トップ > 記事特集

日本力再び 「ポスト自動車」育てる

JAPIC日本創生委員会 寺島実郎委員長

日刊産業新聞 2010年02月18日

 世界経済は米リーマンショックで大打撃を受けたが、約1年半の調整局面を経て大底を脱し、回復軌道に入ったようにみえる。日本総合研究所会長、三井物産戦略研究所会長、JAPIC日本創生委員会委員長などを務める寺島実郎・多摩大学学長に世界経済や日本創生のポイント、総合商社のチャンス――などをテーマに話を聞いた。

――一時、6500ドルまで落ち込んだニューヨーク・ダウが1万ドル近辺で推移するなど、世界経済は回復軌道に乗ったようにみえるが。

special_181 「いま日本は極端な悲観論に寄っているが、世界は危うさを湛(たた)えるほどに景気回復軌道にある。再び金融肥大型の構図になりつつあるということだ。最近の株価主導の景気回復は実体経済と乖離したまま。典型的なのが米国で、まさにジョブレスリカバリーの状態にある。リーマンショック以降、あらゆる先進国がこぞって財政出動と超金融緩和策を続けてきた結果、大量の資金が出ている。世界の金融資産は07年に194兆ドルと実体経済の4倍に迫る勢いで膨れ上がっていた。それがリーマンショックで弾け、08年には148兆ドルまで落ち込んだ。09年は実体経済がマイナス2・2%成長だったが、金融資産は185兆ドル程度に戻ったとみられている。直近の米オバマ大統領の金融規制、中国政府の金融引き締めなどの動きは当然のこと。世界経済は、適切に金融システムを制御しながら、内実ある形で景気を回復軌道に乗せるという大きな課題を抱えたまま。つまり病気が治ったような空気が漂っているだけで実は治っていない」

――アジア経済は中国の安定成長もあり息を吹き返しているが、日本は取り残されたまま。再生に何が必要か

 「日本創生のカギは、資源とエネルギー、食糧を外部に依存している弱点を技術力でどう補い、克服するか。その一つのターゲットが海洋資源開発。国土面積は世界61位だが海洋面積は世界6位。世界に冠たる海洋国家としての日本の可能性を切り開いていくチャンスがある。銅や鉛、亜鉛、金、銀、希少金属、メタンハイドレードが海底資源として眠っており、探査技術と採掘技術を高度化することが課題となっている。また自動車産業を超えたプラットホーム型産業を育てることも日本創生のテーマとなる。その一つがアジア大移動時代をにらんだ中型ジェット旅客機の国産化。MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)が始動したが、これを成功させてさまざまな産業群を興す。旅客機はITの塊であり、ナノテクノロジーや新素材の塊でもある。あらゆる面で産業技術の終結点とも言えるわけで、日本として立ち向かう価値がある。ロボット産業や次世代ICT(情報通信)もターゲットとなる。要はそういうポスト自動車の新たなプロダクト・サイクルを創出していくことが重要となる」

――日本企業が伸びるアジア需要を取り込むポイントは。

 「日本はこの3―4年で対米貿易から中国を中核とするアジアとの貿易で飯を食う国に姿を変えた。日本企業で業績を上げているところは中国、アジアとの何らかのビジネスモデルを中軸にしている。このほど出版した『世界を知る力』(PHP新書)では、大中華圏などネットワーク型で世界を考えるという新しい世界観を提起している。大中華圏とは香港、台湾、シンガポールを巻き込んだグレーターチャイナ。その相関の中で、中国の躍動をつくり上げている。返還後の香港をギリギリ制御しながら、台湾の資本や技術を取り込み、アセアンを巻き込むアジアの南端にシンガポールを置いている。ここに気がつき、内外需一体の広域アジア戦略を描き切れない企業は成功しない。ファンケル銀座店の売り上げの半分は中国人とされるが、これを内需というのか外需と整理するのか。その議論自体がむなしい。頭を切り替えて、グレーターチャイナを一体として最適資源調達、最適工場立地、最適マーケティング、最適マーチャンダイジングを組み立てる戦略を具体化していくことがポイントとなる」

――確かにシンガポールの存在感が急速に高まっている。

 「ロンドン、ドバイ、バンガロール、シンガポール、シドニーをつなぐ一直線のライン、世にいうユニオンジャックの矢といわれるネットワークがある。シンガポールは、大中華圏とユニオンジャックの矢の接点にありスパークした。国土が狭く、人口も少なく、資源もない国が世界に冠たる経済国家となっている。これをどう理解し説明するか。技術、システム、サービス、ソフトウエアなどの見えざる財がバーチャル国家を創出する時代になっている。このことも日本創生や企業経営に大きくかかわってくる」

――総合商社の機能が求められる時代ともいえる。

 「まさにプロジェクトエンジニアリングが求められている。つまり個別、断片的な話をどうパッケージにして展開していくか。南米で日本の地上デジタル方式が続々と採用されたが、上部構造としての放送設備を握っただけで、肝心の受像機は韓国や中国に席巻されている。いま日本に問われているのは戦略の統合。新幹線の技術が優れているといって売れる時代ではない。フルターンキーでサポートし、オペレートするところまでを束ねる力が求められている。UAEの原子力発電プロジェクトで韓国に負けたのも典型例。トータルシステム、総合力が問われているわけで、総合商社への期待は間違いなく高まっている。戦略意思と態勢を整えているところには大変な追い風が吹いている」

・ 関連記事などは日刊産業新聞をご覧下さい → 購読申し込み
・ 記事は、記事データベース検索サービス(有料)でも閲覧できます → 記事検索