2015年2月16日

レアメタル供給の本質的問題 ▼環境コスト、中国優位 東京大学生産技術研究所教授 岡部 徹氏

岡部徹・東京大学生産技術研究所教授
2010年の尖閣諸島問題は、希土類(レアアース)の供給不安を劇的に高め、メディアの盛んな報道を通してレアメタル・レアアースといった言葉が一般にも広く認識される契機となった。一時的に供給リスクは後退したかに見えるものの、現在も問題の根本的な解決には至っていない。20年以上にわたりレアメタルの研究を続ける岡部徹・東京大学生産技術研究所教授に話を聞く。

――近年、レアメタル・レアアースといった言葉が一般にも広く認識されるようになった。

「レアメタル・レアアースという言葉が広がったことによって活動がしやすくなった実感はある。昔はレアメタルの製錬やリサイクルを研究していると言ったら、研究の意義を説明するまでもなく否定されたこともあったが、今は当然のごとく大事ですよねと言ってもらえる。その点は非常にありがたい。ただ、まだまだ誤解されていることも多い」

――レアメタル供給の本質的な問題とは何か。

「レアメタルの生産と供給には(1)資源供給制約(2)技術制約(3)環境制約の3点が密接に関わっており、商業化にはこれらすべてを解決することが不可欠だ。一般には埋蔵量や資源偏在性といった(1)ばかりが問題にされがちだが、実際には(2)と(3)が大きな課題となっている。(2)は製錬所などの製造プロセス、(3)では生産する際の環境負荷などを考慮に入れなければならない。何が制約になるかは時代によっても変わるが、今は(2)と(3)の重要度が高い。これをサプライチェーン全体のボトルネックとして考える必要があるが、その2点で現在はまだ中国への依存度が高い」

「例えばチタンは地殻存在量で9番目に多い元素で、構造材料などにも使われる為にそういう印象は薄れているかもしれないが、今の段階ではまだレアメタルと言わざるを得ない。チタンも含め実はレアメタルは一部を除いてほとんど資源的な制約はない。資源量ではなくサプライチェーンの問題だ。中国の南部で採掘される花崗岩由来のイオン吸着鉱だけが特殊で、レアアースの中でも希少なジスプロシウムの濃度が高く、残渣による環境負荷も低い。これは例外中の例外」

――現在は中国からの供給不安は落ち着いているように見える。

「中国のレアアース産業もあれだけ痛い目に合っているので、当面は供給を止めるということは無いだろう。ただ、仮定の話として中国がどこかと戦争状態になった場合、中国は絶対に輸出を停止する。タングステン、アンチモン、ジスプロシウムなどは危ないかもしれない。資源自体は他にあったとしてもサプライチェーン上のボトルネックが中国にあるものは注意しなければならない。これはロシアの白金族などにも言えることだ」。

――レアアース危機以降、中国以外でも様々なレアアース生産計画が立ち上がった。

「既に操業を開始しているもの、計画段階のものも含め多くの投資案件があるが、コスト面では中国とは勝負にならない。そこに資源があるから開発するというけれども、レアアース自体はどこにでもある。80年代まで一大生産国だったアメリカも、資源が枯渇したから操業をやめたわけではない」「カナダなどにもジスプロシウムを含む鉱石は存在するが、これを使おうとすればウランやトリウムなど大量のNORM(ノルム、自然起源放射性物質)が出てくる。アメリカや豪州の鉱石はジスプロシウムの含有濃度が低く、それを目的には掘れない。あくまでセリウムやネオジムなどの軽希土類の副産物という位置づけになる」

――中国は環境コストを度外視してレアアースを生産してきた。

「中国は北部鉱山に関しては露天掘りで計画的に生産しているが、いわゆる火山性の鉱山でノルムを含むもの。現地のレアアース鉱山を視察した限りでは、奥地でそもそも人がほとんどいない。残渣をどう廃棄しているのかと思えば、いくらでもゼロコストで捨てたい放題になっている現状がある。コストをかけて廃棄物を遮蔽するだとか、そうするだけのインセンティブが無い。製錬所はもう少し南の包頭にあるが、そこの廃棄場もあまりにも巨大だった」。

――中国以外の国では放射性廃棄物の処理が大きな課題となっている。

「例えば中国が北部で採掘される鉱石を無償で提供すると言っても、日本では処理できない。では東南アジアなど他国でロンダリングすればいいのかという問題もある」「環境処理コストについて中国はほぼゼロと考えると他の地域ではコスト面では絶対に勝てない。実際に現場を見てしまうと、むしろコストをかけて処理するという発想がナンセンスだとすら思ってしまう。こうした状況はしばらく続くと思う」

――将来的に環境汚染が問題化して対応せざるを得ない状況が生まれるのでは?

「将来的にそういう事態はあり得る。ただ、中国の国土は広い。もともと土の中にあるものを美味しいところだけ頂いてまた捨てるだけ、という発想に立つ限りは、そういった意識も芽生えにくいだろう」

――近年は日本近海の海洋資源開発を進める動きも活発化している。

「学術研究や将来を見据えた資源調査は必要だと思う。だがこれをすぐに商業利用できると宣伝するのは間違いだ。プロセスやコストといった概念に欠けている。確かに海中の資源量は決定的に多い。将来の技術革新によっては採掘可能かもしれないが、数年後に商業利用だとか日本のレアメタル需要が一気に解決するだとかいった表現は誤解を生む。海底のレアアース資源は地上の数百倍と言われるが、資源量だけを見れば地上の埋蔵量だけでも1000年分ある。実際には量があるから掘る、という話ではない。資源量ではなく、コストとゴミ捨て場の問題だ。極端な話をすれば、そこをクリアできれば資源量自体は陸上の10分の1でも構わない」

――ここ数年、日本では各分野で一気にレアメタルの省材料化、代替化技術が進んだ。

「その点では日本は成功事例。そうした技術開発は非常に大事で、もし一連の騒動が無ければ現在もジャブジャブ使っていた。安く買えるのであれば大量に消費して、リサイクルをしようという発想もなかった。今は使用量も抑え、いざとなればリサイクルできる技術の開発も進んでいる。欧米でも最近はリサイクルに対する機運が高まってきている」

「個人的には色々な廃棄物が出て環境破壊をするものをリサイクルせずに単に捨て続けるということが良いのかは疑問に思う。ただ、かつてと比べ価格が上がったとはいえ、経済合理性の点から見ればはっきり言って今はまだ捨てた方が安い。中国の現状を目の当たりにすると、当分はそうした流れが続くのだろうなと」

――持続可能な成長を目指す上でリサイクルは必要になるのでは。

「もし世界全体が日本と同等の環境基準になれば、リサイクルや省資源化は進むだろうが、そうなると物の値段は大きく上がるだろう。エコカーを1台生産するのに大量の資源が投じられている。これだけ安く車が走るということは同時に環境を破壊しているという現実がある」「また、しばしば希少資源として省材料化やリサイクルの対象に挙げられるインジウムは亜鉛精錬の副産物だが、これは大根の葉に例えることができる。今やっていることは味噌汁(液晶パネルなどの製品)に使う大根の葉っぱ(レアメタル)の使用量を減らす、あるいはリサイクルしようといった議論。だが、実際には出荷される際に農場でほとんど捨てられて利用されていないという現実がある。一部の製錬事業者を除いて本気で回収していない。ガリウムやロジウムなどもそうだ。単に需要レベルがそこまで達していない。メディアなどもそうした現状を踏まえずに、すぐに資源が枯渇するといった論調に走りがちに思える」

――セリウムなどについては新規用途開発を推進すべきとの声もある。

「用途開発と省資源化は同時並行的に考える必要がある。例えば、磁石用途などで需要が伸びているネオジウムなどを精製する際に同時に出てくるランタンやセリウムなどは用途開発に取り組むべき。セリウムの機能をきちんと活用している助触媒などは良い方向性だと思う。あとは合金添加なども考えられる。鉄鋼業がかつてミッシュメタルを利用していたように、ボリュームのある用途で使ってもらえると良い。もしこれらを使わなかったとしても、結局は目的の鉱種にコスト転嫁されるので、ネオジムやジスプロシウムなどが高値になる。大根の葉の処理コストは大根自体の価格に上乗せされている。逆に言えば大根の葉が売れるようになると大根自体も安くなる。難しい問題で、根本的な解決策はないのかもしれないがバランスは考えていかなければならない」

――レアメタル・レアアースの供給不安が後退している今、日本はどう動くべきか。

「この状況が一時的なものか永続的なものかはわからない。本当に希少性の高いレアメタルに関しては、安くなったタイミングで確保しておくことと、リサイクルするしかない。鉱種で言えばジスプロシウムとパラジウムなどの白金族元素が中心になる。触媒などに使われる白金族は非常に重要で、リーマンショック後に暴落したタイミングでひたすら備蓄するべきだった。合理的な国家備蓄の方法として、たとえばオリンピックの記念コインをタングステンの焼結で作るとかそういうアイデアもある」

「レアメタル・レアアースの省資源、代替化、リサイクルの技術で日本は進んでいる。切実だからこそ進むのだろうが、日本は国内に非鉄製錬があるから良かった。例えばこうした技術開発を国内に非鉄製錬業の無いイギリスでやろうとしても難しいだろう。ただ、人件費やエネルギーコストを考えると長期的には国内非鉄製錬が厳しい環境に立たされることもあり得る」

――近年は各分野で産官学の連携が強調されているが何が必要か。

「研究に関しては必ずしも産学共同でやる必要はないと思う。本当に利益を生むと思えば企業がやればいいし、大学は基礎研究をやればいい。産学連携というのはやはり人材育成。人材を育てて活躍できる人間を輩出する。東大生研にもJX日鉱日石金属の寄付ユニットがあるが、人的交流と人材育成に重きを置いている。私が主催するレアメタル研究会もそうで、研究というよりはネットワーキング。個別の研究に落とし込んだり、研究者が自己満足するような講演会をやっても続かない。本来は学会自身がそういったチャレンジをしていかなければならない。日本の非鉄産業に対する不満はない。日本は技術的にはとてもうまくやっている。その上で、これからはどうしても海外を見ていかないといけない」

――大学に求められていることとは。

「近年は研究者としての評価を優先するあまり、見かけの業績を求めがちになってしまう現実もある。そうした環境では良い学生は育たない。研究はもちろん重要だが、研究以外のことも経験する必要がある。業界、学会、大学すべてで若手のアグレッシブさが欠けていると感じる。人的交流の場というのも大学の役目の一つだと思う」(芳賀陽平)



岡部徹(おかべ・とおる) 1988年京都大学工学部冶金学科卒業。93年同大大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)後、マサチューセッツ工科大学に博士研究員として3年間留学。95年東北大学素材工学研究所助手、01年東京大学生産技術研究所助教。同准教授を経て09年より現職。専門は材料化学、環境科学、循環資源工学、レアメタルプロセス工学など。

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