2021年6月4日

財務・経営戦略を聞く 日本製鉄副社長 森高弘氏 ひも付き価格 早急に是正 生産構造対策は緩めず

――2021年度に連結事業利益4500億円を予想している。業績のV字回復の道筋は。

「マージンの改善が最も重要なポイントだ。粗鋼生産が回復する中で設備の安定操業も業績改善の大きな課題となる。昨秋から鋼材の国際市況が大きく上昇しており、国際的に陥没している国内の鋼材価格、とりわけひも付き価格の早急な是正が必要だ。コストの大部分を占める主原料などが国際価格で決まる中で、そのコストを製品価格に転嫁できないとなると、高品質な鋼材を安定的に生産・供給することができなくなる。また、ゼロカーボン・スチールに向けた研究開発やお客さまのカーボンニュートラルに貢献する高機能商品の投資にも支障が出かねない。このような状況に陥らないためにも、サプライ・チェーン全体での応分・公平なコスト負担が不可避であり、ひも付き価格の是正を早期に推進していく」

――足元の鉄鉱石価格をみると下期に販価を相当上げていくことになる。

「鉄鉱石市況は5月中旬に一時トン230ドルを超えたが、その後、中国の李首相の商品価格安定化に関する発言を機に若干下落した。市況高騰の背景には先物市場に投機資金がかなり入っているようだ。これが調整されたことにより若干下落はしたものの依然として高水準であり、需要は強いことから現在の価格レベルで推移していくとみている。今回公表した今年度の業績見通しの数値は、海外鋼材市況と鉄鉱石市況は見通しを策定した4月頃から下期にかけて横ばい、原料炭価格は第2四半期にかけて上がり、下期は横ばうという前提を置いたものだが、足元の状況を見ると海外鋼材市況と鉄鉱石市況は前提に対し、上がっている」

――損益分岐点をさらに下げていく。

「20年度に比べ変動費の改善やひも付き販価の是正を進める。海外市況の上昇を受けて限界利益単価を上げていくので損益分岐点は20年度下期より下がっていく」

――生産構造対策に変更は。

「足元の市場環境が好転しているからといって対策を緩めることはない。中長期的な需供動向を常にウォッチし、必要であれば対策を追加し、前倒しもする」

――21年度の鉄鋼市場をどうみる。

「住宅はコロナ禍の影響が深く、住宅取得マインドが冷え込んでいるが20年度比では若干増えると予想している。非住宅は物流倉庫やデータセンターの物件数が堅調だが、上期は東京オリンピック・パラリンピックの影響で工事が停滞する見込みなので実際の需要は年末から出始め、20年度に対し若干の増にとどまる見通し。公共土木は20年度より多く予算がついているが20年度に前倒しで実行されたものがあり、需要は前年より若干減る可能性がある。製造業は造船が低迷しているが受注は少し出てきている。自動車生産は半導体不足の影響がどのようになるか不透明だが現時点では20年度下期の水準が続くとみている。建産機は19年度ほどではないが、足元の水準は20年度からの回復の兆しが見える」

「海外については世界鉄鋼協会が21年に世界の鋼材消費が前年比5・8%伸びると予想している。20年はコロナ禍の影響にも関わらず0・2%の減少にとどまった。中国が増えたことが大きい。中国は今年7月に共産党結党100周年、来年に冬季オリンピックを控え、米中経済摩擦の最中にあり、経済を腰折れさせるわけにはいかないのだと思う。少なくとも年内は今の高い需要を維持するだろう。中国の需要が下がらない限り、国際的な鉄鋼需給のタイト感と高い鋼材市況は続くとみている」

――海外事業の21年の見通しは。

「北米と中国の自動車市場は非常に強く、グループの製造拠点は好調だ。東南アジアの自動車鋼板の製造拠点も生産が戻ってきている。AM/NSインディアも鋼材市況が上がっており業績は好調だ。インドで心配なのはコロナの影響で、自動車や二輪車などが生産調整をせざるを得ない状態にあり、どの時点でAM/NSインディアの生産が影響を受けるか注視している。一方でAM/NSインディアは酸素プラントがあるので隣接地に仮設病院を建設して酸素を供給するなどインド社会に貢献している」

――中長期計画の設備投資2兆4000億円のうち21年度に実施するものは。

「5年間の投資額のうち6割程度が老朽更新などの基盤的投資で、4割程度が成長投資など。成長投資は名古屋製鉄所の新熱延ミルや広畑地区の電磁鋼板能力品質向上対策の追加投資などを計画している」

――グループ粗鋼能力1億トンに向けたМ&Aなど施策の進展は。

「海外で対象企業などを継続的に調査している。具体的な話もあるが、事業性を判断しなくてはならない」

――20年度の決算について。下期は上期に比べ連結事業利益が大きく改善した。

「製造業、特に自動車中心に需要が回復し、粗鋼生産が上期比で370万トン強戻り、生産・出荷は800億円改善した。コスト改善はさまざまな対策に取り組み、530億円のプラス。原料で520億円打たれたが販売価格・構成で870億円戻し、マージンは350億円改善した。輸出中心に販価を大きく上げることができている。輸出価格は19年以降下がり続けたが20年の秋口から急速に上がり、マージンの改善につながった。鉄鋼のグループ会社は数量の戻りを含み830億円、鉄以外のセグメントで210億円と計1000億円強の改善を得た」

――グループ会社で利益貢献が大きかった分野は。

「グループ全体がコロナ禍の影響から下期に回復した。ステンレス会社は改善し、電炉は下期に鉄スクラップ価格が上昇したが大きなマイナスにはなっていない。海外事業は大きく改善し、特にインドやブラジル、北米が堅調。国内の製鉄所で物流や整備など付帯作業を行っている機能会社は粗鋼の増加とともに業績が改善した」

――連結事業利益を四半期でみると。

「第3四半期から第4四半期にかけて、高炉のバンキング(一時休止)を解除して生産が増え、輸出市況が上がり、マージンの改善が進むなど実力損益が改善した。第3四半期の773億円から第4四半期に1432億円と大きく増えているが、第4四半期は在庫評価益や為替評価益、棚卸資産の売却など一過性の利益が入っているので、実力の損益は1000億円程度とみている」

――前回予想より事業利益が800億円増えたのは。

「生産出荷に変化はないが、輸出の市況分野を中心に販価が改善した。マーケットがよくなるにつれてグループ会社で340億円、鉄以外のセグメントで120億円プラスとなった。グループ会社は機能会社やステンレスの改善が大きかった」

――19年度通期との比較でもコロナ禍を受けてなお増益に。

「コスト削減1650億円、減価償却1200億円と大きく寄与し、生産出荷の2490億円のマイナスを補った。損益分岐点を押し下げ、21年度に向けた体質のベースを作ることができた。損益分岐点は19年度から20年度で大幅に下げたが、21年度も更に下げていく。21年度からの中長期経営計画の発射台として、よい体質に変えることができている」

――鋼材販価は下期に平均トン8万8300円と上期から4700円上昇した。

「上期は輸出価格が大きく落ち、国内価格は踏ん張ったが、輸出価格は秋口から大幅に上がっているのに対して、国内の店売り価格はわずかしか上がっていない。店売り価格の値上げを相次いで打ち出しているが、浸透を図っていきたいと考えている」

――海外の下工程の生産能力は14年の2700万トンから足元3400万トンに増加した。海外事業の収益はどの程度増えているのか。

「海外事業の収益の過去最高は17年。その後、環境の変化を受けて少し下がっていた。選択と集中を実行し、将来の成長に向けた施策を進め、撤退・売却のめどをほぼつけた結果、海外事業の収益は20年度下期に年率換算で17年を上回った。21年度は環境がさらによく、収益を伸ばせるとみている。撤退・売却対象の海外事業は一部残っているが大きなものはなく、21年度内めどに整理すべく作業を進めている」(植木美知也)

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