2026年1月15日
鉄鋼業界で働く/女性現業職編 インタビュー/後進のために記録残す
常石グループの常石三保造船新潟工場新潟工作部安全工務課で働く下田威知子さんは、ものづくりに携わることができる現在の仕事にやりがいを感じている。主任として新潟工場の社屋や造船ドック、各種設備の維持・管理業務に従事し、縁の下の力持ちとして会社を支える。下田さんに入社までの経緯や業務内容、家庭との両立、今後の目標などについて聞いた。
――入社までを。
「工業高校出身で、学生の頃からものづくりの仕事に就きたいという思いがありました。建築設備の専門学校を卒業した後は上京し、照明メーカーで社会人としてのスタートを切りました。照明デザインの仕事を1年ほどした後、家庭の事情で新潟に戻りました。その後は足場屋の設計部として5年ほど働き、当社に入社しました」
――造船業に興味は。
「なかったです(笑)。ただ製造業でものづくりに関わることができるなと思い、転職を決めました」
――これまでの業務内容について。
「前職の経験を生かして、入社後は造船作業をするための足場の設置計画を主に手掛けていました。その後は現場での荷物の受け入れ業務などを経て、現在は社内設備の工事の調整、物品の手配をはじめ、他部署がやらない細かい仕事をしています」
――デスクワーク中心だが、現場に出ることもある。
「現場仕事は発注した工事の進捗確認や設置確認、修理対応が多いです。修理は社内で対応できるものは担当部署につなぎますし、難しい場合は外注します」
――やりがいを。
「120年の歴史ある造船工場なので、建物や設備の図面など、資料が残っていないことが多々あります。トラブルが起きた時にまずは調べることから始めるのですが、ベテラン社員に聞き、自分で仮定を立てて考えます。こういうルートで配管が通っているのか、ここが破れているなど、それまで分からなかったことが分かった時は気持ちいいですね。構造が分からないため、新しい設備を入れる際に新たに建築図を起こしたり、強度計算したり、いろいろな経験ができました」
――印象に残っている仕事は。
「現在進行形で進んでいる事務所の外壁工事ですね。古い建物で雨が染み込んで壁の内側の構造が朽ちている箇所が多く苦労しています。埋設配管の修理も担当したのですが、この工場は海抜ゼロメートル帯に立地しており掘ると水が出てくるため、水の逃がし場所を考えたりしました。このほか、ドックの電力供給ケーブルの張り替えや社宅の工事などに携わりました。規模の大きい工事の際は何度も現場に足を運び、現場監督と入念に打ち合わせしています」
――大変なことを。
「新潟工場は従業員数143人のうち女性が10人で、安全工務課は私1人です。男性中心の職場なので、多少のやりづらさはありますね。気を遣う場面は多いですし、『女性だから説明しても理解できないだろう』というスタンスで話されるのはしんどい時もあります。ただ、それでも皆さんがとても丁寧に説明して下さるのでいつも助かっています」
――出産後の不安は。
「職場に戻る時に自分の居場所があるのか不安でした。自分の中で、『早く戻らないといけない』という焦りを感じていましたね。焦りと不安で、第1子の時は出産後半年で職場復帰しました。それは会社のためというよりもむしろ、自分のポジションを守りたいという思いが強かったですね。第2子はしっかりと1年の育休を取得しました」
――仕事と家庭とを両立してきた。
「時短勤務をさせていただくなど、会社のサポートのおかげでやってこられました。もちろん夫や実家の母にも支えられました。お迎えを頼んだり、休日出勤の際は面倒を見てもらったり、周りの支援や調整がありがたかったですね」
――業界に変わってほしいことは。
「これから製造業に入ってくれる女性のためにも衛生面は改善してほしいですね。女性が働きやすいイコール老若男女問わず快適に働ける環境だと思うので、整備を進めていただきたいです」
――今後の目標、やりたいことを。
「私が苦労したからこそ、後進のために図面や記録などを残すことです。仕事の合間の時間がある時に図面を起こしたり、昔の青図をデータ化したりしています。事務所棟、工場、ドック、社屋など、探さなくてもパソコンですぐに資料が見つかるようにしてあげたいですね」
(石澤 翔太朗)
鉄鋼業界で活躍する女性をはじめとした多様な人材、未来を担う人材を、随時紹介していきます。
――入社までを。
「工業高校出身で、学生の頃からものづくりの仕事に就きたいという思いがありました。建築設備の専門学校を卒業した後は上京し、照明メーカーで社会人としてのスタートを切りました。照明デザインの仕事を1年ほどした後、家庭の事情で新潟に戻りました。その後は足場屋の設計部として5年ほど働き、当社に入社しました」
――造船業に興味は。
「なかったです(笑)。ただ製造業でものづくりに関わることができるなと思い、転職を決めました」
――これまでの業務内容について。
「前職の経験を生かして、入社後は造船作業をするための足場の設置計画を主に手掛けていました。その後は現場での荷物の受け入れ業務などを経て、現在は社内設備の工事の調整、物品の手配をはじめ、他部署がやらない細かい仕事をしています」
――デスクワーク中心だが、現場に出ることもある。
「現場仕事は発注した工事の進捗確認や設置確認、修理対応が多いです。修理は社内で対応できるものは担当部署につなぎますし、難しい場合は外注します」
――やりがいを。
「120年の歴史ある造船工場なので、建物や設備の図面など、資料が残っていないことが多々あります。トラブルが起きた時にまずは調べることから始めるのですが、ベテラン社員に聞き、自分で仮定を立てて考えます。こういうルートで配管が通っているのか、ここが破れているなど、それまで分からなかったことが分かった時は気持ちいいですね。構造が分からないため、新しい設備を入れる際に新たに建築図を起こしたり、強度計算したり、いろいろな経験ができました」
――印象に残っている仕事は。
「現在進行形で進んでいる事務所の外壁工事ですね。古い建物で雨が染み込んで壁の内側の構造が朽ちている箇所が多く苦労しています。埋設配管の修理も担当したのですが、この工場は海抜ゼロメートル帯に立地しており掘ると水が出てくるため、水の逃がし場所を考えたりしました。このほか、ドックの電力供給ケーブルの張り替えや社宅の工事などに携わりました。規模の大きい工事の際は何度も現場に足を運び、現場監督と入念に打ち合わせしています」
――大変なことを。
「新潟工場は従業員数143人のうち女性が10人で、安全工務課は私1人です。男性中心の職場なので、多少のやりづらさはありますね。気を遣う場面は多いですし、『女性だから説明しても理解できないだろう』というスタンスで話されるのはしんどい時もあります。ただ、それでも皆さんがとても丁寧に説明して下さるのでいつも助かっています」
――出産後の不安は。
「職場に戻る時に自分の居場所があるのか不安でした。自分の中で、『早く戻らないといけない』という焦りを感じていましたね。焦りと不安で、第1子の時は出産後半年で職場復帰しました。それは会社のためというよりもむしろ、自分のポジションを守りたいという思いが強かったですね。第2子はしっかりと1年の育休を取得しました」
――仕事と家庭とを両立してきた。
「時短勤務をさせていただくなど、会社のサポートのおかげでやってこられました。もちろん夫や実家の母にも支えられました。お迎えを頼んだり、休日出勤の際は面倒を見てもらったり、周りの支援や調整がありがたかったですね」
――業界に変わってほしいことは。
「これから製造業に入ってくれる女性のためにも衛生面は改善してほしいですね。女性が働きやすいイコール老若男女問わず快適に働ける環境だと思うので、整備を進めていただきたいです」
――今後の目標、やりたいことを。
「私が苦労したからこそ、後進のために図面や記録などを残すことです。仕事の合間の時間がある時に図面を起こしたり、昔の青図をデータ化したりしています。事務所棟、工場、ドック、社屋など、探さなくてもパソコンですぐに資料が見つかるようにしてあげたいですね」
(石澤 翔太朗)
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