2023年11月30日

財務・経営戦略を聞く /日本製鉄副社長/森高弘氏/事業厚み増し収益力強化/CNへ高品位原料確保に投資増

――下期は「未曽有の厳しい環境が続く」見通しだ。

「国内鋼材需要の見通しは以前と変えていないが、中身はかなり変わっている。自動車生産はコロナ禍前の水準に届かないもののサプライチェーンの回復によって増えている。一方で他の製造業は振るわず、建設分野は資機材価格の高騰や人手不足の影響で低調に推移している。自動車は増えるが他の製造業や建設分野が減り、国内鋼材需要は横ばいが続くと見ている。世界の四半期ごとの粗鋼生産は2021年後半以降前年を下回り続け、ここまで長くかつ深く低迷することはなかったが、22年後半から増加に転じる月がところどころ見られ、年明け以降、大底を打つ可能性はある。ただこれに期待はせず、厳しい環境が続く前提で計画を立てている」

――10年前に比べ自動車の生産台数は減り、1台当たりの鉄鋼使用量も減っている。自動車向けの鉄鋼需要は先行きも以前ほどには戻らないのでは。

「確かに自動車生産はコロナ禍前の水準に届かず、軽量化ニーズに対応した超ハイテンの使用比率が高まっていることで鋼材使用の原単位も落ちているが、一方で超ハイテンの付加価値が適正に価格に反映されている。また、EV化によって電磁鋼板など使われる鋼材は高付加価値品に替わっていっている。収益の観点ではさほど心配することはないと考えている」

――海外は中国が低迷し、欧米も景気後退懸念がささやかれる。

「米国は個人消費などが強く、ソフトランディングしていくと見ている。中国経済は依然厳しく、ASEANも不安だ。中国経済がアジアの鉄鋼需給に影響している。中国は例年であれば政府の指導に基づき過剰な粗鋼生産を年後半に減らしてくるが今年は政府の減産指示があまり明確になっていない。経済の回復を優先しているのかもしれないが、生産の調整に時間がかかると見ている。アジアの鉄鋼のスプレッドは過去最低水準にあり、通常の鉄鋼メーカーであれば利益を出せない状況であるため、長く続くとは考えにくく、サプライサイドの事情からスプレッドを広げるために価格を上げる行動に移ると見ている。原料価格がさらに上がれば鋼材価格を上げざるを得なくなる。実際に、そうした兆しが出始めている」

――下期は原料価格が再び上昇している。

「原料炭の価格はインド経済の高い成長が背景にあり、高止まりしやすい構造にある。鉄鉱石価格は中国の過剰生産が続くと上がる可能性があるが、中国は自らを追い込むようなものなのでどこかで姿勢が変わってくると期待している」

――粗鋼生産量が減る中で高収益を持続している。

「厳しい経営環境の中でも、通期の棚卸資産評価差等除く実力の連結事業利益は8400億円と過去最高を記録する見通しだ。下期は3410億円と年率で6000億円をゆうに超える。下期は上期比で1580億円減り、そのうち本体国内製鉄事業の下期の利益は870億円と上期から約1300億円減少する。輸出市況分野のマージン低下およびひも付き分野のマージンの価格先決め後の原料価格変動による一時的変動が主な理由。これまでの体質改善が功を奏し、未曽有の厳しい環境のなか下期も高い利益を確保する」

――粗鋼トン当たりの利益が2万円以上と数年前から大幅に上がっている。どの程度の水準を目指す考えか。

「当社の製品・サービスをどう評価していただけるかが重要であり、トン当たり利益の目標などは設定していない。今の水準で良いということでもなく、高付加価値品の比率が上がればトン当たりの平均利益は改善していく。電磁鋼板の増強投資が2023年度上期、24年度上期、27年度上期と順次立ち上がり、26年度には名古屋製鉄所で新熱延ミルが稼働を始めるなど高付加価値品の比率は上がっていく。電磁鋼板とハイテン鋼が代表的な高付加価値品だが、他にもスーパーニッケルや水素関連向け鋼管なども増えている。社会におけるCO2排出削減に寄与するNSカーボレックス・ソリューションはすでに100を超えるラインナップに拡充し、今後もさらに増やしていく」

――低操業の中でのコスト削減策も効果を上げているのでは。

「さまざまな対策に取り組み、上期は計画以上にコスト削減が進み、生産も安定してきている。コスト削減は予算を超えて達成しているところもあり、コスト体質は強くなっている。生産量が回復すれば、コスト削減効果は収益により効いてくることになる」

――ひも付き販売価格について。契約時期の前倒しや契約期間の短縮など近年取り組んできた取引条件の見直しは完了したのか。原料価格がさらに大幅に変動した場合に販価に反映するフォーミュラを替える可能性は。

「見直しはほぼ終わっている。半期契約から四半期契約への変更など改善したい点はまだあるが、さらに新しいことに取り組むことはない。ひも付き向けについては適正なマージンを確保することが重要であり、仮に原料価格が大きく変動したとしても現状のフォーミュラのあり方を変える必要はない」

――ひも付きと市況分野との価格の乖離が広がることで受ける影響は。

「ひも付きユーザー向けの製品は個別のテーラーメードで造り込んでおり、大量生産して販売している市況分野の汎用品とは異なるという認識は浸透していると思う。それに一般的にも原料価格が上がると市況分野の製品価格も上げざるを得なくなるので価格の乖離が大きく広がるということにはならない」

――鋼材輸出を採算重視で抑制する考えは変わらない。

「足元の厳しい輸出環境の中では採算に合うものを選択受注することになる。トルコが熱延のAD調査を開始したので慎重に見ている。当社は特定の需要家向けに定期的に輸出しているだけで市場を乱してはいないが、トルコの対応は要注視だ」

――円安の影響は。

「今後の日米の金利差の動向を考えれば、円安がさらに進む可能性は少ないと見ているが、円高に向かうとしてもかつてのレベルには戻らないだろう。円安は国内製鉄事業にマイナス、海外事業にはプラスに作用し、連結事業利益としてトータルでみると若干のプラスに働くが、円安で改善するのは評価益であり、国内製鉄事業は実益で影響を受ける」

――より収益力を増すために『厚みを持った事業構造への進化』を図っている。

「日鉄物産との協業はメキシコのコイルセンター設立などを進めており、これからも連携効果を積み上げていく。原料炭についてカナダのテック・リソーシズが製鉄用原料炭事業を分離・新規設立する製鉄用原料炭事業パートナーシップに20%出資することをこのほど決めた。高品質製鉄用原料炭の安定調達と優良な原料権益への投資を通じ、外部環境に左右されにくい連結収益構造への転換を図る。カーボンニュートラル(CN)をにらんで原料炭だけでなく、その他の資源についても検討している」

――インドでの新製鉄所建設計画、タイの電炉の操業改善はどう進んでいるのか。

「インドのAM/NSインディアは2030年までに粗鋼能力を3000万トンレベルに拡張したいと考えている。西部の既存製鉄所の拡張は26年完成を目指して取り組んでいるが、東部で計画している新製鉄所の建設は来年末までには建設地など方針を決めるつもりだ。タイのG・GJスチールは生産性や製品の品質に課題を抱えていたが、当社の子会社として日鉄スタンダードの品質へと改善していく」

――CNの取り組みが進展している。上期には低CO2鋼材「NSカーボレックス・ニュートラル」の販売を開始した。

「政府は産業競争力における鉄鋼業の重要性を深く認識している。GI基金が倍増となり、それを受けて水素還元製鉄の実現時期を2050年から2040年頃へと前倒しに挑戦する。NSカーボレックス・ニュートラルは採用が広がっており、ニーズはかなりあるものとみている。今年度、年率30万トンとしている販売可能量はCO2排出削減とともに毎年徐々に増えていくので、来年度以降、さらにニーズに応えていきたい」

――各種メディアでの広告など人材確保の取り組みに力を入れている。

「厚みを持った事業構造への進化など経営戦略が進展するとともに業務上での課題が増え、多様な人材が必要となる。グローバル戦略を追求する上でも多様な人材とその処遇の仕組みが必要だ。個人の価値観も変わっていく中で優秀な人材を集められるかどうか、経営課題として非常に重要。本質は魅力的な企業になることであり、しっかりと取り組んでいきたい」(植木 美知也)

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