2020年7月31日

鉄鋼新経営―2030年に向けて― 日本金属社長 下川康志氏 マルチマテ対応へ設投 新たなニーズ応え得る体制に

――米中貿易摩擦などによる世界経済の減速に加え、至近では新型コロナウイルス感染症の影響を受けている。

「2020年度に入り、自動車をはじめ、ほとんどの分野で大幅に需要が減少している。19年11月に火災が発生した板橋工場(東京都板橋区)は契約残の解消で、自動車用光モール材を主体としたステンレス製品は一定水準の生産をキープしているものの、特殊鋼や自動車駆動部品用高精度異形鋼や複合管など加工品はステンレス製品よりも減少幅が大きい。足元は国、エリアや業種によって、生産・消費の回復の強さと時期にバラツキがあり、当社は中国向け輸出比率が高く、国内に比べて輸出の落ち込みが著しい。いずれにしてもV字回復は期待できず、需要低迷時期が長期に及ぶ覚悟で臨むしかない。今は無理することなく、まずは相対的に過剰となっている最終製品や部品、流通在庫などを早期に適正水準に戻すため、各工場における生産・出荷の抑制を徹底すると同時に、板橋では被災設備代替工程の安定化と改善、早期復旧に注力する」

「その一方で、需要が強い分野もある。パソコンやモバイル機器、ゲーム機をはじめ、ステイホーム及びテレワークなど行動様式の変化に伴うニーズや、5G関連を中心とする次世代技術分野などで、当社に対する増量要請や試作ニーズが増えており、コロナ影響でこの流れが加速する可能性が高く、対応する。また、コロナ禍で稼働休止している海外拠点の生産分をカバーするため、国内拠点の生産を増やす需要家も出ており、このニーズも捕捉しているところだ」

――コロナ感染予防、感染拡大防止対策は、

「コロナ感染拡大で一時期、本社従業員の出社率を3割程度に抑制していたが、政府の緊急事態宣言解除、東京都の東京アラ―ト解除を受けて、通常の勤務体制に戻す予定を立てていた。ただ、ここにきて新規感染者数が増えていること、また当社のテレワーク体制が整ったことを考慮して、足元では契約残解消に取り組む板橋のステンレス鋼帯生産工程を除いて、雇用調整助成金制度を活用しながら、本社と支店、工場で従業員1人当たり週1日程度の一時帰休と、在宅勤務を実施している」

――前期決算(19年3月期)は連結ベースで前期比減収減益となり、当期赤字に転落した。総括と評価を。

「20年3月期は前期比、計画比ともに大幅な減収減益となった。連結ベースでは営業損益と経常損益は黒字を維持したものの、単独では赤字。また、当期損益は火災損失6億2400万円を計上したことによって連結、単独ともに赤字となった。減収減益の要因として、中国経済減速による自動車用光モール材が前期比15%強の減少になるなどの売り上げ減少と、板橋の火災でステンレス母材を手掛ける広幅圧延ラインと切断設備が被災した影響によって実需以上に生産・販売数量が落ち込んだこと。また早期に代替供給体制を構築するため、母材圧延を被災した4フィートラインから2フィートラインに切り替えたほか、圧延能力不足を補う目的で熱延材だけでなく、冷延材からも圧延処理するなど代替生産工程を確立することでコストが増大したことが大きく響いた。一方、福島工場(福島県白河市)の設備を増強した自動車用高精度異形鋼はユーザーの評価が高く、欧州材からの置換が進展し、シェアアップで前期比10%強の増販となった。板橋の火災は業績に大きく影響したものの、需要家に対する供給体制再構築を最優先課題として、ステンレスメーカーをはじめ需要家、商社やコイルセンター、協力企業など幅広い分野でご支援をいただき、比較的早い段階で代替工程を確立し、製品を供給することができた。今後も当社を取り巻くサプライチェーンとネットワークをさらに強固なものにしていきたい」

――板橋の火災に関して。現状と今後の復旧スケジュールを。

「火災が発生した第3圧延工場の建屋及びクレーン復旧は21年3月を予定している。21年末までにステンレス母材用の圧延ライン、切断設備、コイルビルトアップラインを新設する計画。火災の発生原因と再発防止対策は20年6月に消防庁に最終報告書を提出・受理されており、再発防止策はすでに完了している。板橋の復旧に要するトータルコスト、投資額は現在試算中だ」

――第10次経営計画(17―19年度)で講じた施策と目標達成度、その評価は。

「前中計で掲げた『パートナーとの連携による高収益事業の創出』において、主力製品である自動車用光モール材は3年間の重量累計で前中期実績比20%弱増加し、自動車用高精度異形鋼は同3倍となったものの、計画目標に対しては中国経済減速や火災影響もあり、未達となった。新製品や新事業の創出ではPEEK樹脂とステンレスの複合パイプや医療器具モーター向け無方向性電磁鋼帯など、数量ボリュームは少ないながら量産化することができた。また技術開発や、需要家の試作要請に積極的に対応した結果、今後量産化を見込むことができるアイテムが増大しており、これを新経営計画に織り込み、製品化及び事業化を推進する」

「『事業の変革と強化を担う人材の育成と成長』に関しては、かつて業績に大きく左右されていた採用のあり方を見直し、断層が生じている総合職の世代構成を補強するべく、中途採用を強化した。10―17年の8年間平均1・3人の採用に対し、直近3年間は平均3人を採用している。新卒総合職も長期人員計画に基づく定期採用を継続し、10―17年の平均4・6人に対し、直近3年間は平均8・6人となっている。このほか、優秀な人材を早期に登用する『飛び級昇格制度』や、キャリア形成を支援する『セルフ・キャリアドック』制度導入などの人事制度改革、さらにシニアを活用した専門技術教育やチームマネジメント能力を強化するリーダーシップ研修など教育を強化。半期ごとに各教育プログラムの効果を確認し、翌期のプログラムに反映するよう取り組んでいる」

「『成長市場を機敏にとらえたグローバル展開』では、主力向け先の中国、東南アジアに加えて、日本金属マレーシアや取引先海外拠点と連携したインド市場への営業展開に力を注ぐとともに、技術や品質に対する要求水準が高く、拡販余地のある欧州マーケットに独自技術・製品での参入を推進し、ステンレス製品やマグネシウム、電磁鋼帯、パイプなどは引き合いが多く、需要家による試作品の評価を継続している。とくに自動車用光モール材はアルミ材からの置き換えが進む可能性が高く、欧州自動車メーカーではすでに中国生産分で採用を始めており、欧州生産分への展開も期待している」

――その20年度から始動した第11次経営計画『NIPPON KINZOKU 2030』のビジョンと基本方針に込めた想いを。

「今後、技術の進化は劇的に加速する。これからの1年は過去の何年、何十年にも匹敵するスピードになり、様々なことが変化し、例えば燃料電池は25年以降で普及に拍車がかかってくることなど、そのプロセスは数年あるいは数十年単位でより精度の高い『ロードマップ』が示され、いつ何が必要とされるかの予測が可能になるだろう。この環境下、3年先を見据えるだけでは急激な進化のスピードに対応できず、既存の技術や設備、製品は急速に陳腐化し、いずれ不要にとなる可能性があり、第11次経営計画は期間を10年とした。予測される10年後、数十年後の変化に備え、そこで必要とされる新たなニーズに応え得る『ものづくり』の体制を構築する」

「新経営計画のビジョンは、日本金属の持てる『希望への道を描く力』(Hope)と『未来への確信力』(Efficacy)の結晶。これからの10年間は厳しい局面を経験することもありうるが、『逆境への適応力』(Resilience)を発揮し、常に前向きな『楽観性』(Optimism)を持って『ありたい姿』の実現に向け躍動し続けるチームを目指す。また変化に対応する『ものづくり』体制の構築と躍動するチームづくりで最も重視しているのが、社内及び需要家をはじめとしたすべての取引先とのリレーションシップを深化させること。当社には強い信頼関係で結びついた長年のパートナーが数多くあり、『点から面へ、球へ』をキーワードに、既存の取引分野(点)の枠を超え、関わる領域をさらに広げ(面)、深める(球)ための組織やシステム、活動の改革を推進していく」

――製造基盤強化に向けて。新経営計画で予定している設備投資を。

「新経営計画は、積極的な設備投資によって新しい事業を興すことが主要テーマ。将来の市場予測を踏まえて、成長製品分野に対して積極的に投資する。圧延事業では被災した各ラインの代替設備導入と、成長が期待される新製品及びマルチマテリアルに対応するための圧延機や焼鈍ライン、表面処理ラインなどの改造や新設を計画する。被災した母材圧延ラインの代替については、19年10月に稼働した厚物から箔まで圧延可能な高精度万能型の新センヂミア圧延機の技術をベースに、母材から製品まで処理可能な圧延機と付帯設備を新設するほか、既存圧延機群との組み合わせで、市場環境や受注内容の変化にフレキシブルに対応できる圧延体制を構築していきたい。また新製品とマルチマテリアル対応では、既存設備の改造または新設を検討しており、多様な金属の処理が可能なマルチ圧延ラインの実現を目指す。また独自技術の表面処理ラインも計画している。加工品事業に関しては福島で最大板幅200㍉の異形鋼を手掛ける広幅異形鋼ラインを、岐阜工場(岐阜県可児市)で手掛ける小径厚肉溶接引抜管製造ラインをそれぞれ検討しており、このほか異種素材の複合成形ラインや超精密成形ラインなどの導入も視野に入れている。これまでは減価償却費見合いの投資額で年間十億円から二十億円程度にとどめていた。新経営計画では板橋火災復旧分もあり、従来比増を想定している」

「『生産ライン再編と最適化推進』にも取り組む。現在、圧延は板橋、パイプは岐阜、異形鋼とフォーミング製品は福島と、各工場でそれぞれ機能が分かれている。これからは工場の枠を超えて、設備レイアウトを考えていかなければならない。板橋は工場拡張や追加投資を行うスペースが無く、敷地が広い岐阜や福島ではまだ拡張する余地がある。圧延は板橋にと固執することなく、資産を有効活用しながら、生産ラインの再編と最適化を進めていきたい」

――板橋の火災、コロナ感染症、自然災害などBCP(事業継続計画)の観点から、需要家に安定供給するため、最適な生産体制の構築が求められる。

「当社では近年、圧延や焼鈍、各種加工でラインの複数化に注力してきた。3工場に設置するラインは複数化がほぼ完了している。板橋の新センヂミア圧延機は薄物から厚物まで生産範囲が広く、高性能でフレキシブルに対応できる。今後は単一素材専用機ではなく、チタンなど様々な素材加工に挑戦できるようマルチマテリアル化に対応する設備に改造したり、設備を新設する必要がある。BCPの観点や、急激なマーケット変化への対応を踏まえて、生産ラインの複数化、設備のフレキシブル化を推進する」

――圧倒的な差別化実現によって、新経営計画で市場投入が期待される新製品、新技術は。

「技術の進化とともに変化するニーズに対応するため、ニーズに適合する多種多様な素材を活用する『Multi&Hybrid Material』をベースとして、最終製品形状に近い複雑な成形加工を実現する『Near Net Shape』、最終製品に要求される性能を素材・部材で実現する『Near Net Performance』をキーワードに新技術開発や新製品開発を推進している。価格を中心とした競争の激しい顕在化したニーズの市場ではなく潜在するニーズに応える、もしくは未知のニーズを引き出す技術や製品、サービスによる非価格競争力をメインとした新規市場の開拓を目指していく」

「『Multi&Hybrid Material』では、当社素材としてボリュームの大きいステンレスに加えて、従来から取り組んでいるマグネシウム、無方向性電磁鋼帯とともに、PEEK樹脂やチタン、アルミや銅など、当社にとって新たな素材分野にチャレンジしている。PEEK樹脂はステンレスとの複合パイプを製品化し、採用事例や新規引き合いが増えており、拡販中。マグネシウムも粘り強く取り組む。チタンの圧延やアルミ、銅の加工にもトライしており、需要家が採用に向けて具体的検討に入っているアイテムも出てきている」

「『Near Net Shape』では、福島に試験圧延機を導入した広幅異形鋼をはじめ、異形圧延に他の成形方法を組み合わせることなどによって、より複雑な形状や多様な素材の成形及びパイプ加工製品を手掛けていく。『Near Net Performance』では、ステンレスの導電性を改善した『L・Core』や、色調や表面粗さを変化させた『PWシリーズ』などの高性能・高意匠性を実現する既存の独自表面処理技術を改良・進化させるとともに、良加工性マグネシウム合金などの新技術開発を推進する。革新型電池などエネルギー分野、CASEなど次世代自動車分野、医療や計測機・産業機器分野などで製品化をそれぞれ計画している。今後期待できる市場は電池関連分野で、燃料電池やリチウムイオン電池など大きく伸びるだろう。マグネシウム電池は水に反応して発電するため、災害時の緊急電源として注目されており、当社も開発に携わっている。当社が意識し、技術本部で掲げるキーワードは『技術ニッチ』。ニッチな部分にいかに早く目を付け、いかに早く事業化するか。着眼点とスピードが重要になる」

――収益や設備投資額など具体的目標は。

「新経営計画における新事業を中心とした10年間のロードマップ、売上高や利益の目標値などを19年中に策定したものの、その後に発生した板橋火災影響とコロナ禍影響を織り込みながら、現在見直しているところだ。策定チームが積み上げた結果、当初計画案では売り上げ規模で前期の2倍程度、ROS(売上高経常利益率)で8%程度を見込んでいたが、状況が大きく変化しており、冷静に見直す。まず火災で生じているコスト構造の変化に対応し、今後1―2年以内に収益を改善する計画を策定して、その先にある10年間の業績計画を蓋然性のある予想として社内外に示す。新事業を主とした設備投資については事業化機会を逸することがないよう、最優先でスケジュールを確定させ、実行していく」

「新経営計画で最も意識しているのは、社員一人ひとりがもっと良い会社にしたいというベクトルを合わせること。これが実現できれば数字など結果は後から付いてくる。会社のビジョンを策定し、10年後にどのような会社でありたいか。社員がそのビジョンに共感、共有できる姿として描き、そのイメージを実現することがより重要である。社員500人の応募の中から選び、デザイナーの力も借りて作成した新しいロゴを活用し、ビジョン実現にまい進していきたい」

――『経営基盤の強化』で重点課題とする働き方改革、人材育成についてはどうか。

「社員一人ひとりが『働き甲斐』を持てる職場・会社づくりをするため、組織やシステムなどの『働き方』改革を推進する。組織やチームを活性化させるマネジメント能力を有するリーダーの教育・育成に取り組む。またストレス・チェックや産業医カウンセリングの定期的な実施と、ストレスやメンタル不調要因に対する職場単位での対策を講じていく。一方、若手社員育成では従来、職場のニーズが最優先されていた人事ローテーションを見直し、会社側の育成方針や評価と、本人の希望を織り込んだ10年間のローテーション・育成計画を策定し、これを定期的に見直しながら人事異動に反映していきたいと考えている」(濱坂浩司)

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