2023年8月21日

商社の経営戦略 2030年以降を見据えて 三菱商事 塚本光太郎常務・総合素材グループCEO 高収益、選択と集中の成果 DX活用、鉄鋼流通効率化に貢献

――2023年3月期の連結純利益は前期比1・7倍の620億円。総合素材グループを立ち上げて5年目となり、定性・定量の両面で成果が出始めた。

「グループ発足以来取り組んできた選択と集中の成果が花開いてきた。三菱商事が機能を発揮できていない事業、成長ポテンシャルが限定的な事業から撤退し、そこで捻出した経営資源を成長分野、機能を発揮できる分野にシフトしてきた効果が出始めた。事業環境にも恵まれた。為替が円安に振れ、資源高を背景に鉄鋼をはじめ素材価格も上昇。ロシアによるウクライナ軍事侵攻の影響が若干はあったが、素材関連需要を牽引する米国の各事業をはじめ、ほぼすべての事業が高収益となった。市場環境の追い風を享受できる事業基盤を整えてきた成果ともいえる」

――定性面では「利益の質の向上」をテーマに掲げていた。

「利益目標を超えるのみならず、総合素材グループとしてのROIC(投下資本利益率)のガイドラインもクリアした。取引と事業の選択と集中を推し進める中で、お取引先様から様々なご意見を頂くこともあったが、今取り組むことが、お取引先様に対する総合素材グループの貢献を高めることになると腹を括って断行してきた。その結果、ROICの分母にあたる投下資本を減らすと同時に分子に当たる利益を増やすことができた」

――鉄鋼製品本部が60%を出資するメタルワンについては。

「国内需要がかつての8000万トンレベルから6000万トン規模に縮小し、もう一段の減少も予想される中、鉄鋼メーカーは高炉を休止し、製造設備を廃棄するなど事業構造転換を進めている。メタルワンは、自らの存在意義を確かめながら、約3年間かけて機能を発揮できない事業、将来性や収益性が見込めない事業を見極めてきた。国内のみならず、海外についても事業の選択と集中を推し進めてきた。前期は連結純利益が415億円となり、リーマンショック前の最高益を更新した。併せてバランスシートを整えて、利益の質を転換したことでROICの指標もクリアし、機能に価値があることを証明できつつある。事業基盤の再構築が進展しており、今期以降についても期待している」

――メタルワンとの連携を強化する。

「総合素材グループとしては、カーボンニュートラルの流れを受けた自動車のEV化など市場構造が大きく変化する中、日本の素材産業の国際競争力強化に寄与するサプライチェーンの変革の役に立ちたい。メタルワンは、三菱商事のDX機能を最大限に活用して、新たな時代にふさわしい鉄鋼流通機能を創出していく。三菱商事は本年1月、ミルシート電子化プラットフォーム『Mill―Box』のサービスを開始した。鋼材品質証明(ミルシート)や鋼材の現物がマニュアルで管理され、紙による情報のやり取りが鉄鋼流通全体の非効率化を招いている課題を解消するのが目的。鋼材現物の流通加工管理を効率的に行える仕組みを構築しつつある。メタルワングループで運用を開始しており、鋼材流通の効率化に貢献していく」

――経営環境は刻々と変化している。

「ロシア・ウクライナ情勢は停戦の糸口が見えず、資源・穀物などサプライチェーンの混乱は続いている。中国、米国を訪問してきたが、中国は不動産問題が根深いようで、脱炭素政策の影響が加わって、課題が増幅している。一方でEV化では世界市場を牽引しており、企業や個人の投資余力もある。政府のてこ入れも寄与し、直感的なイメージだが年度の終盤から回復局面に入ると期待している。米国は、完全雇用に近い状況が続き、労働者の賃金も猛烈なスピードで上昇している。総合素材グループの各種事業においても驚くような賃金レベルになっており、物価上昇を吸収している印象。住宅建設着工は堅調で、耐久消費財の需要も安定している。バイデン政権のインフラ投資の効果もこれからであり、米国は持続的な成長が続くと見ている」

――5年目を迎え、新たなステージに入る。

「総合素材グループはエネルギー、金属、化学品、生活産業の4グループから炭素材、鉄鋼製品、塩化ビニールなどの機能素材、硅砂、セメント・生コンなど多岐にわたる素材を扱う組織として19年4月にスタートした。対面産業の課題解決に向けて、機能や強みを発揮できる事業への集中を目指して経営資源の最適配分を推進し、『利益の質の向上』『新たなコア事業の創出』に取り組んできた。鉄鋼製品本部、機能材本部、窯業原料事業部、建設資材事業部で構成し、商品軸で産業課題の解決、利益の質の向上に注力してきたが、ようやく事業基盤、収益基盤が整った。そこで組織改正を行い、新たなアプローチを開始した」

――素材ソリューション本部を本年4月に新設した。

「素材産業業界は、カーボンニュートラル対応など数多くのチャレンジングな産業課題に直面している。事業変革ソリューション、DXソリューション、EXソリューションを開発・提供し、課題解決に結びつける新たなコア事業を創出し、同時に新たな素材のシーズを育てるインキュベーション事業を推進していく。新設した東洋紡エムシー、Beyond Materialsを通じて活動を本格化している」

――東洋紡エムシーについて。

「東洋紡の機能素材事業を継承する事業会社が、東洋紡51%、三菱商事49%の出資構成で本年4月に東洋紡エムシーとして事業を開始した。脱炭素化の進展、産業構造の変化、技術革新の加速等、素材を取り巻く環境は大きく変化している。東洋紡の製品・技術開発力と三菱商事の幅広い産業知見・経営力を掛け合わせ、業界の垣根を越えて持続可能な社会の実現と持続的成長を目指す。出資額は300億円。当社の馬場重郎執行役員が東洋紡エムシーの副社長に就任し、加えて営業本部長、経営企画部長、CFOなど13人を派遣している」

――三菱商事にとって、製造業に本格参入する新たな取り組みとなる。

「新会社は『環境ソリューション』『モビリティ・電子材料』を重点分野と位置付け、『高機能素材で世界の課題を解決する』経営ビジョンの実現にチャレンジする。環境ソリューション分野では、リチウムイオン電池のセパレーター製造工程で排出されるVOC(揮発性有機化合物)などを高効率で回収する装置、淡水化用途の水処理に貢献するアクア膜、超高強度繊維等の東洋紡の最先端技術・商品を三菱商事のネットワークを活用してグローバルに事業を展開していく。モビリティ・電子材料分野では、自動車の軽量化・電装化に貢献する東洋紡の高機能樹脂や接着剤、塗料原料を三菱商事の総合力も活用しながら事業を拡大するとともに産業課題の解決に結びつけていく」

――――Beyond Materialsが活動を本格化した。

「自動車や航空機分野に強みを持ち、欧米・日本の自動車メーカーにエンジンやEV用電池など基幹部品を含む設計・開発サービスを提供しているドイツのエンジニアリング事業会社FEⅤグループの傘下企業であるFEVコンサルティングと22年10月に折半出資で設立した。Beyond Materialsは、三菱商事が持つグローバルネットワークや事業知見とFEVコンサルティングが持つ自動車産業等のユーザーニーズ、最終製品の設計・開発力などを掛け合わせ、市場調査、戦略立案・実行、製品開発・実証試験等の幅広いサービスを提供していく。自動車、インフラ系、エネルギートランスフォーメーション関連など、日本の素材産業からも数多くの引き合いを頂いており、立ち上げ初年度から黒字化している」

――鉄鋼・非鉄業界のカーボンニュートラル対策が加速し、機能材本部の活躍の場も広がる。

「韓国のPOSCO FUTURE M、三菱ケミカル、三菱商事の3社合弁会社、POSCO MC MATERIALSで黒鉛電極の原料となるニードルコークスを製造。日本軽金属との合弁、日本電極では電気炉用カーボン耐火材、アルミ電解炉用陰極カーボンなどを製造している。高炉メーカーが電炉プロセスによる高級鋼の生産を開始し、軽圧メーカーもアルミスクラップの有効活用を志向している。原材料となる石炭・石油系コークス生産が縮小する中、安定供給に努め、貢献の場を広げていきたい」

――建設資材事業部のアプローチは。

「米国西海岸では、UBE三菱セメントとの合弁企業でセメント・生コンクリート事業を推進している。南カリフォルニアに加え、南ネバダ、グアム、サイパンでも事業展開しており、運用する約1500台のトラックの最適配送、原料の安定調達、生コン等を活用したCCU技術導入によるCO2排出量の削減など、サプライチェーン強化に取り組んでいる」

――窯業原料事業部については。

「オーストラリアにある世界最大規模の硅砂鉱山を100%出資会社で運用している。板ガラス、液晶ガラス用の原料としてアジア海上貿易市場において約40%のシェアを保有している。とくに太陽光パネルなど非常に高い透明性が求められる分野の消費が伸びており、年間出荷量は3-4年前の200万トン超から300万トン超に拡大している。再生可能エネルギーの拡大に貢献していく」

――2030年以降を見据えた商社機能について。

「三菱商事は100年に一度の転機に直面している。極めて強い危機感を抱くとともに新たな価値創造の好機とも捉えており、総合素材グループのメンバーとも色々な場を通じてこの思いを共有してきている。温室効果ガスを2030年に20年比で半減させ、50年にはネットゼロを目指している。全世界で、幅広く事業を展開しており、いかにこの目標を達成するか。30年に向けて2兆円規模のEX関連投資を計画している。三菱商事は前期、1兆1800億円の連結純利益を記録したが、現在の収益の柱である事業をトランスフォームしながら、株主の期待に応える利益水準、配当を維持していく必要がある。経営資源を有効的に活用して、総合商社として総合力を発揮できる分野への投資を積極的に実行していく。そのターゲットは、地球全体の課題、日本の産業が抱える課題の解消に貢献できる分野となる」

――総合素材グループの目指すところは。

「連結純利益を2030年に向けて1000億円規模に拡大していきたい。前期は素材価格の上昇など追い風があったが、今年度の業績見通し460億円は実力値に近い利益水準と分析している。素材流通に不可欠なリアル事業とデジタル技術を組み合わせて、複雑な流通構造・業務プロセスや人手不足、余剰コストの問題を解消していく。また従来の大量生産・大量消費の一方通行型経済モデルからサーキュラーエコノミーへの転換を促すことで、サステナブルな社会の実現に向けて重要な役割を担う素材産業の変革に貢献していく」(谷藤 真澄)

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