2020年12月3日

「新・財務戦略 商社編」神鋼商事 渡辺寛専務 「経営基盤充実」が戦略の礎 成長投資加速、収益力を再強化

――財務基本戦略から。

「国内の活動水準は伸びないという前提で、10年前に2020年を見据えた『長期ビジョン』を策定。『グローバルビジネスの加速』、『商社機能の強化』、『経営基盤の充実』の三つの全体戦略を基本とし、三度の中期経営計画でそれぞれの戦術を打ち出し、成長戦略投資による収益基盤強化に取り組んできた。鉄鋼・非鉄業界、自動車産業など主要需要産業が大変革の時代を迎え、コーポレートガバナンス強化、SDGs経営など企業を取り巻く環境も大きく変化している。『経営基盤の充実』がすべての戦略の礎と認識し、グローバル規模での債権流動化やCMS(キャッシュ・マネジメント・システム)も推進しながら、資金調達力強化、資金効率の向上、自己資本の一層の充実を図っていく」

――現中計(16-20年度)の財務目標は、自己資本500億円以上(15年度421億円)、自己資本比率20%以上(17・1%)、DEレシオ1・0倍(1・4倍)。

「安定配当を継続しつつ、12年度に297億円だった自己資本を19年度には524億円まで積み上げてきた。自己資本比率を13・9%から18・4%まで引き上げ、DEレシオは1・7倍から1・3倍まで改善してきたが、次期中計への継続課題となる」

――中計の20年度目標は売上高8900億円(15年度7913億円)、経常利益80億円(59億円)、純利益52億円(35億円)、ROE8%(8・2%)以上。

「18年度に売上高9525億円、経常利益80億円、純利益50億円となり、ROEは9%を超えた。コロナ影響もあって本年度は売上高7500億円、経常利益27億円、純利益8億円、ROE1・7%に大きく後退する」

――財務基盤を支える収益力をどう評価する。

「12年度の国内機械商社、マツボーの買収を皮切りに、海外事業会社の設立、非鉄金属商社の買収などの投資を推進してきた。この結果、売上総利益率は15年度以降、3%以上を維持しているが、ROS(売上高経常利益率)は1%台を割込む状況が続いており、重要課題の一つとなっている。ROE(自己資本利益率)は19年度の米子会社におけるエネルギービジネス関連損失の影響で3・1%と大きく下落したが、早期に8%以上に回復させたい。米子会社の減損処理等で足踏みするが、フロー利益を積み上げる力はついてきた。ただ同業他社と比較すると利益率はまだまだ低く、新規投資の規模も見劣りする。鉄鋼関連事業に収益の半分以上を依存する収益構造も大きく変わっていない」

――連単倍率についての考え方は。

「かつての1倍台前半から16年度1・3倍、17年度1・7倍、18年度1・8倍と徐々に上昇してきた」

――収益力強化のテーマは。

「サービス・競争力強化を目的とした事業集約等のグループ最適化を進め、成長分野への新規投資、M&Aを加速し、収益力の再強化に取り組んでいく。国内外事業会社の収益力強化等によって、連単倍率、事業投資益の比率の向上を図りたい。現中計で50%を目標とする海外取引比率が40%前後で推移している。国内需要は今後の伸びが期待しづらい。海外では保護主義の高まりで地産地消の動きが強まるはず。商社機能の強化を図りながら、海外での取引拡大、新規投資やM&A等の成長投資により、鉄鋼事業はもとより、非鉄金属、機械・情報事業での収益拡大を図りたい」

――グループ収益力について。

「連結対象会社は国内外53社。この10年で、M&Aによって国内5社、海外4社を子会社化し、海外では鉄鋼二次加工工場、非鉄マシニング工場などの事業会社6社を設立。メキシコ、インド、ベトナム、インドネシア、豪州に現地法人を設立するなど、商社機能の一層の強化を図りながら、特に海外を中心にネットワーク、サプライチェーンの拡大に取り組んできた。海外の赤字会社はかつての11社から5社まで減少し、5社についても抜本的な事業計画の見直しを進めている」

――M&Aの成果を。

「国内では、機械商社のマツボー、非鉄流通のコベルコ筒中トレーディング、中山金属、溶材のエスシーウエル、鉄鋼流通の森本興産を子会社化した。コベルコ筒中と中山金属は合併し、現在は神鋼商事メタルズとなっている。いずれも成果を確実に引き出しつつある」

――海外事業会社については。

「蘇州の神商精密機材(蘇州)、インドのKPPI、南通の神商大阪精工、メキシコのKCHMとSCTM、米AWPを設立した。米中覇権争いの長期化、コロナ影響が加わり、事業計画通りではないが、地産地消ビジネスが拡大する中、現地市場における有効な機能として活用し、収益拡大に結びつけていきたい」

――事業会社の管理、イグジットルールは。

「不採算会社の投資効率判断は、投資撤退基準に基づいて定期的に実施している。基準に満たない会社については、事業売却、清算し、経営効率化を図っている。本年7月、全社的リスク管理業務を一元的に統括する『事業リスク管理室』を新設。系列会社の管理業務支援、製造会社の安全衛生管理などグループのリスク管理強化に努めている」

――投資は5年間300億円の計画。

「鉄鋼原料における権益確保を意識していたが投資環境は変わった。メキシコの線材、マレーシアの合金鉄、非鉄のM&Aなどを実施したが、大幅な未達となる。次期中計では、方向性をより吟味・精査したうえで目標を設定し、投資予算の達成を確実なものとしたい。業務効率化やセキュリティー強化などコンプライアンス強化に向けた投資も積極的に進めていく」

――次期中計の策定に向けて、まずは長期ビジョンを描くのか。

「10年程度をイメージして、ポスト・コロナのニューノーマルを想定。中長期のグループの将来像をイメージしたうえで、需要分野や非トレードビジネスの比率などポートフォリオの見直しも視野に、収益力強化と財務基盤強靭化の両輪の取組みを進めたい。全役員を中心に協議を進めてきたが、9月からは全営業本部に降ろして、議論を本格化している。新たな長期ビジョンにおいても、いかなる経営環境においても勝ち残っていける『経営基盤の充実』が戦略の礎になると考えている」

――新型コロナウイルスのインパクトについて。

「国内外での自動車、半導体、液晶分野などの需要減、米国子会社のエネルギービジネス関連の損失により、20年度は前年度比で大幅な減収減益を余儀なくされる。機械・情報セグメントはコロナ影響が軽微で、好調な電池材料向け販売や経費減少も相まって増益を達成する見込みではあるが、営業活動の停滞による影響が21年度に出てくる可能性はある。国内外で落ち込んだ需要の回復度合いは地域によって大きな差があり、感染再拡大による経済活動抑制のリスク、有効なワクチンの開発・配布時期など不確定な要素も多い。企業収益低下にともなう投資意欲減退もあり、事業環境がコロナ前の水準に戻るには、少なくとも2年、場合によっては3―4年程度かかる覚悟も必要と考えている」

――ポスト・コロナ時代の事業環境認識と対応策について。

「今回の世界的な感染拡大により、国際的なサプライチェーンが寸断され、人の移動の制限により様々な経済活動が停止、遅延した。コロナ影響が長引けば、国際的なサプライチェーンから局所的な地域内でのサプライチェーンへの移行、またバックアップのチェーンを構築する流れも予想される。新たなビジネス、投資機会となる可能性もあり、注視すべき点と考えている。人の移動制限については、テレワークが一定程度活用できることがわかった。AI、5Gなどデジタル技術の進展もあり、働き方改革としてDX時代に則した生産性の向上、業務効率化の取組みを加速させる。財務面においては、グローバルでの債権流動化やCMSを推進することで、更なる資金調達力の強化、資金効率の向上を図り、成長投資を下支えしたい」

――神戸製鋼所のグループの中核商社としての機能の拡充も求められている。

「世界経済、需要構造が大きく転換する中、新規の顧客を開拓し、サプライチェーンを拡充し、さらに事業領域を拡大し、収益力も高めていくことで、コベルコグループの成長、発展に貢献していく」

――神鋼は大幅な組織改正を4月に実施したが、ミラー的な組織にはしなかった。

「鉄鋼、アルミ・銅の組織を維持し、顧客目線で市場開拓を進めていく」

――SDGs ESG経営への対応も財務力に影響する。

「ESGの考え方をこれまで以上に経営に取り込み、企業活動を通じて環境・社会に貢献しながら、グループの企業理念の実現と持続的な成長に繋げていきたい。脱炭素社会への対応を迫られる中、鉄スクラップ、HBIなど冷鉄源は鉄鋼原料の成長分野として意識している。マレーシアでの廃電線屑の再資源化事業、バイオマス発電用のPKS(ヤシ殻)や木質ペレット、RPF(廃棄物燃料)など、特に環境・リサイクルビジネスには一層注力していきたい」

――財務面の中長期テーマと目標を。

「新型コロナ禍、鉄鋼業界を取り巻く事業環境の変化により、運転資金の安定確保が重要課題になったと認識している。低コストで手元流動性を確保できる手段に対し積極的に取り組んでいく。またグローバル化が進むに伴い、海外現地法人での資金需要に応じることも重要課題。借入金の長短比率の適正化、債権流動化の更なる取組み、資金調達コストの低減なども継続すべき取組みと考えている。来年度以降の次期中計では、中長期的な事業投資やM&Aの資金需要が盛り込まれると想定。取引銀行の協力を仰ぎながら、機動的な資金調達を実現し、政策保有株式の見直しも進めるなど様々な選択肢を検討したい。同時に、資金調達にあたっては財務体質の強化も必要であり、資金効率化、資産の良化に継続的に取り組んでいく」(谷藤 真澄)