2014年9月1日

マンデーインタビュー スペシャリストに聞く ■新構造材料技術研究組合 岸輝雄理事長 ■オールジャパンで自動車軽量化を実現

構造材研究の潮流再び/世界に革新的技術発信

新構造材料技術研究組合(ISMA)は、2014年3月にCFRP(炭素繊維強化プラスチック)に関わる17企業・1大学が新たに加入し、現行比で3割減となる自動車軽量化を実現する革新的構造材料の開発体制が整い、オールジャパンによる22年度までの10年間に及ぶ国家プロジェクトが本格的に動き出した。岸輝雄理事長(東京大学名誉教授)に開発の狙い、ビジョンなどを聞いた。

――ISMA発足の経緯から。

「70年以降、日本はエレクトロニクス産業、自動車産業が経済をけん引し、90年代では世界に先駆けてナノテクノロジーを手掛け、私がNIMS(物質・材料研究機構)の理事長を務めていた00年ごろはこのナノテクが全盛になり、エレクトロニクスやバイオテクノロジーが研究開発の主流になっていく。ところが、10年ごろから韓国など新興国メーカーの台頭で国際競争が激化し、日本のエレクトロニクス産業が打撃を受け、ナノテクと機能材料だけで日本はもたないと、誰もが感じるようになった。国を挙げて、材料研究では再び構造材料に力を注ごうということになり、同時に自動車という世界トップの日本産業を支えるため、このISMAが発足した。13年度は経済産業省の製鉄課と非鉄課、繊維課が組み、それを研究開発課がまとめることでスタート。14年度はこれに化学課や自動車課、航空機武器宇宙産業課が加わった。また4月から経産省からNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の管轄になっている。13年10月25日の発足時は鉄鋼、非鉄金属、重工、輸送機器など19企業と産業技術総合研究所が組合員となっていたが、14年3月26日にはCFRPに関わる17企業・名古屋大学が加入し、36社・1独法・1大学の開発体制を構築した」

――立ち上がった国家プロジェクトが構造材料開発に重点を置くのは国として危機感があったからか。

「理由は2つある。1つは、構造体の軽量化を実現する自動車鋼板や航空機用CFRPにおける日本の実力が本物なのかということ。トヨタをはじめ自動車は日本メーカーが優れているし、自動車用鋼板は誰が見ても世界一である。一方、CFRPを航空機に応用して日本が喜んでいた時、ドイツは自動車に応用し、BMWはi3という車種を開発・販売している。鉄鋼も頑張っているし、アウディはオールアルミ車を開発。自動車用材料分野はドイツも結構強い。これに対抗するため、3割から5割程度、自動車を軽量化できないかという要請がある」

「もう1つはナノテクの観点から、日本のエレクトロニクス産業が地盤沈下したことに端を発し、10―20年という時を経て、構造材料研究に流れが戻ってきた。昔、米国で行われた調査では鉄鋼とシリコン(半導体)が構造材料の東西横綱という結論が出ている。日本ではシリコンが落ち込んでいることから、鉄鋼で頑張ろうということになる」

――「革新鋼板(鉄鋼)」「非鉄金属」「接合技術(溶接・接合)」「熱可塑性CFRP」を開発ターゲットにしているが、それぞれの狙いを。

「『革新鋼板』(高強度高延性中高炭素鋼)は新日鉄住金、JFEスチール、神戸製鋼所で進める。鋼板強度を高めることで鋼材使用量を減らし、自動車軽量化を実現するため、引張強度590メガパスカルから、至近で980メガパスカル、1180メガパスカル(1・2ギガパスカル)の冷間プレス用鋼板も自動車に採用されてきている。ISMAでは最終的に冷間プレス用引張強度1500メガパスカル(1・5ギガパスカル)以上の鋼板開発を目指しているが、1800メガパスカル(1・8ギガパスカル)まで到達できる可能性はある。伸び(延性)は15―20%を確保し、優れた加工性を持たせる。この強度領域では水素脆性が問題になるが、これを克服したい。同時に低濃度炭素検出技術や微細粒成長動的観察技術、鋼の歪み挙動解析技術など解析・評価手法も確立する」

――革新鋼板では、異なる金属材料を複層化することで超高強度・高延性を実現する「複層鋼板」もテーマに挙がっている。

「複層鋼板の理論は50年ぐらい前から存在し、私の恩師も研究に携わってきた。少し先を見据えた研究と理解しており、ISMAではFS(事業化調査)対象としている」

――「非鉄金属」はどうか。

「非鉄金属は自動車よりも、航空機材料としての開発ウエートが大きい。チタンは耐食性に優れるものの、高価なのが難点であり、新しい精錬技術を開発することでコストを現行比で2―3割低減し、工業化への展開を可能にする。アルミニウム合金は航空機用として、現行600メガパスカルの引張強度を、12%以上の延性を確保しながら750メガパスカル以上にする。次世代材料として注目されているマグネシウムに関しては燃えやすいなどの性質がネックになっていたが、不燃性カルシウムを含有する製品を完成させ、新幹線や航空機に応用していきたい。レアアースを用いず、加工性に優れるマグネシウム材は引張強度270メガパスカル以上・延性20%以上を、高強度マグネシウム材は360メガパスカル以上・延性15%以上を実現する」

――このほど加わった「熱可塑性CFRP」は。

「とても軽量で、構造材料としては有望。ただ製造コストが高く、これが普及を妨げる要因になっている。加工性にも問題がある。しかし、大きな流れとして、自動車材料にも航空機材料にも使われてきているのは間違いない。レーシングカーはほとんどCFRPでできている。まず製造コストを5割削減できるよう、カーボン繊維の安価製造法と加工法を確立していきたい」

――「接合技術」開発はどのように進めるのか。

「鉄と鉄、鉄とアルミ、鉄とCFRP、チタンとチタン、アルミとCFRPと、マルチマテリアル化(軽量材料を適材適所で使用)を実現するための異種材料接合のニーズが多く、電食や熱歪みなどの問題点を解決する。例えば引張強度1500メガパスカルレベルの鋼板同士を溶接する場合、従来のスポット溶接やレーザー溶接では十分に対応できない。このため、FSW(摩擦攪拌接合)の技術を確立する。併せて関連する工具の開発も行う」

――レアメタルの低減も大きな課題だ。

「以前、中国がレアメタルを輸出規制したことで大問題になり、レアメタルの使用量削減に照準を合わせ、経産省と文部科学省が組み、経産省が希少金属代替材料開発プロジェクトを、文科省は元素戦略プロジェクトを始めた経緯がある。私は両プロジェクトの合同委員長を7年務めたが、政治および経済問題を科学技術の力で解決できたことでレアメタルプロジェクトは成功したと言われている。レアメタルの半分以上は構造材料で使用している。革新鋼板では10%未満のレアメタル添加量を目指していく」

――14年度で実施するテーマを。

「単年度事業というくくりはなく、3年ほどのスパンで区切り、それぞれ開発目標を立てて、着実に達成していく。開発開始から約3年となる15年度末をめどに、革新鋼板では冷間プレス用引張強度1500メガパスカル以上、アルミ材料は750メガパスカル以上でそれぞれ開発にめどを付ける。チタン材料は工業化への展開が可能な低コスト新精錬技術の開発・導入を図る。FSWは開発完了を目指す。CFRPは製造コストを5割減らし、組合員が保有する大型鍛造設備でプレス加工実験まで行いたいと考えている。16年度以降は開発した材料で構造体化に照準を合わせ、オフィシャルな計画には入れていないが、開発した材料でモデル車を造りたいという夢を持っている。自動車用材料に占める鉄の割合は8割程度であり、ISMAの開発によってアルミやCFRPなど異種材料を組み合わせた面白い車が完成するだろう。東京モーターショーなどで話題になればうれしい」

――最後にオールジャパンで臨むISMAの理事長としての思いを。

「ここ数年で国際マーケットが劇的に変化した。中国や韓国など新興国の経済が急成長し、日本、米国、欧州の三極体制はこの10年で崩れてきている。この環境下、世界で構造材料トップ位置をキープするには、企業が自社の利益だけを考えていたら劣勢に転じてしまい、オールジャパンの総力戦で臨まなければならない。これは鉄鋼だけでなく、すべての材料に当てはまる。事業費として、13年度は経済産業省から23億6300万円が、14年度はNEDOから48億円がそれぞれ計上されるなど、ISMAに対する国の期待は大きい。日本で初となる革新的な技術を発信することで、世界をけん引したいと考えている」 (濱坂 浩司)



69年東京大学大学院(工学系)修了。専攻は材料強度学と非破壊評価。72年ゲッチンゲン大学フンボルト奨学生、88年東大先端科学技術研究センター教授、98年同センター長を経て、97年通商産業省(現・経産省)工業技術院産業技術融合領域研究所所長。その後、01年NIMS理事長、03年7月―05年9月に日本学術会議副会長、09年NIMS顧問。13年10月25日付でISMA理事長に就任。東大名誉教授、内閣府プログラムディレクターも務める。至近では理化学研究所改革委員長になった。1939年9月16日生まれ、東京都出身。



ISMA組合員(50音順)=IHI、アイシン精機、カドコーポレーション、川崎重工業、共和工業、神戸製鋼所、小松製作所、産業技術総合研究所、三協立山、JFEスチール、島津製作所、新日鉄住金、スズキ、住友重機械工業、住友電気工業、総合車両製作所、大日本塗料、タカギセイコー、田中貴金属工業、東邦チタニウム、東邦テナックス、東洋紡、東レ、トヨタ自動車、名古屋大学、日産自動車、日立金属、日立製作所、日立パワーソリューションズ、日立メタルプレシジョン、福井ファイバーテック、富士重工業、不二ライトメタル、本田技術研究所、マツダ、三菱自動車工業、三菱レイヨン、UACJ(36企業、1独法、1大学)

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