2022年6月30日

鉄鋼業界で働く/女性社長編/インタビュー/意見し合える環境に

専業主婦から経理などの経験を経て、社長に昨年就任した女性がいる。Mグレードファブリケーター、森永工業(本社=広島市安芸区)の部坂理可さんだ。主に自走式立体駐車場の鉄骨を製作しており、同族経営で代々続いてきた会社を日々守っている。入社の経緯やこれまでの業務内容、今後の目標などについて聞いた。

――入社の経緯を。

「森永工業は亡き祖父が創業し、父、叔父、母がこれまで経営に携わってきました。なので、以前からとても会社を身近に感じていましたね。私自身は大学卒業後、建設会社に入社。結婚後は専業主婦として子育てに専念していましたが、両親から仕事を手伝ってほしいと頼まれ、2008年からパートとして働き始めました」

――入社時は。

「当時は子供が小さかったので、短時間の勤務形態で、総務や経理を手伝っていました。鉄鋼業界、特に現場については何も知らない状態でしたね。現在会長を務める叔父は1級建築士で、年間の受注調整や原価管理まで1人で何役もこなしてきました。当時社長だった母は、資金繰りや金融関係など経営をメインで担当。私もその後正社員に切り替えました」

――大変なことを。

「入社当初はリーマン・ショックの影響を受け、仕事がありませんでした。銀行から借入をしたり、雇用助成金を受けたりするなど、苦労していましたね。その後、景気回復に合わせ、何があっても持ちこたえるために、会社の体力をコツコツと付けていくようにしました」

――自然災害も受けたとか。

「18年の西日本豪雨で工場が被災しました。工場の裏に山があるのですが、土砂崩れが発生し、入荷したばかりの鋼材や多軸ドリルをはじめとした設備など、ほとんどが土砂に埋まってしまいました。土砂は高いところで3メートルほどにまで達しており、積み上げた鋼材の上部がかろうじて見えるくらいでしたね。鋼材を水で洗うことはできないので、土砂を手作業で取った上で運び、別の場所で使える状態になるようきれいにしてもらいました。受注先や工業会、仕入れ先などさまざまな方の支援と励ましのおかげで、半年後に復旧することができました。本当に感謝しかありません」

――その後社長に。

「21年9月、母の引退に伴い社長に就任しました。まだ半年ちょっと経ったばかりでこれからという段階ですが、責任の重さを感じています。どんな時も従業員の安心と安全を第一に考え、お客さまにも安心して使用いただける製品を作らなければ、と思っています」

――社長になって変わったことは。

「まず工場に足を運ぶようになりました。森永工業で作った製品は、関東から九州のさまざまな地域で、主に自走式立体駐車場の一部として使用されています。病院やマンション、大型商業施設などさまざまな場所で需要が高まっており、最近ですとJR熊本駅・香椎駅(福岡市東区)などの駅前開発にも関わっています。また、広電宮島口駅で行われている再開発工事でも、自走式立体駐車場の工事に関わらせていただきました。来年完成予定なので、早く見に行きたいですね。自分が作っているわけではないのですが、工場で出来上がる製品を間近で毎日見て、『すごいなぁ』と感動しています。受注ごとに一つ一つ違うため、作り手の技術と知識が必要です。見ていて大変だなと感じますが、これが全国に納品されると思うとわくわくしますね。製品の写真をたくさん撮りためるようにもなりました」

――業界に女性が増えてほしいですか。

「増えてほしいと思います。女性に限らず、若い人材に定着してもらいたいですね。女性と若手が増えることで、業界が活性化するのではと思っています。森永工業でも、設計補助を担当している女性社員がいます。いつか、設計責任者として活躍してもらいたいなと思っていますね」

――今後の目標を。

「これからはリーダーが引っ張っていくトップダウン方式ではなく、社員一人一人が自ら考えて行動するボトムアップ方式を社内で取り入れたいと思っています。みんなが意見を出し合える環境にしていきたいですね。過去にリーマン・ショックや災害が発生した際には、経営を辞めようという話が出たこともありました。でも、みんなで常に一生懸命働いて、ここまで続けることができました。今後も社内の体制を整えながら、65歳以上のベテラン職人さんから若手人材への技術の承継も行っていきたいですね。数字面では堅実に、月間生産量300トン・年間売り上げ6億円を目指して、経営にまい進したいです」(芦田 彩)