2020年1月31日

営業戦略を聞く 日本製鉄 中村真一副社長 ひも付き分野マージン改善を完遂 エキストラを改定、取引要件も最適化

――2019年の市場環境を振り返って。

「世界経済は、米中貿易摩擦や英国のEU離脱問題、中東・香港などの地政学的リスクなどさまざまな混乱要因が重なり、成長が減速。米中摩擦の影響を受けた中国やアジアの消費減によって、日本も製造業を中心に景況が悪化した。その結果、鉄鋼需要は産業機械、電気機械、建機、自動車部品などの製造業分野で活動水準が低下。建築分野は住宅の前年割れが続き、非住宅も製造業の設備投資減が響いて前年割れとなった。このように世界経済の成長鈍化によって国内外の鋼材需要が減少し、国際鋼材市況も下落する中、中国の景気対策が原料資源高を惹起し、『原料市況高の鋼材市況安』という新たな中国リスクが顕在化した」

――その結果、19年は全国粗鋼生産量が10年ぶりに1億トンを下回ることになったが、20年の市場環境は。

「世界経済は、貿易摩擦による米中両国の成長鈍化、貿易量の落ち込みなどによって不透明な情勢が続いており、世界銀行、国際通貨基金ともに世界経済成長率の予測を相次ぎ下方修正している。米中貿易摩擦はこのほど『第一段階の合意』に至り、関税の一部引き下げも報じられているが、本格的な解消に向かうかどうかは不透明。中東情勢も予断を許さない。国内については製造業の輸出や設備投資が減少し、増税影響から消費マインドも低下している。20年については、19年以上に厳しい市場環境を想定しておくべきだろう」



――20年の国内外の鋼材需要見通しを。

「海外については、19年10月時点では、世界鉄鋼協会によれば成長が継続する見通しであるが、その後の世界経済の景気減速懸念が十分に反映されたものではなく、先行きの不透明感は強い。国内については、まず製造業は輸出・設備投資減の影響に加え、個人消費の伸び悩みによる自動車の販売減少も懸念される。建設分野も災害復興や国土強靱化対策向けの需要が見込まれる土木を除いて期待はできない。少なくとも20年度上期は厳しい販売環境を覚悟しなければならない。ただ下期には都市部再開発案件の需要が見込まれており、建築は緩やかに回復していくと期待している」

――海外の鋼材市況は。

「昨年末から中国、ASEAN、米国、欧州、インドなどで底入れ、反転しており、国際鋼材市況は上昇基調にある。本年1―3月には海外の鉄鋼メーカーの修繕などによる供給減も見込まれる。春の需要期までの市況トレンドを注視している」

――一方、原料価格は。

「昨年前半に高騰した原料価格は一時に比べて少し下がって高止まっていたが、19年末から年初にかけて鉄鉱石、石炭ともに上昇に転じ、スクラップ価格も上昇基調にある。鋼材市況への影響を注意深く見守っている」

――国内の鋼材市況について。

「海外市況が大きく変動するなか、日本国内の鋼材市況は相応のレベルを維持してきたが、ここに来てやや軟化している。鋼材在庫は高い水準にあるものの例年の季節パターンを上回る規模で減少してきている。今後の需要減影響も含め、需給を注視していきたい」

――輸入鋼材の増加は懸念材料。

「19年後半から各国の対日輸出が増加傾向にある。数量・価格両面で強い関心を持って注視している」

――中国が国際鉄鋼需給を左右する。

「19年を通して中国の鉄鋼需給は表面上のバランスを維持したが、自動車など製造業の生産活動は後退した。政府の景気刺激策次第で需給バランスが崩れ、鋼材輸出の増加など日本を含む国際マーケットに大きな影響を与えるリスクがある。中国の動向を注意深く見ていく必要がある」

――「2020年中期経営計画」(18―20年度)の進捗状況について、「売る力」の強化策から。

「厳しい販売環境はしばらく続くと覚悟せざるを得ないが、高止まりする主原料や市況原料・資材費・物流費、SOx規制対応などのコストプッシュ要因を踏まえた販売価格の実現に取り組んでいる」

――一過性要因を除いた単独営業損益は本年度で3年連続赤字となる見通し。ウエートが高いひも付き分野の価格改善が不可欠。

「ひも付き分野については、先端技術やソリューション提案、品質、デリバリー、グローバル供給体制などの多大なリソースを投入している。商品価値と貢献度に見合うとともに、設備・研究開発投資を継続するための適正マージンの確保が不可欠。お客様のご理解を得つつ、マージン改善は進展しているが、いまだ不十分。鉄鋼事業の収益力は大きく低下したままであり、マージン改善の完遂に注力するとともに品種構成の高度化を推し進める」

――ベース価格はもちろん、エキストラの確保も喫緊の課題。

「製品に求められるニーズは高度化しており、薄手・高強度化など設備・生産負荷が高いオーダーが増えている。商品価値に見合った価格の実現に取り組むと同時に、エキストラの改定や受注条件、出荷・物流条件の見直しなども含めた最適な取引要件を模索している」

――中計ではメガトレンドへの対応をテーマに掲げている。

「足元では世界的な大きな潮流の変化、つまりメガトレンドがいよいよ本格化している。技術・商品開発力を強化し、徹底的なコストダウンを進めるとともに商品価値を引き上げることでトータルのソリューション提案力を高め、サプライチェーン全体を強化していく」

――中計のターゲットは自動車、エネルギー、インフラの3分野。自動車分野の取り組みは。

「CASEに代表される自動車産業の構造的な変化に対応するため、素材開発や利用加工技術などのソリューション提供を拡大している。具体的には、材料から車部品までの一貫での軽量化に寄与する新たなモノづくり概念『NSafe®-Auto Concept』を打ち出し、アルミニウム同等の30%軽量化を実現し、もう一段の軽量化も視野に入れている」

――エネルギー分野について。

「中東情勢が緊迫しており、原油価格は変動を続けているが、オイル・ガス掘削・輸送用の高級管需要は旺盛で、シームレス鋼管を中心に技術開発や設備投資などに経営資源を引き続き投入している。長契需要家とはサプライチェーンマネジメントの高度化による関係の強化・拡大に注力。高強度・高耐食性油井管に加えて、高圧水素用ステンレス鋼管やボイラー・プラント向けの特殊管などの分野でハイエンド品のシェア拡大に取り組んでいる。省合金型で従来以上の強度と同等の耐食性を持つ化学プラント配管用の『YUS212シームレス鋼管』や環境負荷物質の排出ゼロを実現した油井管用ドープフリーねじ継手の新製品『クリーンウェルドライST』など、安全で環境にやさしく、現場施工の省力化・効率化、設備の長寿命化などに貢献できる商品開発を加速し、拡販に取り組む」

――インフラ分野は。

「建築分野では深刻化する人手不足や工期短縮、コスト削減などのニーズに対応し、ハイパービームなどの製品と横補剛材省略工法などの工法を組み合わせた省力化・省人化などのソリューション提案に力を入れている。土木分野では災害復興や国土強靱化対策に伴う需要に対し、鋼材・工法の提供を通じて安心・安全のニーズにしっかりと応えていく」

――災害の頻発化、激甚化を踏まえた防災・減災の総合的対策、国土強靱化が急務となっている。

「防災・減災に貢献できる製品・工法を一覧としたパンフレットを制作し、グループ会社と一体で提案・PR活動を展開している。ハット形鋼矢板、鋼管杭工法、塗装周期延長耐食厚板『CORSPACE』やチタンの『TP工法』など省力化・省人化、長寿命化・ライフサイクルコスト低減などのニーズに応える商品群を提案。環境負荷低減などの社会的なニーズにも鋼材・工法などの提案を通じて貢献していく。リサイクル性に優れ、環境にも優しいサステイナブルな素材である鉄鋼製品の環境性能開示も推進。日本の高炉メーカーとして初めて環境ラベル『エコリーフ』をH型鋼9製品で取得。海外でも鋼構造のPRによる市場開拓に努めている」



――商品戦略を強化する設備投資を相次ぎ決めている。

「君津製鉄所に6CGLを新設し、自動車用の超ハイテン鋼板の供給体制を強化する。電力向けを中心とした方向性電磁鋼板、エコカー向けの無方向性電磁鋼板の需要拡大とハイグレード化に対応する八幡製鉄所と広畑製鉄所の電磁鋼板の設備増強投資を決定。電磁鋼板については総合的な供給体制強化に向けて、追加の設備投資を検討していく」

――供給面では「経済生産」にシフトした。

「最適な生産・出荷規模を追求する『経済生産』を当面は継続する。最適生産体制の構築については、品種事業部としては鹿島製鉄所のUO鋼管ライン、広畑製鉄所のブリキライン、および君津製鉄所(東京地区)の小径シームレス鋼管の各ラインの休止と他拠点への生産集約を進めている。品種構成の高度化に向けての施策を検討し、実施していく」

――日鉄日新製鋼を4月に合併する。

「日本製鉄グループでの戦略共有をさらに強固なものとし、文字通り一体で事業運営に取り組み、シナジー最大化を図っていく。商品ラインアップや複数あるブランドなどの検討も深め、シナジーを早期に発揮するための施策を実行・推進していく」

――エッサールの共同買収によってグローバルネットワークがさらに広がった。海外市場開拓に向けて商社への期待も大きくなっている。

「インドは長期的に成長が見込める市場で、悲願だった一貫製鉄所を構えることができ、営業戦略上、極めて大きな一歩となった。情報力、市場開拓力は商社に期待する大きな機能であり、重要なパートナーとなる。個別案件ごとに機能が最も高い商社とビジネスを展開していく」

――橋本社長は、 「インドの市場を取り込むことで、グローバル連結ベースで1億トンへの拡大も視野に入ってきた」と年頭あいさつで述べている。中長期の展望と課題を。

「国内外ともに厳しい環境がしばらく続くと覚悟しているが、技術力を磨き、新商品を開発し、コストダウンを継続しながら、鉄鋼製品の価値を高めてサプライチェーン全体を強化することで、総合力世界ナンバーワンの鉄鋼メーカーを目指し、挑戦を続けていく」(谷藤 真澄)

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