2020年8月28日

「未来へ見出す活路 転機迎える特殊鋼メーカー」 需要構造変化に対応 新たなニーズ開拓・捕捉へ

 特殊鋼は、自動車などの性能や安全性を支える重要保安部品に必須であり、最終製品や部品の製造工程におけるコスト低減の鍵を握る加工性能を左右する、国内製造業の競争力を支える重要な素材だ。特殊鋼メーカー各社は、時代の要請に応えて技術力を充実させ、需要に応じた高品質の製品を提供してきた。一方、特殊鋼の需要者である日本の加工製造業は、国内競争基盤の維持・強化を図りつつ、生産コスト優位性を取り込むためアジアはじめ海外に展開。市場の変化に対し、特殊鋼製造業は競争力の維持・増進をどのように図っていくのか。課題の解決が急がれる。

 平成のバブル崩壊後のいわゆる「失われた10年」が過ぎようとする2002年度、特殊鋼鋼材生産はそれまでの1500万トン台前後から1800万トン台に大きく伸長する。中国がけん引する世界好況の恩恵が特殊鋼電炉にも及び、一転して収益の拡大期を迎え、特殊鋼電炉メーカー各社の業績は回復軌道に乗った。

 国内の特殊鋼電炉メーカーは自動車メーカーと共同で開発を進め、品質の素材への「造り込み」によって、加工コスト削減や軽量化などを実現してきたが、海外ではこのような直接協力は一般的ではない。ユーザーのニーズに応えて特殊鋼電炉メーカーが製造技術や製品品質を高め、開発した鋼材を用いた自動車で日本の自動車産業が世界市場で活躍するという関係が機能した。

 【海外展開へシフト】

 特殊鋼の用途の約5割を自動車が占める中、自動車の生産動向が特殊鋼電炉の業績を左右する。日系自動車メーカーの国内と海外を合わせた世界生産は00、01年度と1600万台半ばで推移したが、02年度に1800万台と階段を上がり、04年度には2000万台を突破。07年度は自動車生産と特殊鋼鋼材生産がそろって過去最高を記録した。加えて、建設機械や産業機械の世界的な需要増も特殊鋼の生産を支え、特殊鋼需要の裾野を広げた。

 顧客の生産が海外にシフトする中で、ユーザーの現調化への対応や新規の海外需要獲得のため、特殊鋼電炉は輸出を拡大し、90年代には東南アジア、00年以降に中国で販売や加工などの拠点整備、現地企業への技術供与などの動きを活発化させた。単に海外シフトを進めるだけではなく、国内生産とリンクさせた最適生産体制の構築によって、変化する需要構造への対応を進めてきた。

 【グローバル深化】

 特殊鋼各社は市場と安価な製造コストを求めて新興国に進出エリアを広げているが、特殊鋼製造の上工程については、月間数万トンの需要獲得が難しく、原料調達を輸入に頼らざるを得ないため、しばらくは具体化するメーカーはなかった。しかし、山陽特殊製鋼が18年2月にインドのマヒンドラ・サンヨウ・スペシャル・スチールを連結子会社化し、19年3月には日本製鉄の連結子会社化に伴いスウェーデンの特殊鋼大手オバコ社を完全子会社化。三菱製鋼は18年1月にインドネシアのジャティム・タマン・スチールを連結子会社化するなど、現地での一貫生産、さらには複数拠点によるグローバル生産体制の構築を実現している。

 令和の時代に入り、自動車メーカーのグローバル化対応加速や次世代車の開発・普及によって国内の需要環境は厳しさを増す上に、中国などアジアにおける特殊鋼事業の再編の進展によって、国際競争が激化している。今年に入ってからは新型コロナウイルス禍の影響で、4―6月期の特殊鋼メーカーの生産・出荷量は前年同期比4割強減少。7―9月期はその大底から1割程度は持ち直す見通しだが、数年来続く諸コスト問題なども解消されていない中で、各社は採算回復に向けて大きな岐路に立たされている。

 【需要開拓】

 自動車業界はCASE革命とも言われる歴史的な大変革期を迎えている。市場構造が大きく変化する中で、新たに創出されるニーズがある。

 特殊鋼各社はパラダイムチェンジを新たな特殊鋼ニーズの開拓と捕捉のチャンスと捉えるとともに、航空・宇宙、産業ロボット、鉄道、風力発電などを含む幅広い分野で、需要家にとって価値ある特殊鋼や周辺技術の開発・改良を進めていくことで、存在意義を打ち出そうとしている。

 各種金属3Dプリンターに適した積層造形用粉末の開発・商品化、高機能材料・磁石応用製品などの新分野や期待される分野への技術開発について、経営資源を集めるなど、特殊鋼各社は新たな戦略を加速し始めている。

特殊鋼棒線の収益改善課題 コスト低減で競争力強化

 特殊鋼棒鋼・線材マーケットは米中貿易摩擦などによる景気の減速に加え、新型コロナウイルス感染拡大で世界経済が停滞した影響を受けている。7―9月期の特殊鋼棒鋼・線材の生産・出荷は建機や産機などの低迷が続く一方、自動車は一部メーカーの生産が復調し、4―6月期に比べ小幅ながら回復する見通しだ。

 ただ、高炉メーカーや特殊鋼電炉メーカーは7―9月期も生産・出荷数量が減り、生産コストが大きく増えている。鉄鉱石や鉄スクラップなど原料価格が急激に上昇し、大幅なコストアップを余儀なくされている。販売価格の見直しやコスト削減による収益の改善が喫緊の課題となっている。

 【苦境続く特殊鋼棒線製品業界】

 素材の特殊鋼棒線から磨棒鋼や冷間圧造用鋼線などを製造する加工メーカーの業界は4―6月期に需要が大幅に減り、在庫調整が重なった。加工メーカー各社の生産・出荷量は前年同期比で最大5割減少。支給材と自給材の価格のかい離をはじめ、高騰する運送費などが経営を圧迫し、状況は厳しい。

 昨年来の特殊鋼棒線の値上げについて加工メーカーは需給が緩和している中、製品に転嫁できていないうえに運賃や諸資材、人件費などのコスト上昇が大きな負担となっている。数年前に実施した、磨棒鋼でトン当たり約1000円、冷間圧造用鋼線で同約3000円の需要家向け加工賃の是正についても、帳消しどころか、むしろマイナスの状態だ。

 加工メーカーは再度、加工賃の是正に向けた取り組みの必要を迫られている。需要家の理由なき値引き要求(原価低減要請)など業界を取り巻く課題は山積している。業界は中小企業の集まりであり、資金負担にも限界がある。

 「中小のわれわれが存在してこそのサプライチェーンであり、そのことを関係メーカーや需要先に良く理解し、行動していただきたい」(加工メーカー幹部)との声が上がる。需要産業の存続に関わるサプライチェーンを維持するためにも、加工メーカーの採算回復の取り組みは待ったなしの状況だ。

 【自動車メーカーは購買の多様化を模索】

 大手自動車メーカーが海外の鋼材を採用する動きを強めている。ある大手自動車メーカーは近年、外材の品質調査・分析を推進。特殊鋼線材で韓国材を、特殊鋼棒鋼で中国材の採用を前向きに検討し始めている。

 「特殊鋼は最終製品に至る工程で熱処理加工を施すが、素材にバラツキがあれば熱処理後の製品の品質がバラつく。加工メーカーは素材ごとに熱処理条件を変えなければならず、素材が安価であっても加工コスト負担は重くなる。外材はバラつきが多く、加工メーカーは採用しづらい」(関係筋)という。

 日本の特殊鋼メーカーにとって外材の自動車分野への浸食は脅威だ。日本材が供与する品質や要求への対応力、納期などトータルメリットは非関税障壁となるが、海外ミルの技術力向上でその壁は徐々に低くなっている。

 日本の特殊鋼熱延鋼材の生産量は平成の30年余りで3割増えた。新興国ミルの技術進展が加速する中で差別化を図ることができる鉄鋼製品であり、日本の特殊鋼業界は成長産業として注目されている。

 優れた製品特性を生かし、日本国内だけでなく、世界で製造業の競争力を支えていくためには特殊鋼メーカー、加工メーカーともに需要家の理解を得ながら、安定して事業を継続できる経営環境作りが重要になる。

 海外鉄鋼メーカーが市場への進出を虎視眈々と狙う中、日本の特殊鋼メーカーは技術および製品開発を推進することで一歩先を行き、大きく変化する新たな市場ニーズの捕捉に向かう。同時に適正マージンを確保して採算改善に努めると同時に、生産コスト低減などで競争力をさらに強化する困難な作業を今まで以上に求められている。

(福岡紀子、濱坂浩司)

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