2021年3月29日

脱炭素社会へ 切り開く未来 政府のグリーン戦略を聞く 政府のグリーン戦略を聞く 飯田祐二・資源エネルギー庁次長

挑戦が新しい価値生む イノベーションを税制・基金で支援

2050年カーボンニュートラル、二酸化炭素(CO2)排出実質ゼロへ動きは急だ。水素還元製鉄など革新的技術への挑戦、生産設備の大規模な転換のほか、CO2フリー電力、水素の安価大量供給の社会インフラ整備も要る。政府は成長戦略として脱炭素を進め、民間を後押しする。経済産業省のグリーン成長戦略室長を務める飯田祐二・資源エネルギー庁次長に支援策などを聞いた。

――昨年菅首相が実質ゼロを打ち出した。

「パリ協定の長期戦略を一昨年6月に閣議決定した。30年は実現を目指すターゲットだが50年はある意味ビジョンだ。パリ協定は今世紀後半にカーボンニュートラルを目指す目標。日本が2050ゼロを表明した段階で世界120カ国は表明している。長期戦略を議論した時に産業界の方も言っていたが、できそうなことではなく難しい課題を掲げて挑戦することが新しい価値を生む。産学官のリソースを集中投入すると制約というより、イノベーション、産業政策、成長戦略と位置付けられる」

――鉄鋼、非鉄、素材は日本の強みでもあり、国内産業連関の維持に必要な成長戦略。

「梶山経産相が記者会見で成長戦略そのものだと言っている。経済産業省は全力で応援する。鉄鋼業の方もこの競争で負けるとビジネスができなくなるので諸外国よりも早く技術を確立することが生き残りであり成長そのものと言っている」

――研究開発の2兆円基金など支援策は。

「成長戦略に書いてある。10年間のイノベーションの基金で2兆円の規模は30年以上役人をやっているが記憶にない。時間がかかる取り組みを後押しする。一定の規模もいる。本年度中にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に積んで年度明けに募集する。税制も競争力強化法で電池を作るとか洋上風力の設備を作るための設備投資を応援する。大企業で10%の税額控除は結構大型だ。炭素生産性という付加価値当たりのCO2排出量を一定以上減らす設備投資も産業競争力強化法で応援する。これからの議論だがお金はものすごくかかるので国も必要な支援はするが、取り組みをしている企業に世界のお金を持っていくファイナンスの仕組みを金融庁で検討している。30年に向けて今エネルギーミックスの検討もしている。目標を達成する具体的な取り組みも考えていく必要がある」

――技術では水素還元製鉄も重視している。

「重要だと思っている。そのために必要な水素も大量に持ってこないと安くならない。民間の協議体も作ったし、いろいろな対策はグリーン成長戦略でも位置付けられている。対策は日々ブラッシュアップしていく」

――既に高い電気代だが経済性のあるCO2フリー電源は課題。

「課題だが、忘れてはいけないのはガスもパイプラインとLNGと値段が全然違う。再生可能エネルギーも主力電源化していくが、ノルウェーと日本とドイツで国土の面積は同じくらいだ。ノルウェーは再エネ比率は98%だ。でも発電量は日本より圧倒的に少ない。ドイツは再エネ比率は40%だが日本に持ってきても24%にしかならない。森林率は日本はドイツの倍だ。恵まれた国よりは努力が必要だ。原子力も国民の理解が大前提だが再エネ、原子力は確立されたゼロエミッション電源なので使っていく。4500万キロワットの洋上風力の目標は野心的だと指摘を受けたが、50年断面だと電気の10%だ。水素で10%発電するのもそれなりのハードルがある。原子力も40年運転で閉めたら50年には数基しかない。技術的に確立している発電分野だって難しい。そういうものを活用しながら2050ゼロを目指す。イノベーションは当然やる」

――CO2は回収して石炭火力も使う。

「カーボンリサイクルとしてやっている。石炭火力にグローバルに逆風が強くファイナンスでも制約される。日本はあるものはなるべく使っていく。CCUS(炭素の回収・利用・貯留)の価格と石炭から出るCO2をどうバランスして使うか。いろいろな技術と組み合わせてあとはコストで優先順位が決まる」

――設備転換の巨額投資負担の支援は。

「まずは新しいものを開発する支援だ。どのタイミングでお金が出るか分からないが 民間だけで全部できないので国も役割を果たしていくと思う。税制支援もあるしサプライチェーン補助金を使う人もいる」

――蓄電池やリサイクル、レアメタルなど不可欠な素材を確保する戦略も絡む。

「レアメタル、レアアースは戦略物資なので手当てしていく。EU(欧州連合)もいろいろな支援をしている。中国もアメリカも政府の役割を果たす取り組みをしている。それを横目で見て日本企業がイコールフッティング(条件均衡化)になるよう政策を作っていく必要がある」

――鉄鋼など国境調整措置も検討する。

「EUが6月までに案を出す。域内の規制がきつくなり、海外と域内とのイコールフッティングのためと言っている。WTO(世界貿易機関)と整合しているかどうかを含めて日本として必要な意見を言っていく。いろいろな論点がある。日本もグローバルなコンセンサス形成には関わっていくことだ」



蓄電池は超重要産業 国民の意識向上が市場後押し

――炭素に価格付けするカーボンプライシングについてどう考えるか。

「経済産業省の研究会で議論中だが、代替手段がない分野では負担になるだけだということは明確に示している。それがある意味で現在のわれわれの整理。環境省もまた研究を行っていて、どこかで折り合いをつけることになる。夏くらいにお互いが一定の整理をし、それからまた議論していくかもしれない」

――脱炭素をイノベーションでどこまで埋められるのか。

「世界の国々が高い目標に向かい試行錯誤を繰り返し、そこで勝った人が新しい市場を切り拓いていく。脱炭素というのは社会的な課題としてずっと認知されていくだろうし、できそうにないからと躊躇せずトライをたくさんしてほしい。素材や環境周りの技術はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などが知財から分析しても日本はまだまだ可能性があると言われる。勝てる分野を少しでも増やしていくのが成長戦略だと思う」

――グリーン成長戦略のキーワードに洋上風力や蓄電池を掲げる。

「洋上風力は元々ほとんど日本になく輸入してきたものだが、素材系の人たちに新しく国内でやっていこうという流れが出てきている。政府が目標を出すことでそれに向かって取り組んでもらえる。浮体式洋上風力などはグローバル競争が活発だが、アジアでは遠浅の海が少ないため、そこでがんばって勝てれば日本だけでなく海外にも展開できる」

――蓄電池はどうか。

「リチウムイオン電池は日本発の技術で圧倒的な世界シェアを持っていたが、中国や韓国に追い上げられた。注目は電気自動車(EV)。EVにはいろいろな見方があり、コモディティー化するから電池は外部から買えば良いという発想もあるが、私は蓄電池を超重要産業としてしっかり支援していくべきだと思っている。EV用だけでなくNAS電池など電源としての蓄電池、全固体電池などの次世代電池もそうだ」

――カーボンプライシングなどは国民の理解も必要だ。

「欧州が描く2050年のEU―ETS(域内排出量取引制度)は、プライシングが10倍以上になっている。非常にコストがかかるのが前提の絵を見せている。日本でも少しずつ意識が変わってくるのではないか。いまは採用戦線でも環境に良い企業でなければ人を取りにくくなっているとの話を聞く。意識が変わっているのはファイナンスの世界もそうだ。国が規制したわけでなくとも、お金を投じる人たちがそういう価値観になってきた。産業界では環境に良いものを造っても高いと売れないという課題があったが、変わっていく可能性がある。例えばカーボンフットプリントでいろいろなものを見える化するとか、個人向けのグリーンファイナンスとか、末端から国民意識を高めていくことが産業界の取り組みを後押しするかもしれない」

――ゼロエミ鋼材やグリーン・アルミといった素材も出てきている。

「そのように価値を上げられるものは色々あると思う。例えばゼロエミガス。燃える分だけ森林吸収源を買うのだが、そうした燃料の使用を検討しているユーザーもいる。要するに高くても価値化していくということ。われわれもカーボンプライシングやクレジット取引をどう価値化していくかが議論の中心になっている。規制していくだけではなく、段々とマーケットでそれが評価されるようになってきている」

――市場牽引型で構造を変えていくと。

「パリ協定の長期戦略は、温暖化対策は国が規制してやるものではなく、グリーンファイナンスなどが広がれば(環境対応した)新しいものづくりをする企業にお金が回り、市場で買われるという発想になっている。国が規制するよりマーケットの変化に合わせていくことが、環境と成長の好循環につながる」

――資源エネルギー庁やJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)の仕事も広がっている。

「化石燃料は悪者のように捉えられるが、ガスからは水素やアンモニアが作れる。脱炭素社会の要請に合わせて資源エネルギー庁もJOGMECも変わっていく。カーボンリサイクルも米国ではベンチャーが積極的に取り組んでいるが、日本の方が少し進んでいるかもしれない。これも世界を見てビジネスになっていけば良い」

――脱炭素社会で日本の素材メーカーが勝ち残るには。

「ゼロカーボン・スチール技術を日本の企業が確立できれば、そのプラント技術は世界に売れるし、素材としての競争力も圧倒的なものになる。鉄に限らず化学、セメントなど素材メーカーはそれぞれ優れた技術を持っている。その中で使えそうな技術を見つけたら一緒に育て、新しい技術へと変えてほしい。多くの日本の企業が勝ち残ることを期待している」

(正清俊夫、田島義史)



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