2025年5月1日

鉄鋼新経営 描き挑む成長のビジョン/東京製鉄社長/奈良 暢明氏/スプレッドしっかり確保/薄板、サイズ・品種の改良進める

――2025年3月期決算は前期比で減収減益となった。

「前期のマーケット環境は、経済活動が停滞している中国の鋼材輸出で年間1億トン超えとなり、海外市況に下押し圧力がかかった。とくに鋼板類は輸入材の価格が国内市況にマイナス影響を及ぼしている。条鋼類は労働力の制約が建設工事を進める上でのネックになり、鋼材需要が落ち込み、市況も下落した」

「前期の鋼材出荷数量は前年比9・7%減。選別受注によって鋼材輸出数量が45・5%と大幅に減る一方、国内出荷数量は横ばいを維持した。条鋼類が減ったものの、鋼板類は輸入鋼材の代替として採用されたほか、電炉鋼材へのニーズが高まったことから増えている」

「店売り向け鋼材販売価格については、24年10月契約分で全品種トン当たり1万―1万5000円下げて、市況の底入れを図った。その後も海外市場の混乱が続いたため、販価を実勢に合わせるべく、25年4月契約分では薄板品種と異形棒鋼を3000―5000円、5月契約分で形鋼類と厚板を3000円それぞれ引き下げている。競争力を高めて輸入材に対抗するため、変動費の引き下げに注力したものの、粗鋼生産減少に伴う固定費増を補うことは難しかった」

――今期(26年3月期)も減収減益を予想する。

「米国トランプ政権による関税措置の影響などで国内外市場は先行きの不透明感が強く、かなり厳しい需要環境になると覚悟している。市場見通しとして、条鋼類は都市再開発や物流倉庫、データセンターなど潜在的な建設ニーズは多いが、労働力の制約が重しになり、建設用鋼材需要が急ピッチで回復するのは難しい情勢にある。これに連動する形で国内市況も弱基調になり、鉄骨を含めて輸入材の入着も増える可能性があり、注視している。鋼板類は中国の過剰輸出、輸入材に対する各国の関税措置などの影響が大きくなると懸念している。鋼板類を主体とする輸入材については、前期では販価引き下げなど当社の考えを打ち出し、しっかりとアクションを取ってきた」

「鋼材出荷数量は前年比ほぼ横ばいの305万トンを計画しており、内訳は上期が150万トン、下期は155万トン。鋼材販売価格、鉄スクラップ購入価格ともに足元の水準を置いて、収益予想を立てている。販価引き下げ影響が効いてくるため、営業利益は36・9%減としているが、メタルスプレッドをしっかり確保して、利益アップを目指していきたい」

――24年8月末で田原工場の酸洗ラインが再稼動した。

「立ち上げから半年が経過したが、順調に稼働している。需要家にはサンプルを提供し、品質を確認してもらっている。5幅サイズなどの酸洗コイルについては田原から出荷しており、向け先を増やしていきたい」

――岡山工場で冷延コイルの生産を決めた。

「長年、薄板製品のラインアップを拡大したいという思いがあったほか、需要家や鋼板流通の電炉冷延鋼板に対するニーズが高まっており、投資を決めた。スピード感も大事であり、溶融亜鉛めっきラインを改造することで冷延コイルを生産できるようにする。サイズは溶融亜鉛めっきコイルと同様、板幅は850―1320㍉、板厚は0・3―2・3㍉。年間生産量は冷延コイルと溶融亜鉛めっきコイルを合わせて25万トンを想定している。冷延コイルの輸入数量は24暦年で91万トンになり、自動車向け、非自動車向けが半分ずつを占めると考えている。岡山の冷延は輸入鋼材に対抗する一般材を手掛け、需要家向け、流通向けともに積極的に販売していきたい」

――岡山・冷延以外の設備投資はどうか。

「前期の設備投資額は田原の酸洗ライン再稼動を中心に合計242億円となり、田原工場新設以来の大きな規模になった。前期は田原の製品倉庫に薄板コイルを搬送するための自動クレーンを導入し、酸洗ラインに母材・ホットコイルを送ることに活用している。岡山では中形工場と中形倉庫の間で形鋼を自動搬送する棟間輸送台車を新設したほか、九州工場では厚板倉庫の作業効率化を図る搬送設備を入れており、これらの投資で省力化・効率化を実現している。老朽化設備の更新投資については省力化や省エネルギーの要素を入れていきたい」

――コストダウンについては。

「省エネや歩留まり向上は継続して取り組んでおり、着実に進展している。このほか新しい電力マーケットに積極的に参画し、電力会社と協力しながら、上げDR(デマンドレスポンス)の活用など環境に優しいプロセスで鉄を作ることによって報酬をもらっており、コストダウンと環境への貢献を両立している」

――新技術や新商品の開発状況を。

「薄板品種は自動車分野、非自動車分野における新たなニーズを捕捉するため、サイズや品種の改良を進めている」

――物流2024年問題への対応は。

「国内中継地を40カ所に拡充し、需要家に製品を安定供給できる体制を構築。またカガヤと物流面で協業し、当社が生産するH形鋼、カガヤが手掛ける鉄骨加工品の効率輸送を目的として、24年11月から陸上便で共同輸送を開始した。他業者とはスポット案件で連携の輪を広げている」

――鉄スクラップの集荷施策はどうか。

「千葉県船橋市に設置する東京湾岸サテライトヤードは6月に開設する。大きな輸出マーケットである東名阪に集荷拠点を置いて購入価格を公表し、1つの価格インデックスになっていくのは意義がある。現時点でその他地域でのヤード開設は考えておらず、まずは東名阪で輸出されているスクラップをしっかり取り込む。スクラップの検収システムは、岡山で運用している三菱重工マシナリーテクノロジー製のトラック積載容量計測システム『キャパライザー』で蓄積した測定データの活用を検討する。中国・ラモン社のシステム導入も予定している。宇都宮ではエバースチールの鉄スクラップ検収システムを使用。キャパライザー、AI検収システムを活用することで鉄スクラップ検収の定量化を目指している」

――低CO2鋼材『ほぼゼロ』の販売状況を。

「『ほぼゼロ』は受注予定を含めて国内外で合計1万1000トン、件数は延べ150件となる見通しだ。需要家や加工業者による採用が増えてきている。『ほぼゼロ』への引き合いなどカーボンニュートラルへの対応を強化するため、25年4月以降で経営管理本部のスタッフを3人増やした。グリーンEV鋼板事業推進室では『電気炉でアップサイクルしたグリーンEV鋼板を25年までに自動車産業向けに量産・供給する』という目標に向けて着実に進展している」

――他社との協働・連携についてはどうか。

「NECネッツエスアイやキヤノン、ヤマハや千代田鋼鉄工業など、協働を進めてきた成果が出始めている。幅広いジャンルにわたるが、需要家で『電炉鋼板を使う』という強い意志を持っていることは共通しており、心強い。この思いを受け止められるよう、中途採用などで鋼板営業や技術部のスタッフを増員し、体制を強化している。また、『ほぼゼロ』のH形鋼約3000トンが、関東建設工業の手掛ける群馬県太田駅南口再開発物件に採用されることになっている」

――ITの活用は。

「製品のデリバリー状況を見える化し、当社との取り引きに対する顧客の信頼度を高める。発注から生産・出荷までの各工程を顧客がパソコン上で確認できるようにしていきたい」

――原料の動向を。

「鉄スクラップ市況は、足元で変化がみられる。トルコ向け米国スクラップ輸出は、ここ数年間の価格推移でみると、その下限値であるCFRトン当たり320―330ドルになっており、今後どのように動いていくかを注視したい。一方、中国から半製品の輸出が増えており、年率換算では1000万トンレベルであり、マーケットにどのような影響を与えるかをみていきたい」

――4月から歌手の小林幸子さんをCSuO(チーフ・サステナビリティー・オフィサー)に任命し、交通広告を展開した。田原工場を見学されたとか。

「4月8日に田原工場を見学いただき、小林さんの公式ユーチューブチャンネルにその動画がアップされている。熱心に見学され、社員に対する質問も多く、予定した見学時間を大幅に延長した。小林さんを通じて、低CO2鋼材の意義を感じてもらいたい」(濱坂浩司)