2024年6月3日

財務・経営戦略を聞く/日本製鉄 副会長兼副社長 森高弘氏/実力利益来期9000億円超へ/USS、従業員・地域と対話深め

――2024年度は国内外ともに需要が振るわず、粗鋼の減産を継続せざるを得ない。

「24年度は正念場となる。国内需要は5100万トンと前年より100万トン減ると予想し、唯一堅調とみていた自動車の生産が品質問題でなかなか回復せず、上期はあまり期待できない。建設は人手不足や資材高が続き、首都圏の大型再開発案件やデータセンターは勢いが鈍くなり、建築計画の後ろ倒しもみられる。産業機械がピークアウトするなど需要の核となる産業が見当たらない。輸出環境も厳しいままだ。中国の粗鋼生産と鋼材輸出が高い水準を保ち、海外市況を冷やす要因となっている。中国の鉄鋼メーカーは大半が赤字であり、今の状態が長続きすることはなく、スプレッドは少し戻ると思うが大幅な改善は見込みにくい。国内外とも市場は厳しく、単独の粗鋼生産は前年並みの3500万トンを想定している」

――未曽有の厳しい市場環境が続くが、24年度の在庫評価差等除く実力ベースの連結事業利益予想は7500億円(23年度は過去最高の9350億円)と減益ながら高水準を維持する。24年度に国内外の事業で取り組む課題とは。

「市場の変化に左右されずに6000億円以上の利益を確保しようと取り組んできたことにより、未曽有の環境の下、成長戦略施策効果の端境期となる24年度にあっても予想の7500億円を確保できると考えている。前年度に比べ利益が減る要因は、マージンの900億円のマイナスが大きいが、マイナス分の全てが市況分野となる。ひも付き分野は円安や物流費上昇の影響含め適正マージンを確保する。ひも付き分野と市況分野を分断できているのが過去と最も異なる点だ。海外の鉄鋼大手はそのような販売のメカニズムを持つことができておらず、収益の差に表れている。海外事業のマイナス420億円の大半がAM/NSインディアだが、同社の23年度の高収益は会社統合に伴う税効果やLNG売却益など一過性の要素が大きく、24年度はそれが剥落するためで、一過性要素を除くと海外事業の利益は伸びている。グループ会社は日鉄ステンレスや普通鋼電炉での特殊要因などで360億円のマイナスを予想している。コスト改善が進み300億円プラス、原料事業はカナダの原料炭炭鉱のEVR連結などで230億円のプラスを予想している。原料投資についてはよい案件を探している。自鉱山比率が鉄鉱石2割、原料炭3割程度で、いずれももう少し上げていきたい」

――海外市場は原料高と製品安のデカップリングが続く。

「原料価格は足元4月上旬の水準が続く想定だ。第4四半期は季節要因から少し上がる見通しだ。鉄鉱石の価格は中国の高水準の粗鋼生産、原料炭の価格はインドの粗鋼の増産基調からいずれも高止まりする。鋼材の市況安との構造的なギャップは当面変わらない」

――北米、インドとともに重要地域であり、ホームマーケットのASEANでタイの電炉子会社が苦戦している。

「ASEANは中国材の影響を受けやすい。タイ電炉のG/GJスチールは汎用品を製造しており、中国企業と戦っているので状況は厳しい。もう一つは自社の問題であり、製品を造る力、品質をきちんと守る力の定着に時間を要している。投資は少し必要になるが、製品の品質や生産のレベルを日本製鉄のスタンダードにできるだけ早く引き上げていく。付加価値の高い製品を製造し、差別化していく。中国の電気自動車メーカーがタイに進出しつつあるが、中国の部品や素材を使うのでタイ経済へのプラス効果は限られる。タイ政府には現地のコンテンツを増やしていくことを提案しており、当社としても現地で上工程から鋼板を供給する体制を整えるためにしっかりと取り組んでいく」

――25年度に実力の利益を再び9000億円以上とする計画だ。

「鹿島地区の鉄源1系列などの休止を24年度末に行い、そのコスト削減効果約400億円が25年度に見込まれる。AM/NSインディアの第2高炉が25年度、第3高炉が26年度に立ち上がる。厚みのある事業構造に進化しようと買収したEVRは24年度4―6月期から連結の利益として効果を上げ、子会社化した日鉄物産とのシナジー効果もさらに得られる。電磁鋼板の能力品質向上対策は23年度上期の八幡・広畑、24年度上期の広畑、27年度上期の八幡・阪神(堺)とフルアップが続き、新設備が稼働する。26年度には名古屋製鉄所の次世代型新熱延ミルが立ち上がる。25年度にほぼ確実に見込まれる効果を積み上げると9000億円以上の利益は確保でき、さらにUSスチール(USS)の買収が完了すれば利益が連結されることになり、23年のUSSの税前利益約1520億円であることを踏まえれば、目標とする1兆円以上が視野に入る。粗鋼生産は23年度並みの前提としているが上方弾力性はあるので、もし量が増えることになれば利益の上積みが見込める」

――USSの4月の株主総会で買収提案が承認されたが、協約が保証されるのかと反意を示す全米鉄鋼労働組合(USW)の理解をどう得ていくのか。

「買収成立の要件ではないが、USWの理解を得ることは非常に重要だ。長いつき合いになるUSWと対立したままというわけにはいかない。当社は現行協約を超える条件を提示している。いつでもUSWとさらなる協議を進める準備はできている」

「5月下旬には私自身が現地を1週間訪問し、地域の方々やコミュニティの方々、製鉄所の従業員たちと直接話をしてきた。意外と我々がUSWに申し上げていたことが正しく伝わっていない。それを我々が直接正しく伝えることで、地域の方々や従業員が理解してくれれば、世論含め後押ししてくれるようになるのではないか」

「また、従業員たちは、オーナーが米国企業かどうかを気にしている訳ではなく、雇用が守られるのかどうかを心配している。そういう意味で我々の買収がクロージングされること、日鉄と一緒になることがベストの選択肢であることを伝えると、反応は素直で日本製鉄と一緒にやっていきたいとなっている。モンバレー製鉄所中心に話をしているが、従業員同士のネットワークで他の製鉄所にも話は伝わっている。地域でも話は広がり、いずれUSWにも伝わるだろうと考えている」

――米司法省による企業結合審査の2次審査に入り、買収成立の時期を変更した。大統領選の影響も気になるところだが。

「2次審査への対応は着々と進めている。司法省の審査の状況からクロージングの予定時期を今年の7―9月あるいは10―12月に変更したが、できるだけ早い時期に決着したい意志は変わっていない。遅くとも年内の決着を目指す」

「現地の報道の中には米国にとってよい投資と捉え、応援してくれる論調の記事もある。当社による買収はUSSの収益が増え、労働者の雇用や利益につながり、自動車産業含め米国の産業サプライチェーンが強くなる。国家のセキュリティ上も強くなると考えている」

――新たに提示した追加投資14億ドル(約2200億円)はどのようなことに投じる予定なのか。

「投資額が大きいので投資の内容を社内で慎重に検討している。単に設備を更新せずに当社の技術を活用して最大限のシナジーを発揮するために新規の設備導入も考えられる。とにかくUSSを強くするために最もよい方策を考える。この14億ドルの投資は組合が対象となる既存の製鉄所に限定されており、新規の製鉄所建設などには充当しない。いずれにしても具体化するのはクロージング以後となる」

――米国でも需要が増える電磁鋼板の能力増強が必要では。

「USSは無方向性電磁鋼板を製造しているが、ミドルグレードの製品にとどまる。いずれハイグレード製品の製造となれば、当社技術の導入が必要になる」

――ピッツバーグにある事業会社で建材用の表面処理鋼板を製造するウィーリングニッポンスチールとのシナジーも視野に入る。

「ウィーリングニッポンはUSスチールの鋼板を母材に使用しており、建材分野でしっかりと事業を広げていく。ウィーリングニッポンと米子会社のスタンダードスチールは従業員がUSWに加盟し、歴史的な実績を持っており、今回の買収に関しても重要な役割を担っている」(植木 美知也)

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