2020年6月5日

財務・経営戦略を聞く JFEHD副社長 寺畑雅史氏 新型コロナで事業環境悪化 緊急対策に注力 設備投資削減、追加策を検討

――2020年3月期に鉄鋼セグメントの損益が87億円の損失と03年のJFEスチール発足以来初のマイナスとなった。

「鉄鉱石の価格が高止まりするなかで販売価格が低下し、資材や物流などコストアップ要因も重なり、非常に厳しい状況となった。原料キャリーオーバーでマイナス60億円、棚卸資産評価差のマイナス570億円も大きく効いた」

――コスト削減のプラス効果は420億円。一方でグループ会社収益の減少などでその他430億円のマイナスも影響した。

「コスト削減については当初はプラス効果を600億円とみていたが、台風など自然災害影響や下期の需給調整による減産に伴うコストアップもあって420億円となった。国内のグループ会社は、売上高は落ちたが利益は昨年並み。海外の主要出資先はCSIが18年度が好調だったことによる反動減が大きく、JSWはインド経済の減速で業況が悪化した」

――鉄鋼セグメントの利益は上期の黒字から下期に赤字に転落した。原料高、製品安でマージンがかなり縮小した。

「下期は海外鋼材市況が悪化し生産調整を実施した影響により、上期との差で見ると数量・構成でマイナス160億円。とくに第3四半期は黒皮ホット中心に生産調整を実施、減産に伴うコスト増も効いた。第4四半期は鋼材市況がやや回復し、東南アジアの熱延市況も上がったので黒皮ホットの輸出を戻したが、3月の生産・出荷は新型コロナウイルスによる市況悪化の影響を受けた」

――鉄鋼セグメントの一過性を除いた実力ベースの利益は。18年度は1243億円の黒字だったが。

「棚卸資産評価差、原料キャリーオーバー、為替換算差を合わせるとマイナス300億円。これら一過性の要因を除くと19年度の実力ベースの利益は213億円。単独の経常損益はマイナスの753億円となった」

――セグメントのエンジニアリングは増益、商事は減益に。

「エンジは受注済みプロジェクトを着実に遂行し、増収につながった。商事は19年度の後半から国内の顧客の状況が悪化し、米中貿易摩擦の長期化による鋼材需要の減少や鋼材市況の下落影響を受けた。18年度米国通商拡大法232条の輸入制限による市況上昇で一過性利益のあったケリーパイプの業績が19年度に落ち込んだ影響も大きい」

――2400億円近くの減損損失を計上した。

「鉄鋼事業の構造改革に伴い、将来キャッシュフローの現在価値まで帳簿価額を減額し、減少額を計上した。3月27日の業績下方修正の発表時から減損額が増えたのは新型コロナの影響で少し、足元の将来のキャッシュフローを下方修正したため」

――JFEスチールの北野社長を本部長とする全社特別対策本部を4月1日に設置した。内容と進ちょくは。

「東日本製鉄所京浜地区の高炉休止に伴う構造改革を全社課題とした対策本部を設置したが、3年後の高炉7基体制に向けて計画的に進めている。すでに各種課題の詳細検討、対応策の検討に着手しており、計画通り進ちょく中だ。一方で新型コロナ影響での事業環境の悪化を踏まえ、少しでも効果を前倒しすべく対応を加速していく。足元の新型コロナ対策について、JFEスチールで20年度に1000億円のコスト削減を進める。キャッシュフローが悪化しているのでJFEスチールの6次中期経営計画での設備投資を1000億円削減すると発表したが、今は緊急対策として20年度の設備投資について、認可済みでも実行していない案件の時期の見直しなど追加対策の検討を進めている」

――設備投資の削減額を積み増すことになる。

「そうだ。固定費も削減する。在庫圧縮や資産売却も実施する。政策保有株は原則保有しない方針の下に速やかに売却を進める」

――20年度の1000億円のコスト削減のうち半数を変動費の削減としている。

「変動費については新しく稼働する設備による投資効果に加え、追加の改善施策を検討している。固定費については補修費の削減を積み増す。緊急労務対策なども積み上げる。新たなテーマを発掘し、効果の発現の速いものから取り組んでいる」

――需要の減少に対し、西日本製鉄所の高炉2基の一時休止を決めた。4―6月期の粗鋼生産はどの程度に。

「19年度後半の粗鋼生産の実績に対して25%の減少を想定している。能力に対しては30%以上の減産となる。4―6月期は今の減産幅で対応できるとみている。7―9月期の需要は4―6月期並みを想定しているが、6月末に福山地区の高炉のバンキングを行い、高炉6基体制のもと、プラスマイナス15%程度の弾力性を持たせたうえで、需要の変動にきめ細かく対応していこうと考えている」

――黒字化の道筋は。下期のある段階で黒字化を図ることはできるのか。

「まだ7―9月期の需要産業の生産状況すらみえていない。経済のダメージがどの程度で、どういうタイミングで回復するかによる。自動車メーカーの生産は7月以降、一定の回復が見込めると思うが、自動車の販売がどうなるか。リーマン・ショックの時と違い、経済的ダメージだけでなく、社会的ダメージを受けているので消費構造がどうなるか見極める必要がある。お客様の購買や買い替えなどが増えてくればよいが、まだ霧の中だ。海外の状況も注視される。中国は経済全体がかなり戻っているようだが、東南アジアやインド、米国などは回復が遅れている。各国の経済がどう立て直っていくのか。需要業界、鉄鋼業界ともに左右される」

――逆風下だがD/EレシオやDebt/EBITDA倍率の低下など財務面の目標をどう達成していくか。

「中期計画で立てたDebt/EBITDA倍率3倍などは達成が厳しい環境にある。資産圧縮と鉄鋼事業の設備投資の圧縮を進めていく。鉄鋼事業で設備の劣化更新に投資をかけてきたが、今の収益状況では投資の継続は難しく、構造改革を発表するに至った。加えて新型コロナの影響で状況が急速に悪化している。設備投資の再検討や保有株式の売却、土地など売却対象をリストアップしてキャッシュを作っていくなど今年度はやるべきことをきっちりと進める」

――収益改善に欠かせない、ひも付き価格の是正については。

「足元生産量は減っているが、当社が競争力のある商品・分野への集中を進める。その上でわれわれが持続的成長を可能にする販売価格をお客様と粘り強く交渉していく。お客様と将来を見据えて話をさせていただく」

――経済が回復している中国の事業会社の状況は。

「自動車用鋼板を製造するGJSS(広州JFE鋼板)は、6月には巡航速度に近づく。鋼管製造のJJP(嘉興JFE精密鋼管)も堅調だ。新型コロナの第2波など動向を注視する必要はあるが、大きく積み上がっていた中国の鋼材在庫が順調にはけてきているので、建築関係中心に需要が戻ってきているとみている。ただし、過去に比較すると依然高い在庫水準にあり、今後の中国市場の動向を注視していかなければならない」

――メキシコや東南アジアの事業拠点の状況はどうか。

「国によって差がある。ニューコア・JFEスチール・メキシコは若干足踏み状態で、営業生産のスケジュールをまだ組めていない。ベトナムは新型コロナの影響が比較的小さく、出資先の高炉一貫メーカーのFHS(フォルモサ・ハティン・スチール)の操業は順調だが、東南アジアの市況が低下しているのでビジネスとしては厳しい状況が続いている」

――インド市場をどうみているか。JSWとの新たな協力は。

「今は新型コロナの影響を受けているが、市場の将来性と可能性は大きい。インドは西アジアやアフリカの市場を捕捉するのに適している。経済の早い正常化を望む。JSWとの協力は今申し上げられる具体的な案件はないが、いろいろな面で彼らが期待しているものと、当社の海外戦略とを合わせて考えていく」

――20年度のエンジと商事の見通しは。

「エンジは19年度に受注が少し減ったが、大型案件の出件のタイミングの問題であり、売上に大きな影響は与えないとみている。一定の受注残もある。従来のEPC(設計・調達・建設)中心の事業だけでなく、運営まで一貫して関わる提案型ビジネスへのシフトが進み、収益が安定してきている。海外では、特に欧州子会社のスタンダードケッセル・バウムガルテの廃棄物発電プラントは19年度好調だった。新型コロナの影響としては、発注の停止や受注の減少、工事の延期の可能性を懸念している」

「商事は新型コロナの影響を受けるだろう。鉄鋼の取扱量が減るし、鋼材加工センターや部品製造の会社も鋼材需要の減少と経済の停滞で厳しめにみている」

――21年度からの次期中期計画のテーマは。

「計画の前提を組み立てるのが難しい。新型コロナ感染の今後の動向、経済の動向を見据えながら考えていく」

――京浜地区の高炉休止のスケジュールなどに変更は。追加の構造改革は。

「お客様と相談しながら製造ラインの変更の承認作業を進めている。京浜地区の厚板製造については倉敷地区から新連続鋳造機が稼働した後にスラブ供給体制を変更していく。新型コロナの影響を受けたからといって構造改革の大きな枠組みは変わらない。ただ、前倒しできるものは実施していく。補修費低減の効果を見込めるものなど積極的に考えていきたい」

――倉敷地区で無方向性電磁鋼板の能力を増強する。追加も検討しているのか。方向性電磁鋼板についても能力増強を進めるなど攻めの手は。

「無方向性電磁鋼板は自動車の電動化の状況を見据えながら需要を捕捉していく。方向性電磁鋼板は世の中の流れとして高効率の変圧器の需要があるので検討は視野に入っている。具体的にはまだだが、市場をみて検討していく」

――国内は能力を減らすが、国際プレゼンスを保つ意味でも海外で増やし、一定のスケール感を保つ必要がある。海外事業強化の考えは。

「自動車用鋼板についてはCGLを各地に建設してお客様のニーズに応えている。ベトナムのFHSやインドのJSWに出資し、マーケットインして一緒に事業を行っている。今後もお客様ニーズや市場特性を踏まえ、さまざまな形で取り組んでいきたい」

「全世界のグループ粗鋼生産量は海外の出資先の能力を持分で換算したものを含めて19年で3040万トン。鋼材の生産量はさらに大きい。国内の生産能力は減らす一方で、例えばFHSの熱延コイルを当社のお客様に納めるなど販売を広げる可能性を常に探っている」

――中国の宝武鋼鉄集団と自動車用鋼板、鉄粉、電池材料、特殊鋼棒鋼と合弁事業を増やしている。次の計画の可能性は。

「今のところ、新しい案件はない。引き続き協力関係を強化していく」

――将来、電炉を活用していく考えは。

「高炉一貫で製造している製品を、電炉でも鉄スクラップを選び抜けば製造できる可能性はある。一方で、鉄スクラップの調達だけでも大きなコストがかかる。転炉で鉄スクラップを使用しているし、高炉への直接投入もありえる。グループ内にも電炉メーカーがあり、電炉と鉄スクラップの活用は足元と将来のコストを見据えながら検討していくことになる」

――中国の鉄鋼企業が国内や海外で新鋭製鉄所を相次ぎ建設している。事業への影響は。

「脅威と思っている。だからこそ構造改革を進める。国内需要が減少していくなかで劣化更新に投資を継続しながら海外企業と競合するのは難しい。選択と集中を実行し、技術的優位差をさらに広げていく方向だ。培ってきた技術力を生かし、新たな製品、新たな技術に注力していく。次の技術の研究開発に投資し、モノづくりの力を上げていくとともに、コスト競争力を維持していくためにも設備を絞りながら、やるべきことに取り組んでいく」

――製鉄所で進めているIoTやAI導入の手応えは。

「18年度の高炉を中心とした設備トラブルの後、その知見の蓄積をベースにいろいろと改良している。有効性が出始めており、手応えを得ている。今後ともきっちりと注力していく領域だ」(植木美知也)