2025年8月7日

鉄鋼新経営 描き挑む成長のビジョン/三菱製鋼社長/山口 淳氏/高清浄度鋼 量産化めど/三菱長崎機工の工場拡張検討

――足元の市場環境をどう認識しているか。

「特殊鋼鋼材事業は主力の建設機械分野や産業機械分野で需要回復の兆しがみられ、店売り向けは底を打ったようにみえたが、手応えを感じず、歯がゆさがある。インドネシア子会社のジャティムも最悪期を脱した感がある。ばね事業は24年度の自動車メーカーの認証不正問題による生産調整は解消されたものの、米国関税や中国レアアース輸出規制などの影響は未知数で、市場には不透明感が漂っている。一方で、精密ばねは堅調に推移し、着実に利益に貢献している。素形材事業では特殊合金粉末が新規取引の開始もあり、足元、生産量は増加している。機器装置事業は防護装備品関連や、洋上風力など再生可能エネルギー関連の需要が旺盛で、受注は予想を上回る水準である」

――前期(25年3月期)連結決算は減収ながら大幅増益となった。

「現行の『2023中期経営計画』の基本方針に掲げる『稼ぐ力の強化』の効果が出るとともに、特殊鋼鋼材の国内販売(国内鋼材事業)を除いて現中計の目指す方向に順調に進んでいることが大きい。ばね事業でドイツ拠点を撤退するなど事業ポートフォリオの最適化に取り組む中で、業績が右肩上がりに伸びているのは評価できる。ただ、業績予想を修正したため、開示の確度の面で課題があり、改善しなければならない」

――今期(26年3月期)は前期比で減収増益を予想している。

「厳しい経営環境下にあるものの、今期は増益を見込んでいる。米国関税影響のうち、コストアップ分にあたる直接的影響はばね事業で12億円前後を想定しており、引き続き注視する必要がある。国内鋼材事業を海外鋼材とばね事業でカバーし、素形材事業と機器装置事業は予定どおりの収益を確保できるとみている」

――海外ばね事業の選択と集中はどうか。

「米国関税措置で北米MSSCの米国工場を再稼動させて、カナダやメキシコからの生産シフトを求める声が日系メーカー、米系メーカーともに大きくなっている。顧客満足度向上と適正利益確保を両立させるベストな解を探り、今期中に再稼動の是非を決める。再稼動する場合は切断から加熱、成形に至る現行の製造プロセスに加えて、塗装を含めた完成品まで一気通貫で手掛けたいと考えている。生産工程と生産数量が増えることから、人員の確保が重要になる。一方、インドは持ち分法適用会社である5Sのチェンナイ工場で、乗用車用スタビライザーの製造ライン1基を増設して2基体制にする。拡大する市場には積極策を講じていく」

――中国ばね拠点は。

「寧波菱鋼弾簧は主要顧客である日系自動車メーカーが現地販売で苦戦し、生産減に伴う固定費増加で厳しい状況に陥っているが、製品価格の引き上げもあり、今期は黒字化を見込んでいる。事業継続を前提に将来像を描く場合、単独資本で継続することの是非を検討している。今期中に方向性について、ある程度結論を出したい」

――戦略事業の進捗状況はどうか。

「海外鋼材のインドネシア・ジャティムは、中計始動前に比べて生産コストを10%低減させる『CD10プロジェクト』を超過達成して売価も維持しており、損益が大幅に改善している。ただ、現地の鋼材需要が落ち込んでおり、丸鋼精整工程の能力増強投資は慎重に判断する。将来的に拡大するマーケットではあるが、当面は技術力の強化と顧客ニーズの掌握に努め、高付加価値製品の開発を進めている。商用車用板ばねはインドネシア以外の国で一貫生産体制を構築するべく検討しているものの、広くニーズを捕捉するには候補国の内需だけでなく、輸出も視野に入れる必要がある。米国関税措置の影響が不透明な中で判断するのは難しく、動向を見極めていきたい」

「精密ばね部品は順調で、現中計の目標売上高を前倒しで達成しており、数量を追うだけでなく、付加価値をさらに高めるフェーズに入っている。特殊合金粉末は引き合いが旺盛で、26年度の本格稼働に向けて広田製作所で水アトマイズラインの増設を進めている。粉末だけでなく、積層造形など後工程の組み入れも考えていきたい。例えば精密ばねにはヒンジが使われるが、粉末を用いた2次製品と精密ばねを組み合わせるシナジーは大きく、素材から製品までの一貫生産も照準に合わせる。洋上風力関連はトーンダウンしているものの、本格的に立ち上がるまで着実に準備を進める」

――洋上風力関連機器や防護装備品などを手掛けている三菱長崎機工の状況を。

「洋上風力発電関連のさらなる受注獲得に向けて大型ベンディングロールの導入を進めており、25年度下期の立ち上げに向けて取り組んでいる。防護装備品は至近2年間で大きく伸長する。今後も旺盛な需要が続く見通しだ。再生可能エネルギーと防衛は社会に貢献する分野であり、注力していきたい。ただ、三菱長崎機工はフル稼働の状態で敷地、工場建屋ともに手狭になっていることから、工場拡張を検討している」

――三菱製鋼室蘭特殊鋼(MSR)は国内向け特殊鋼鋼材の生産が低調に推移している。

「上期の国内販売は想定していた月間3万トンに届かず、下期も回復は期待できない。一方、北米のオイル&ガス関連向け丸鋼輸出は順調だ。継手用途で採用されており、今期は月間受注量が800トン前後に到達している。原油価格がピークダウンしているが、米国の顧客は同様の製品について国内調達が難しいこともあり、関税措置下にあっても引き合い・受注が途切れることはない。オイル&ガス向けをはじめ、販路を拡大して現行2%程度の輸出比率を引き上げていきたい。MSRは洋上風力発電設備などに使われる高清浄度鋼の量産化にめどが付いた。将来を見据えて特許製品を生み出すような開発力を強化する必要がある。洋上風力関連をはじめ再エネ分野に貢献しながら、既存顧客のニーズを掌握して工程省力化や省エネルギーに繋がる差別化製品の開発を手掛け、持続的成長に向けて質を高める。そのために鋼材開発技術スタッフも増員する」

――ジャティムの生産見通しは。

「製造実力向上によって、合金鋼のSCr、クロム・モリブデン鋼(SCM)の415や420、低炭素鋼のS10CやS20Cなど付加価値の高いローカーボンスチールの製造が可能になったが、品質に改善の余地がある。ジャティムは月間1万3000トンの生産能力に対して、現行7000トンの生産にとどまっており、合金鋼のSCr、SCMや低炭素鋼を市場投入することで、生産量を1万トンまで引き上げたい。低迷している需要が戻ればフル稼働も視野に入るだろう」

――カーボンニュートラル(CN)対応を。

「ジャティムはインドネシア工業省グリーンインダストリー認証の取得を目指し、現地のグリーン鋼材需要が盛り上がることを想定して準備を進める。その一環として、再生可能エネルギー電力証書(I―REC)の取得や敷地内に太陽光発電設備の設置を進め、CN対応を図る。国内では50年度のカーボンニュートラルに向け、30年度までにCO2総排出量50%削減を掲げている。特殊鋼鋼材はMSR、北海製鉄の共同出資パートナーである日本製鉄と対話を続けている。ばねは計画どおりに進捗し、特殊合金粉末は広田でCO2フリー電力を活用している。CNに向けた取り組みを継続する」

――DX(デジタルトランスフォーメーション)、IoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)の導入は。

「DX、IoTの導入効果については経営情報の見える化、技術開発のスピードアップがテーマになる。千葉製作所では見える化が進展し、生産に係る計画や実績など各種データを掌握できており、完成形に近付けてばね以外の事業や海外拠点に横展開し、生産性向上などに繋げる。AIは技術開発センターに最新AI技術を活用した特許検索システムを導入しており、研究開発の効率化と成果の向上を目指す」

――人材の育成・活用についてはどうか。

「今下期スタートで、技術開発センターと営業部門で戦略事業に直結した人的資本の再配置を行う。新しい取り組みを始める際にはこれまで兼務で対応するケースが多かったが、専任スタッフを投入することによって、戦略事業を加速させる。人への投資は最重要テーマ。エンゲージメントサーベイ(従業員の組織や仕事への熱意、愛着を測定する調査)の結果は改善しているが、働き甲斐をより高めなければならない。次期中期経営計画では社員全員がやりがいを持って目標に向かうような仕組みを構築したい」

――26年度から次期中期経営計画が始動する。

「現在、策定している段階にある。30年度でのありたい姿『戦略事業で攻めの経営、持続的成長の実現』は変えず、個人の働き甲斐に結び付ける仕組みを検証しながら、バージョンアップを考えていきたい」(濱坂浩司)







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