2020年4月15日

鉄鋼新経営―2030年に向けて― JFEスチール社長 北野嘉久氏 スリムで強靭な企業へ 海外事業、技術供与型に

――最適生産体制の構築に向け、構造改革に踏み出した。東日本製鉄所京浜地区の高炉を休止し、生産の集約によって生産効率を上げ収益力を高める狙いだが、高炉休止を決断した背景にあるものは。

「国内需要が減少基調を強め、日本の粗鋼生産は2019年に1億トンを割り込んだ。当社は国内販売とともに海外のお客様に鋼材を届ける輸出戦略を進めてきたが、海外市場が減速し、国際市況が下落している。米中貿易摩擦に代表される保護貿易主義が各国に広がり、世界経済が失速し、経済の後退が短期的か継続するのか不透明な時代を迎えている。グローバル化によって世界経済は発展してきたが、今はむしろ保護貿易主義の意識が膨らみ、構造的な問題の一つとして鉄鋼需要にも影響を与えている」

「もう一つの問題は中国リスクの影響が昨年4月から表れ始めたことだ。世界粗鋼18億トンのうち10億トンを生産する中国は拡大する能力、生産量によって原料価格と鋼材市況への影響力を強めている。豊富な内需が鉄鋼を吸収しているが、中国の内需によって鉄鉱石や原料炭の価格が決まるといっても過言ではない。国内の設備の機能維持投資に今後も多額の費用がかかるが、海外市場での汎用品の競争が厳しくなる中、国際市場における競争力の維持・向上のためには経営資源の配分を見直す必要があると判断し、構造改革を決断した」

――海外の鉄鋼企業が成長し、国際競争が激しさを増している。

「インドでの生産能力拡大に加え、東南アジアでも中国資本を中心とした製鉄所の建設計画が進んでいる。中国国内でも沿岸部に合計で1億トン規模の製鉄所建設の構想がある。中国内陸の能力を削減するが、一方で沿岸部に進出し、いつでも輸出を増やせる体制ができ、非常に大きなリスクとなる。こうした環境変化の中で当社としてどう事業を行うか、成長するためにどうするか議論してきた。世界をリードする技術と品質、性能に特化していくのが一つの考え方だ。もう一つは、国内に連綿として築いてきたサプライチェーンがあり、国内の顧客をしっかり捕捉していく。この2点が注力する分野だ。高い技術で狙うべき市場は自動車やエネルギー、インフラ建材の分野であり、顧客のニーズに応えるために自動車用鋼板や建材、造船用厚板、ハイカーボンなどに引き続き力を入れる。一方で厳しい競争にさらされる薄板をどのような規模で構えるかが大きな問題となっていた」

――京浜地区の高炉を休止し、粗鋼能力を400万トン削減する。生産・販売はどう変わるのか。

「国内は人口の減少による鋼材需要減を見通している。海外市場では新興国の生産能力が拡大する中、汎用品の競合が厳しくなる。競争が厳しい汎用品の輸出において機能維持投資をかけて競争力を維持していくのは難しい。われわれの戦略は世界をリードする技術で性能の高い鋼材を製造し、国内のサプライチェーンを捕捉するとともに海外市場で高級品にシフトしていくことであり、従来の3000万トン体制の考えを変え、高炉1本分の粗鋼能力を削減することを決断した。生産・販売量は減るが、収益力は上がる。21年度からの第7次中期経営計画で決めるのではなく今、判断をしたのは18ー19年度の市場の構造が第7次中計以降も続くと見込んだためだ。従業員にとってつらいことであり、経営者としても苦渋の決断だが、収益を上げるため、成長のために一度体制を見直し、スリムで強靭な会社を目指すということだ」

――中国やインドの鉄鋼大手との収益力の差は否めない。

「日本の鉄鋼業が中国やインドの鉄鋼メーカーとどう戦っていくかが、これからの大きなポイントになる。日本は機能維持投資、劣化設備への補修を続ける必要があり、固定費が上がっていく。日本は物価や法人税率も高いので設備投資額負担は中国やインドより重くなっている。設備調達コストをどう下げるかというのは大きな課題となっており、プロジェクトを組んで海外サプライヤーの設備費を調べている。かつて円高の頃、中国から設備を調達したことがあるが、性能に難点があった。現在の中国は粗鋼を10億トン生産する設備を持つ国であり、鉄鋼設備のサプライヤーがどれほど実力を上げているか調べる必要がある。インドも1億トンを製造している。われわれは過度に設備の性能を求めすぎていたのではないか。製造コストが海外勢に比べて見劣りしている理由0はこうした点にもある。新型コロナの影響で日本の自動車工場が中国から部品が届かないためにラインを止めているところがある。中国の部品メーカーの実力が上がり、かつ低コストで供給していることの証左と言える」

――さらなる設備集約の可能性は。

「まずは京浜地区の粗鋼能力400万トン、全社能力の13%を削減し競争力を強化していく。全国粗鋼が9000万トンを下回っても戦える体質でなければならない。日本の粗鋼需要は間接輸出を除くと6000万トンを割り込む。需要が減った分を自動車用の鋼材などで補うことはできない。需要家が海外で鋼材の現地調達を進めており、日本からの鋼材輸出でも穴は埋められない」

――北野社長は国内需要が2030年に向けて年率1%で減少していくと予想している。建設、製造分野ともに減少していく見通しか。

「建設分野は減少するが、自動車産業の生産レベルはある程度維持されるとみている。国内の販売台数は減るが、生産台数は維持するだろう。当社は自動車関連の需要家が求める高級鋼を国内外に供給していく戦略を強化していく」

――18ー20年度の中期計画で海外の新規投資を進めている。

「メキシコの溶融亜鉛めっき鋼板製造のニューコア・JFEスチール・メキシコ、ミャンマーのカラー鋼板製造のJFEメランティ・ミャンマーいずれも計画通り稼働を始めた。中国では宝武鋼鉄集団グループの韶関鋼鉄と合弁で特殊鋼棒鋼の製造会社を運営する。考えていたことはうまく動き始めている。これまでの海外事業と異なる考えで進めているプロジェクトもある」

――異なる考えで進めていることとは。

「当社の海外事業の考え方はまず、日本から原板を海外のグループ工場に輸出する垂直分業がある。自動車用溶融亜鉛めっき鋼板の製造事業では中国で50%出資する広州JFE鋼板、タイとインドネシアには100%出資のJFEスチール・ガルバナイジング・タイランドとJFEスチール・ガルバナイジング・インドネシアがあるがそれぞれ日本から原板を輸入し、日系自動車向けに高級鋼板を納めている。メキシコのニューコア・JFEもそうなる」

「それに対する新しい考えとは当社の原板ではなく、現地の材料を使用するビジネスのことだ。インドのJSWスチールへの自動車用鋼板製造の技術供与、ミャンマーのカラー鋼板工場がそれだ。中国の特殊鋼棒鋼事業も既存の工場を活用して市場に参入する。韶鋼の材料を使い、当社のノウハウで棒鋼を製造し、必要な検査項目を満たして日系自動車に納入する。これまでと少し異なるビジネスモデルだ。成長する国におけるインサイダーとして事業経営に参画する。当社は主に技術を供与し、その技術力からなる製品を販売することで事業に貢献していく。その結果合弁会社が収益をあげ、当社は配当を得、さらに連結効果を得る事で当社の企業価値の向上につなげていく、という考え方だ」

――本年4月1日付に設置した海外事業推進センターは新ビジネスの推進機能を担うのか。

「高い技術やノウハウを持つからこそ、海外企業からパートナーとして求められる。経験と技術の蓄積を世界で活用する成長戦略を描く。そのために海外事業推進センターを設置し、これまでの技術協力部を技術ソリューション部に名称変更してセンターの中に置いた。海外提携先を含めた国内外のJFEブランドの鋼材をグローバルに販売していく。『世界最高の技術で社会に貢献する』という企業理念に合致するビジネスであり、成長戦略として推し進める」

――構造改革によってこれまでのような事業収益を取り戻せるのか。

「収益の回復を実現しなければならない。7次中期経営計画において、収益レベルのターゲットをどう置くのかはこれから議論する。海外市場に関しては、当社の輸出比率は高炉休止後、方向としては下がっていくことになる。最近はインドの鉄鋼企業がアセアンに輸出をしてくる。インドやロシアは鉄鉱石を産出するのでコスト競争力が高く、輸出のフレート代も吸収できてしまう」

――中国鉄鋼企業がAI(人工知能)やIoT(情報通信技術)を積極的に導入している。

「中国が得意とするところであり、インドも導入に力を入れているが、そこに必要とされるロジックやソフトウェアを持つのは日本だ。30―40年前に連続鋳造化や連続焼鈍化を図ったのは日本が最初であり、技術を蓄積している。そのデータこそが財産となる。事故・トラブルはデータの宝庫。設備診断技術や故障予知技術、故障後の原因追究技術をデータ化し、蓄積している。海外鉄鋼メーカーがパートナーとして当社に求めているのも、そういったノウハウだ」

――原料高・製品安は当面続くのか。

「その前提で経営を考えておく必要がある。長年の懸案である鋼材の販売価格の改善は地道に粘り強くお客様に理解を求めていく」

――現中期計画で1050億円のコスト削減を予定している。製鉄所でAIやIoT技術を導入し始めているが進ちょくはどうか。

「計画していたコストダウンは進んでいるが、操業のトラブルや諸物価の上昇によってその効果がかき消されている。省エネ、自動化、省力化を今まで以上に取り組まなければならない。IoTを導入し始めたばかりだが、応用する範囲は広い。25年までに全ラインにCPS(サイバーフィジカルシステム)を導入する計画だ。AIやIoTによるコスト削減の効果は京浜地区の高炉休止による600億円の収益改善効果には含まれない。AIやIoTを使い、どれだけコストダウンに結びつけられるかがカギとなる」

――需要が伸びる電磁鋼板の能力を増強する。

「無方向電磁鋼板は車載用高級グレードの生産能力を倍増するが、これはステップ1だ。NEV(新エネルギー車)の生産台数が増えてきた時にステップ2を考える必要がある。方向性電磁鋼板は世界経済の状態と新型コロナの影響で市場がどうなるか読めない。需要の伸びは期待されるが、新型コロナの市場への影響を注視している。ただ、電動化の流れは止められないし、電力需要は拡大していく。その電力をどう作るか。電力の構造や電磁鋼板の需要の見極めが必要となる」

――北野社長は世界の粗鋼生産が将来25億トンに増えると予想し、高炉法が必要と述べている。脱炭素社会への対応が求められる中で製法をどう答えを求めるべきか。

「電気炉の導入を考えなければならない時がくると思うが、まだ高炉法による鋼材生産が無しでは需要はカバーできない。今のコスト構造で電気炉が見合うかどうか。高炉法に代わるのは難しいところだ」

――中国で近年、自動車用の鉄粉や特殊鋼棒鋼、電池材料と相次ぎ合弁事業を決めている。

「中国の市場では新規の事業会社をこの1年、しっかりと立ち上げることに注力する。特殊鋼棒鋼など事業会社は現地パートナーの宝武鋼鉄集団との折半出資であり、協力して事業を成長させる。中国で次にどんな投資を行うか、決まっているものはないが、中国市場の魅力は高いと考えている」

――東南アジアで大きな鉄鋼サプライチェーンを構築している。ベトナムの高炉メーカーのFHS(フォルモサ・ハティン・スチール)、タイの熱延メーカーのサハビリヤスチールに出資し、ミャンマーのJFEメランティもカラー鋼板の稼働を開始した。

「東南アジアの事業を一つ一つ具体化している。FHSは高炉2基目が稼働し、熱延設備も稼働率がかなり上がっている。当社は現状4%台の出資だが、この次をどう考えていくかというのはこれからの議論だ。ベトナム国内の需要を考慮する必要がある。建材需要は増えているが、製造業が伸び悩み、高級鋼の需要はまだ少ない。自動車産業が発展してくれば、ビジネス展開を考えることができる」

――成長期待の高いインドの鉄鋼需要を捕捉するためにJSWとどう協業していくのか。

「ビジネスチャンスがあればいろいろと考えたい。日本国内の成長には限界がある。国内を守りながら海外をどう攻めるかがポイントになる。海外で何を目指すのかを考えなければならない。その中でわれわれの技術をどう生かすかを考え、われわれと価値観を共有できる良きパートナーを探すことが大事だ。今の海外のアライアンス・パートナーの考えはわれわれが求めることや目指す姿と合致している」

――米国市場をどう開拓するか。

「メキシコの事業会社を合弁で運営していることで米ニューコアの電炉・薄スラブキャスターの品質レベルなど理解が進んだ。今後も協力関係を継続・強化していく。CSI(カリフォルニア・スチール・インダストリーズ)の製鉄所は西海岸で一定のプレゼンスがあり、事業の価値があるとみている。どういう形で存続させるかを考えなければならない。パイプと建材のビジネスについて西海岸のマーケットをしっかり捉えていくことは大きな課題だ」(植木美知也)

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