2014年4月7日

スペシャリストに聞く ■世界情勢の行方 三井物産戦略研究所 中湊 晃社長

世界経済は、米国の景気回復を契機に新たな成長軌道をたどり始めたようにみえる。総合商社の情報ネットワークを生かし、政治経済・産業・技術などの視点で世界の動きを調査・分析、発信する三井物産戦略研究所の中湊晃社長(三井物産執行役員)に2014年度以降の世界情勢などを聞いた。

――世界のマクロ経済見通しから。

「今日の世界経済を俯瞰すると、二つのポイントが浮かび上がってくる。一つは緩やかな景気回復で、もう一つが主役の交代。13年から兆しはあったが、先進国の経済が底を離れた。米国は、シェールガス・オイル革命の効果もあり、住宅と自動車で成長していくダイナミズムが戻り、13年1・9%、14年2・7%、15年3・0%と経済成長が予測されている。EUは3四半期連続でプラス成長にある。そして日本がアベノミクスと円安効果で、20年以上続いたデフレ経済から脱却しつつある。加えて、中国経済が不安要因はあるが7%台の成長ペースを維持できる見通しとなった。世界全体の3分の2以上を占める、これら4地域の先行きが見えてきたことで、緩やかな景気回復が続くだろうという安心感が広がっている」

――IMFは世界の経済成長率(PPPベース)を13年3・0%、14年3・7%、15年3・9%と予測する。

「最新の1月のIMF予測でも先進国と中国の成長率が上振れした。われわれはPPPベースよりやや低くなる市場レートベースの成長率でみているが、13年はプラス2・4%だった。14年3・1%、15年3・4%で、2010年代後半にかけても3・5%ペースをキープすると予測している。世界中が好景気を謳歌(おうか)した04-07年が平均3・9%だった。当時あった新興国の急成長はもはやないわけで、先進国が安定成長をけん引するというメーンシナリオを描いている」

――とくに目立つ動きは。

「アベノミクス後の日本はサプライズカードとして、世界の景気回復を支える役割を果たしている。安倍政権への交代は、当初まったく注目されていなかった。ノーベル経済学賞受賞者であるスティグリッツ・米コロンビア大学教授が昨年3月に訪日し、『日本のビジネスマンの顔つきが明るい、何が起きているのか』と指摘したが、まさにあのころからアベノミクスが注目され始めた。ところが振り返ってみると円高修正、株高は安倍政権発足前から動き出していた。新興国リスクを嫌気した外国人投資家が日本に資金を振り向けていたわけで、彼らが日本の景気回復に果たした役割は大きかったといえる」

――リスクシナリオは。

「数年間のレンジで見た場合のリスク要因は四つある。一つがアメリカの政治混乱による景気減速。中間選挙はあるものの、上院・下院のねじれ現象が続くとすれば、その後議会がもめることで景気の足を引っ張ることはあり得る。ただ予算が通過し、2月中旬には債務上限も先送りされており、今は大丈夫だ。一部のアナリストらは米国の経済成長率が3・0%を越えると予想している。04―07年の平均2・9%を上回る数値であり、意外なほど強いが、安定成長を続けてもらいたい」

――二つ目は。

「新興国の経済減速。フラジャイル5(ブラジル、インド、インドネシア、トルコ、南アフリカ)にポーランド、ハンガリー、ウクライナを加えたフラジャイル8といった指摘が出ている。きっかけは米量的金融緩和の縮小。FOMC(連邦公開市場委員会)は年に8回予定されており、100億ドルずつ市場への資金供給量が減っていくと12月にはゼロとなる。新興国から資金が流出すると経常収支赤字をもたらし、通貨下落、輸入インフレ発生、金利引き上げによる景気後退をもたらす。FRBのイエレン新議長は緩和縮小の穏健派といわれているが、未知数の部分があるので、言動に注目が集まっている」

――97年のアジア危機のような事態を想定すべきなのか。

「バーツ・ショックの時と異なり、新興諸国は外貨準備が当時より潤沢で、チェンマイ・イニシアチブといった融通し合う仕組みもできた。アジア危機のような大事には至らないだろう」

――三つ目は。

「世界経済の15%を占める中国。開発バブル、地方債務やシャドーバンキングの問題を中央政府がソフトランディングさせられるかどうか。年明けの事例で中誠信託のデフォルト処理に国営銀行が関わり収拾したようだ。西側のアナリストからはモラルハザードだとの批判もでたが、その一方で中国版リーマン・ショックを招かないという中央政府の姿勢とコントロール力への信頼感が高まり、市場は動揺しなかった。習近平国家主席の改革路線がうまく機能し、巡航速度の安定成長を維持できれば、世界経済における一定の役割を果たしていける」

――政情不安が広がっている。

「これが四つ目で地政学的なリスクが広がる方向にあり、中東とアジアが心配。中東に関しては、ホルムズ海峡が閉鎖されるようなことになるとエネルギー価格が高騰し、日本も大きな影響を受ける。ウクライナをめぐる米欧日とロシアの緊張関係も高まっており、欧州のエネルギー需給や経済への影響が懸念される。また日中、日韓の関係が悪化。タイの政情不安も長引いている。12年は米国、中国、ロシア、日本と大国の選挙の年だったが、14年は新興国の選挙が続く。フラジャイル5すべてが選挙の年で、情勢が悪化しても抜本的な手を打てず、傷口が広がるリスクはある」

【主役の交代】

――もう一つのポイントは主役の交代ということだが。

「新興国は21世紀に入ってから発展を続け、世界経済成長の主役を演じてきた。ところがIMFは昨年10月の世界経済見通しで、経済の原動力が新興国から先進国に変わってきたとの分析を公表した。さかのぼると英エコノミストの昨年8月下旬号の表紙は『大減速』というタイトルで、中国、ロシア、インド、ブラジルがそれまで快走していた競技場のトラックで泥まみれになってもがいている様子が描かれていた。モルガンスタンレーがフラジャイル5と指摘したのが、ちょうどそのころだった。さらに振り返ると、モルガンスタンレーのシャルマ氏が12年末のフォーリンアフェアーズ誌に、すべての新興国が一斉に成長したこの10年間が異常だったとのリポートを掲載していた。そもそも彼はBRICs懐疑論者だが、BRICsの4国には何のつながりもなくて、中国、インドは人口大国であり消費大国だが、ロシアやブラジルは資源国であり、これらを総称することが混乱を招いたと指摘していた」

――新興国を一律的にみることは危険ということか。

「すべての発展途上国は成長を続けるはずであり、どこかに張っておけば良いというムードがあったが、成長する新興国と発展が難しい新興国があることを見極めなければならない。そうした難しい時代に入ってきたことを教訓として今後の判断に生かさなければならない」

――03年ごろからの世界同時好況はBRICsがけん引したのでは。

「世界同時好況の最大の要因は米国の不動産バブルだったとみている。当時、ニューヨークに駐在していたが、金融資本が一斉に不動産取得をあおっていた。ITバブル崩壊を乗り越えるため、不動産をテコに資産効果を高め、借金をさせ、消費意欲を高めさせようと懸命だった。ちょうど中国がWTOに加盟して、安価な労働力が提供された。世界のメーカーが中国に生産を移転し、その中国製の製品を米国の消費者が購入し続けた。つまり、米国が過剰な消費を創出したことで新興国の景気に火がついた。世界の工場となった中国は生産拡大を続けるため、世界の資源を買い集める。それがブラジルやロシア、豪州やカナダなど資源国の成長につながる格好で世界同時好況に至った。ピークとなった07年は、世界183カ国のうちマイナス成長がコンゴやジンバブエなど3カ国だけだったとされている。まさに異常な時期だった」

――リーマン・ショックで異常な時期は終わり、低迷期に入った。

「米国では不動産購入の無理が積み重なり、ついにサブプライムローンが崩壊した。米政府はリーマン・ブラザーズ倒産の判断を下し、G20を招集して、世界経済を新しい体制で建て直そうと動き出した。各国が財政出動し、これらが新たな地雷として埋められていった。欧州では、すぐにギリシャ危機が起こり、財政再建にかじが切られ、実体経済が悪化した。中国の4兆元対策は地方債務の拡大や過剰設備などの問題を引き起こした。日本では東日本大震災が起きた。米国も生産力を海外へ移転済みだったので、企業業績は回復するが雇用も回復しない中で低成長にあえぐことになった」

【資源価格は安定】

――さて世界経済は緩やかな成長を続けるということだが、鉄鋼、非鉄の需要は。

「金属資源・材料の需要は、経済成長とともに緩やかな拡大を続ける。新興国はインフラ整備など設備投資需要がメーンだが、先進国の経済成長時は、設備投資にとどまらず、消費も増えるため、幅が広く、息の長い需要増が期待できる」

――円ドルの為替相場をどう見る。

「物差しはさまざまあるが、1ドル100円は購買力平価でみると実は相当に安い。今の水準は07年ごろに日本企業がエンジョイした120円に近いレベルで歴史的な円安水準に来ているのではないか。ただし個人的見解だが、日米両国の金融・財政政策を見る限り、基調は円高より円安。特に日銀の戦略は円安に効果を発揮している」

――乱高下を続けた資源価格も安定してきた。

「21世紀前後の中国の資源爆食の勢いは凄まじく、資源バブルを招いた。米シティ・バンクによると、コモディティー・スーパーサイクルが過去3回あった。最初が米国の成長期の1800年代後半から1900年代前半。2回目が欧州の戦後復興需要から日本の高度成長期で、1945年から1975年。そして3回目が、90年代後半からの新興国の急成長で、それが終わった。右肩上がりの成長を期待した資源メジャーがこぞって鉱山開発投資を行い、供給能力が拡大しているため需給は緩和する。一方生産コストが底上げされているので大幅な価格下落もない。資源価格は安定すると見て良いだろう。ただしインドネシアの新鉱業法などの資源ナショナリズム、ロシアの孤立など政治混乱による一時的な供給不安に振り回される可能性はある」

――三井物産は、資源から非資源にシフトしていくのか。

「飯島(彰己)社長は、バリューチェーンを太く、長くするといっている。資源、非資源という視点ではない。まずは足がかりをつくり、川上から川下までをつないでいくという考え方だ。例えば天然ガスであれば、まずガス権益を確保し、商業化するためのパイプライン、液化プラント、LNG船、輸入先でのターミナル、発電所、化学産業までグローバルにつないでいく。実際に米国ではシェールガスを軸に進めている。世界最大の鉄鉱石サプライヤーであるブラジルのヴァーレに資本参加しているが、鉄鉱石ビジネスのほか、ニューカレドニアのニッケルやペルーのリン鉱石プロジェクトを共同運営し、物流面では鉱山軌道用のレール、鉱石運搬貨車、鉱山機械などの納入実績を積み重ねている。横への広がりが重要。総合商社ならではの幅広い事業ノウハウ、資金力、ネットワークなど総合力を発揮し、投資国の持続的成長にも寄与しながら、事業と価値の創造を続けている」(谷藤 真澄)

【プロフィル】

▽中湊晃(なかみなと・あきら)氏=78年慶大経卒、三井物産入社。鉄鉱石、冷鉄源・合金鉄など鉄鋼原料畑を歩んできた。豪・英駐在を経験し、飯島(現・三井物産社長)・金属総括部長時代の企画業務室長を務める。米国三井物産鉄鋼原料・非鉄本部長、三井物産鉄鋼原料・非鉄本部鉄鉱石部長、同エネルギー本部業務部長などを経て、09年三井物産インドネシア総代表。12年4月から現職。55年12月30日生まれ、東京都出身。

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