2016年8月2日

財界トップインタビュー 「世界経済と鉄鋼業」(上) 日本経済団体連合会副会長(三井物産代表取締役会長)飯島彰己氏 豪・比・印除き経済減速/英EU離脱 円独歩高を懸念

――世界経済の情勢分析から。

「世界中の多くの人々が驚いたと思うが、英国の国民投票でEU離脱が決まった。商社、金融機関、自動車や電機、重工メーカーなど、多くの日本企業が英国に拠点を構えているのは、英国がEUの加盟国であって、EU27カ国とシームレスでビジネスを行えるメリットがあるからだ。実際に離脱するのは2年先といわれ、条件交渉はこれからだが、欧州のビジネス環境が大きく変化するとすれば、日本企業のビジネスにも必ず影響が出てくる。とても残念なことだが、今後、拠点のあり方を見直す必要も生じるだろう」

――世界経済にどのような影響が起こりうるのか。

「英国離脱が決定した時点で、短期的な影響は大きく3つあると考えていた。まず株価や為替の変動による実体経済への影響。リスクオフの姿勢が強まる中で、株式市場からの資金流出がどの程度あるのか、また対ドル、対ユーロなどの為替相場がどのように変動するのかを注視していく必要がある。米国株が最高値をつけているのは、行き場を失った資金が流入しているためだろう。為替は円が急伸したのち1ドル107円程度まで一旦戻したが、その後また円高に振れており、予断を許さない状況にある。2つ目は、英国経済自体の悪化による欧州や日本経済への影響。英国財務省は、GDP成長率に2年間でマイナス3・6%以上のインパクトが生じると予想している。日本の全輸出に占める英国向けの割合は1・7%程度だが、投資残高は10兆4000億円と全体の7%程度あり、貿易より投資に対する影響が懸念される。3つ目はマーケットの流動性不足に対する懸念。今回は、各中央銀行が万全の対策を取ったため、いまのところ問題にはなっていないが、リーマン・ショックの時はドル資金がショートして事態が深刻化した」

――円高による日本の輸出産業への影響が懸念される。

「離脱決定直後は英ポンドが米ドルに対して急落し、ユーロ、そして安定通貨と言われているスイスフランまでもが下がり、円だけが上昇した。円の独歩高は日本の製造業の輸出競争力低下につながり、収益に悪影響を与え、日本経済の下押し圧力となる」

――中長期的な影響は。

「EU27カ国との関税見直しにより、英国の輸出が抑制される可能性がある。2年間の猶予期間があるので、混乱しないようにしっかり協議してもらいたい。ノルウェーのように非加盟国であっても参加国に近い協定が結ばれることを望む。日本とEUはEPAの交渉を進めており、離脱する英国とも別途、交渉する必要が生じている。この点についても条件が大きく異なることのないよう、日本政府に要請をしていく必要がある」

――さて、あらためて世界の実体経済について聞きたい。

「米国経済はこれまで好調に推移してきたが、ピーク感が出てきている。20万人が好不調の目安とされる非農業部門の雇用者増は、2月23万人、3月19万人だったが、5月は1万1000人と大幅に減少した。6月は28万人に回復したが、平均すれば増加ペースは鈍化している。エネルギー関係の投資は引き続き低調。新車販売も昨年秋には年率1800万台を超えていたのが、足元では1700万台程度までペースダウンするなど、天井感が出始めている」

――欧州の実体経済は。

「欧州は年初から緩やかな回復基調にあったが、暖冬により建設工事が例年より順調に進んだためで、本要因を除くと基調としてはさほど強くない。シリアからの難民、イタリアの大手銀行の不良債権、ギリシャの債務問題など、課題が山積みであり、解決の糸口が見えない。フォルクスワーゲンの排ガス不正の影響も懸念される。加えて、英国のEU離脱という歴史的なテーマを抱えることになり、今後、停滞感が強まるのではないか」

――中国は、新常態への過渡期が続いている。

「実体経済は減速を続けている。労働人口のピークアウトという構造的要因のほか、地方政府や企業の債務問題、鉄鋼・アルミなど5産業の過剰設備の調整などの課題を抱えている。いずれも解決に時間がかかるため、経済減速はしばらく続くだろう。先行きについては、新常態へのソフトランディングを図る過程で、人民元の急落など大きなショックが起きるかどうかがカギを握る。金融機関を除いた民間債務残高は日本のバブル崩壊前と同様、GDP比200%を超えているとされ、これらが不良債権化すれば中国の金融市場は危機に直面する。過剰設備を廃棄すれば、人員も削減しなければならないが、雇用の移転が円滑に進むかどうかは不透明。中国政府は石炭や鉄鋼で約180万人の人員削減をする方針であるが、中国国内では1000万人もの雇用移転が必要になるとの見方もあり、失業問題が広がると、深刻な事態に陥るのではないか。3月の全人代で李克強首相が高速鉄道やインフラへの2兆元規模の投資を宣言した。これで経済成長基盤が再形成されれば良いが、汚職摘発で地方政府の役人たちがやる気を失っており、公共投資の執行が遅れているとの指摘もあって、その効果がフルに発揮されることを期待しにくい」

――ブラジル、ロシア、豪州など資源国の状況は。

「ブラジルは資源安が続いており、困難な局面にあるが、状況は少しずつ改善している。GDP成長率のマイナス幅が縮小し、レアル安に振れていることで輸出競争力も回復基調にある。また鉄鉱石の輸出価格が上昇し、大豆など穀物の輸出が増加するなど、明るい兆しも出始めている。一方、ロシアは原油安によるダメージが大きく、ウクライナをめぐる米欧日の経済制裁も響いている。原油相場が一時のバレル30ドルから40ドル台まで戻しているが、経済制裁が緩和されない限り、効果は限定的なものとなる。豪州は、総選挙で大型法人税減税などを掲げた与党が勝利した。ここ数年の豪ドル安の流れ、鉄鉱石や石炭価格の一部回復など、強くはないが追い風もある。豪州は回復傾向にあるが、ロシア、ブラジルは底を脱したものの、まだまだ厳しい」

――アセアンは。

「中国の経済鈍化の影響を受けているかどうかで二極化の流れにある。フィリピンは個人消費が増加しており、堅調に推移。一方で、タイは民政への移行を急ぐ必要がある。中国の減速の影響などもあり、得意とする自動車など製造業の成長がかつての勢いを取り戻せないままでいる。インドネシアも財政出動による景気浮揚を図っているが、効果は薄い」

――インドは堅調。

「インドは原油安の恩恵を受けており、金融緩和が奏功し、インフレも抑制されている。大動脈の貨物鉄道やインフラなど大型投資も実行されていることで、12億5000万人を抱える、中国に続く巨大市場として、外国企業の投資ターゲットになっている。モディ首によるメイク・イン・インディア政策も成果を上げつつあり、今後の安定成長が期待できる」

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