製造拠点やコイルセンターを共同で運営。カパロ・エンジニアリングとは自動車用TWBの合弁事業を展開している。現地の需要動向をにらみながら、着々と能力拡張を進めている」

――グリーンスチールの扱いは。

「拡販活動に全社を挙げて取り組んでいる。日本鉄鋼連盟が国際標準化をリードしており、欧州も経過措置としてのマスバランス法の必要性に言及し始めている。欧州の理解が深まれば、国際的なコンセンサスとなり、市場が広がっていくと期待している」

――中国では、日系自動車が苦戦している。

「足下は大変厳しい状況が続いているが、民族系の自動車メーカーとのビジネスを拡大している。民族系がEV車の生産を加速している反面、外資系含めた従来車の生産が急減速している。不動産不況を含め、景気回復には時間がかかるとみており、しばらく守りに徹する」

――次期中計の策定に入った。

「第8次中計は、基礎収益力の底上げにつなげる投資戦略に重きを置いたものになる。厳選しつつ投資を果敢に攻めていく。国内はコスト競争力に磨きをかける。海外の投資案件は、日々のトレードを拡充していく中で培った知見と人脈が決め手になる。先進国中心だが、持続的成長の布石としてアフリカへの投資も抜かりなく進めていきたい。先進国はブラウンフィールドにおけるM&Aが中心となる。発展途上国はリスクを抑えるため、信頼できるパートナーとともにチャンスを窺っていく」

――少子高齢化が加速し、商社にとって最大の財産である人材の確保が難しくなっている。

「伊藤忠丸紅鉄鋼(MISI)は2001年10月に誕生し、MISI入社の社員が8割近くになっている。国内外の事業会社は100社を超えており、本体・グループ会社の経営人材の育成が大きな課題となっている。採用も一時に比べて環境が厳しくなっている。23年度は新卒者が44人入社した。総合職は25人で男性14人、女性11人、一般職が女性19人。一般職は本人の希望と能力・適性により、転勤はないが総合職並みの仕事にもチャレンジが可能な制度としている」

――人材の多様化については。

「直近10年間の採用者数は年間平均で総合職が20人、一般職は14人。総合職に占める女性比率の直近10年間の平均は2割強。ただし、直近3年間の平均では約33%と向上している。外国籍は年間1-2人で、中国籍、韓国籍等の社員を採用している」

――より優秀な人材を確保し、離職を防止するための工夫は。

「入社前に商社パーソンの働き甲斐を認識してもらうためインターンシップを拡充している。ユーチューブを活用し、東京本社の総合職と一般職の女性社員2人の一日を描く作品を公開しているが、閲覧回数が11万人を超えるなど手応えを感じている」

――東京本社を移転する。

「東京駅前に新設された『東京ミッドタウン八重洲』に本社を2025年5月に移す。20周年を機に再策定した企業理念のステートメントとして掲げた『鉄を商う。未来を担う。』という決意の下、新たな舞台で社業のさらなる発展に取り組む。新本社では、レイアウトを一新し、活気のある、働き易い職場づくりを進める」

――離職防止策は。

「一般的に新卒者の離職率は3年内で3割とされているが、MISIは数%にとどまっている。現状に満足することなく、3年目、30歳などの節目に向けて、若手を対象とした今後のキャリアに関する研修、管理者層向けの部下のキャリアに関する研修などを実施。初任給は他総合商社同様に改善することを決定し、初任給以外についても基本給等、処遇の改善を検討している」

――中堅層の転職も増えている。

「給与、ボーナス以外にロングターム・インセンティブ制度を導入した。社員にも経営と共に会社価値向上に注力してもらいたいという考え方に基づき、毎期、ミニマムの利益基準を達成することを前提に純利益の一部を積み立て、定年退職時にまとめて退職金に上乗せして支給する」

――次世代経営者層の育成策は。

「社員の成長を促すストレッチ・アサインメントの制度を導入した。海外事業会社の7社の社長のポジション、海外現地法人の9カ所の責任者のポジションを若手育成ポストと位置付け、課長になる前の30歳台で社員を派遣し、経営のセンスを身に付けさせている。現在、中国のコイルセンター、パキスタンのコイルセンターなどに派遣している」

――ビジネススクールの活用は。

「課長級以上の役職者を全員、短期のビジネススクールに派遣する方針。国内だけでなく、ケロッグ(米ノースウエスタン大・経営大学院)、ウォートン校(ペンシルバニア大学・経営大学院)、スイスのIMDなど世界トップクラスの学校への海外派遣制度も導入した」

――一方、「2024年問題」が目の前に迫っている。

「グループ全体で懸命に取り組んでいる。6月に公表された適正化ガイドラインに基づいて、まず各事業会社に物流管理統括者を設置。物流事業者との契約内容を点検して、荷待ち時間、荷役作業にかかる時間など実態の『見える化』を急いでいる。待機時間と積み込み時間を減らし、輸送効率を高めるための荷主と輸送業者がデジタルでつながるプラットフォームを開発。鋼管問屋のニッコーでは年始からパイロット的に稼働させていて、11月から対象を数社に拡大して実証試験を開始している。実態の『見える化』から、課題を解決するための具体的な活動に入る。物流に関わるコストアップに伴う輸送費の改定については真摯に対応するよう指示している」

――海外の貿易物流は

「船腹調達部署に12名、その他海運業務と合わせて本社に40人を配置し、北米は現地法人が河川用の艀の手配まで行っている。船積書類は丸紅トレードマネジメントにアウトソースしている。トレードの強みを活かして遠隔地向けの満船手配を追求し、コストと環境負荷の低減に注力する。EUでは2026年1月からシーバム(CBAM、炭素国境調整メカニズム)が本格適用開始となり、鋼材も対象品目に含まれている。それに先立って、海運セクターにおいては来年からEU-ETS(GHG排出量取引制度)が適用されるため、積載効率アップなど温暖化ガス排出量削減にも船主と一緒になって取り組んでいく」 (谷藤 真澄)



注:EU-ETSは2005年に導入された欧州におけるGHG排出量取引制度。対象となる産業セクターは、発電,鉄鋼,セメント、石油精製などのエネルギー多消費産業セクターで、2012年からは航空セクターが対象となり、来年の2024年1月からは海運セクターが対象となる予定。一方で、EU-ETSによりEUだけ排出規制を強めても、排出規制の緩い国からEUへの輸入増を招くこととなる。また、EU域内に製造拠点を置く企業が規制の緩い域外国へ流出すると、世界全体では温室効果ガスの削減は進まない「カーボンリーケージ」(炭素漏出)が生じる。それを防ぐため、輸入品にもEU-ETSに相当する課徴金を賦課するというのがEUのCBAM導入の名目で、鉄鋼もCBAMの対象品目となっている。

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