2024年2月1日

鉄鋼新経営 変化を好機に/愛知製鋼社長/後藤尚英氏/次世代車向け新素材提案/損益分岐点引き下げへ全社横串

――2023年6月に社長に就任した。基本的な経営方針を。

「“世のため、人のため"、“お役に立つ"こと。当社を創業した豊田喜一郎氏が、課題に対し現地現物で真正面から向き合い、誠実に常に全力でやり抜く“真っ当"な人だったことで、それを真っ当な方々が応援し、現在のトヨタ自動車グループが形成されている。鋼材長さ公差外れ問題も受け、創業精神に立ち戻り、“世のため、人のため"、“仲間のため"に真っ当な努力をしてお役に立つことを深掘りしていく」

――自動車の大変革期への対応は。

「トヨタが掲げる“マルチパスウェイ戦略"“トヨタモビリティコンセプト"に対し、どんな素材、部品でお役に立てるかを考えることが基本。自動車の構造を決めるのはあくまでもお客さまや最終ユーザーであり、今後どうなるか正確には分からない。どのようになっても対応できるよう、準備をしておくことが重要になる」

「エンジンが残るにしても、燃料は水素などに変わっていき、コストや耐衝撃性などの基本要件が今よりも厳しくなる。そうなれば特殊鋼メーカーとしての腕の見せどころ。また水素を“運ぶ、溜める、使う"部分にステンレスでお役に立てる」

――今年は現中期経営計画が終わり、新中計がスタートする。

「現中計では、造る力は強化できたが営業利益目標には届かない見通しのため、次期中計では基本に帰る。変化に強くなるためには、損益分岐点の引き下げが重要。変化に強い体質をつくりながら、もう一つの軸である次世代の成長戦略を進めていく。世の中、お客さまのニーズの変化に合わせ、必要なものを必要な時に提案できるような基本を徹底していく。地味で難しいことだが、仲間と一緒にそれを実行することがプロパーの私が社長になった意味だと思う」

――損益分岐点引き下げの方策を。

「カンパニー制、製品・サービス軸の事業運営に、コーポレートの横串機能を強化し、リソーセスの最適な配分を図る。またコンプライアンス強化のため、工場組織に属する品質管理部門を独立、集約するなど、安全・品質の最上位を明確化する。また、お客さまニーズの変化にしっかりお応えすべく、開発と一体となった企画、提案型の営業体制で取り組んでいく」

――変化に対する愛知製鋼からの提案は。

「BEVの軽量小型化に向けた次世代の高回転型eアクスルに対応した高強度なギヤ鋼などの技術開発に向け、eアクスルを自社で設計、製作している。高強度ギヤ鋼や、モーターへの電磁鋼板の使用量を低減できる非磁性改質技術、コア磁石へのマグファインの使用で一昨年、3万4000回転を可能にした。そのeアクスルの実機を昨年12月、車両に搭載し実走も実現した。次世代に向けた素材技術の開発は着実に進展している。ここで得られた要素技術や部品をお客さまの設計に合わせて提案していく」

「eアクスルはメーカーによって形がまちまちだが、減速して動力を伝える機能はギヤやシャフトであるケースが多く、その小型、軽量化は高強度をどこまで達成できるかという、まさに特殊鋼の世界になる。われわれはトヨタグループで鍛えられているので、その延長線上でお役に立つことができる」

「自動運転を支援する磁気マーカシステムのGMPSも、JR東日本気仙沼線BRTに採用され社会実装が始まった。誤差5㍉以内の高精度という性能への評価で今年、走行区間が3倍に延長される。導入後にマーカーの性能などを検査する車両も用意しており、メンテナンスも対応可能だ。ドライバー不足の2024年問題、工場内物流などでの自動運転ニーズの加速に対しても、お役に立てるものができている」

「これらの分野は、お客さまの方向性がまだはっきりしていないため、われわれが少し先回りし、どのような変化にも対応可能な豊富なメニュー、シーズを携えながら提案できる準備と努力が必要である」

――海外展開ではインドでの取り組みが注目される。

「当社が出資、技術指導するバルドマンスペシャルスチールは、インドでは珍しい電炉メーカー。スクラップの還元も、国を上げて始めており、政府からも脚光を浴びている。今回、同社の鋼材が現地日系自動車メーカーからインド材として初めて、ギヤ用鋼としてアプルーバルを頂き、今後の展開に貢献する準備は整った」

「特殊鋼は、部品の要求性能に合わせて多品種少量で対応する製品だったが、それら全ての、海外現地での生産は難しくグローバル化に不向きな製品。このため、これまでは汎用化が進み、われわれの開発鋼は減る傾向にあったが、ここにきて、また要求性能が多様化しつつある。それを、例えばインドで生産できるようになれば、開発鋼でお役に立つことができる。そのためにも、開発陣にも営業と一体となって、皆でお役に立てるような体制にしていく」

「世界の目がグローバルサウスに向く中、インドが有望視されているが、カーボンニュートラル(CN)の流れの中、現地に重量物の材料を日本から持って行くという選択肢はいずれなくなる。そのインドで既に先鞭をつけ、難しいギヤ用鋼のアプルーバルも取れた。この先、お客さまの生産品目が変化してもお役に立てるよう、きちんと準備をしているのが今の段階」

――人材の確保、育成も課題だ。

「人材育成は、実際の問題解決を通して行うべきと考えている。成功体験だけでなく、失敗も含めて問題解決を学べる機会を若いうちからつくり、それを皆で共有すれば職種も超えた横のつながりができ、仕事がやり易くなる。一方で、人材確保は製造業に厳しい状況。人の手でしかできない仕事以外は、自動化をどんどん進めていく」

――CNへの取り組みを。

「どのような変化が起きてもいいように、標準化の仕組みづくりにも参加する。普通鋼電炉工業会の“環境配慮型電気炉鋼材WG"に特殊鋼メーカーとしていち早く参加し、製造工程のCNを証明する標準づくりに関わっていく」

「工場では7工場のうち5工場でCNを達成。CNなエネルギーの使用も含め、30年でのCO2排出量50%削減(13年比)の目処づけも進んできた。だが、その先の2050年でのCN実現には水素の活用などの技術的なブレークスルーが必要。これについても、刈谷工場で熱処理炉での水素燃焼実験を今年、開始する。ロードマップはしっかり描いた。これを全社で着実に進めていく」
【安江芳紀】

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