2023年3月3日

財務・経営戦略を聞く/日本製鉄副社長/森高弘氏/損益分岐点が大幅に改善/厚み持つ事業構造へ転換

――2022年度の一過性要因除く実力の連結事業利益予想を6900億円と前回予想から600億円上方修正した理由から。

「本体の国内製鉄事業のマージン改善600億円のプラスが上方修正した中身の大半を占める。前回予想時に原料価格の上昇を織り込んだが、実際には原料価格の上昇が予想より穏やかだった。収益の5本柱(本体国内製鉄事業、鉄グループ会社、本体海外事業、原料権益、非鉄3社)を築いてきたことも効果を上げている。今回、鉄グループ会社の利益を150億円上方修正したが、グループ各社がマージン改善や事業の構造改革に取り組み、とりわけ日鉄ステンレスの収益の改善が大きく進んでいる。厳しい環境にさらされた海外事業会社や非鉄3社が利益を下方修正する中で鉄グループ会社が上方修正し相殺する。強固な事業構造の構築が安定収益力の確保につながっている」

――販売価格の是正に加え、商慣習の見直しを22年度に進めた。

「ひも付き価格の適正水準化と外部コストの変動についてサプライチェーン全体での応分の負担を求め、提供する製品・サービスの価値の観点から丁寧に説明し、値上げを実現してきた。国際的に陥没していた価格の水準をずいぶんと改善した。価格の先決め化を行い、受注する前に販売価格を確定することで収益の見通しを立てやすくするとともに、製品が本来持つ価値と安定供給の価値をお客様に認めていただき、販売価格に反映できるようになっている。加えて販売価格の契約期間の適正化を進め、急激な原料コストの変動をタイムリーに反映できるようになっている。価格の是正や商習慣の見直しは相当進展したが、上期をみるとまだ半期契約のお客様が一定程度存在する中で、価格決着後の急激な原料価格の高騰や円安の進行によるコストアップがタイムリーに価格に反映されず、マージンが大幅に後退したが、下期は上期のマージン後退分も含めお客様の理解を得ながらマージンの改善を進めることができている」

――限界利益が大きく改善している。

「構造改革によって固定費を19年度に比べ2割落とし、ひも付き価格の是正や注文構成の高度化などで限界利益単価は4割改善し、損益分岐点は4割改善している。これによって外部環境に左右されない収益構造を構築できている。23年度以降も損益分岐点の引き下げ、収益体質の強化を続ける。固定費は投資を行っているので償却費が増加傾向にあるが、生産設備構造対策の効果で相殺していく。限界利益単価の改善についても電磁鋼板など品種構成改善の効果がこれから出てくる。ひも付き向けのマージンは適正水準を維持し、歩留まり原単位など変動費の改善にも取り組み、損益分岐点をさらに改善していく」

――販売平均価格は第3四半期まで上がり、第4四半期では少し下がる見通し。交渉中の23年度第1四半期の販売価格は再び上げているのか。

「第4四半期の価格予想が若干下落するのは輸出が中心で、第3四半期から第4四半期にドルベースの輸出価格はあまり変わらないが、為替が対ドル145円程度から135円程度と円高に振れたことが影響する。23年度第1四半期の価格交渉はこれまでとスタンスは変わらず、当社の製品・サービスの価値に見合った価格を提案し、当社としてコントロールできない外部コストを適切に反映させていただく」

――厚みを持った新たな事業構造に転換する。原料については鉱山権益を増やし、還元鉄の工場建設も計画するが同業他社との共同建設などの考えは。

「事業領域としては原料を購入し、鋼材を生産して出荷するところまでだったが、原料を生産するところまでカバーしようと考えている。カーボンニュートラルを含めた構造の変化を踏まえ、原料により直接的に関与していく。戦略投資を進め、安定的な調達を確保する。原料炭の鉱山開発に投資する企業が少なくなり、原料炭の調達そのものが難しくなる可能性がある。原料価格が大きく変動する状況から原料権益を増やし、収益の安定化につなげる。水素還元製鉄を実現しても高品質の原料炭は必要であり、戦略的にこれを確保していく。鉄鉱石の鉱山にも投資していく。還元鉄の製造については原料立地がよいのか、あるいはエネルギー立地がよいのか、検討する必要がある。生命線の一つとなる還元鉄の製造拠点を同業他社と共同で建設することは考えていない」

――日鉄物産を連結子会社化する狙いは。

「今までは35%の出資でどうしても壁があったが、子会社化することで販売や人材の交流をより積極的に行えるようになる。商社機能のグループでの効率化や強化を進めやすくなり、営業ノウハウやインフラの一体活用に取り組む。海外を含めサプライチェーンのさらなる高度化などシナジーを発揮し、価値の最大化を図っていく」

――カーボンニュートラルの取り組みが加速している。

「カーボンニュートラル・スチールのNSカーボレックス・ニュートラルはマスバランス方式で年率30万トンの販売を計画している。お客様とは話を始めていて非常にポジティブに受け止めていただいているが、価格の設定などまだ詰めるところがある。NSカーボレックス・ソリューションは当社の製品を使用してお客様でCO2を削減する大事な活動であり、社会全体での削減にも注目し、カーボンニュートラル社会の実現に向けた 社会のエネルギー転換への貢献もスコープに含めている。広畑地区の新電炉は順調に立ち上がり、23年度上期にフルアップしていく。電磁鋼板はラインアップを拡充し、さらに能力増強を考えていきたい。水素還元製鉄については大型高炉での実証実験を26年に開始し、早期に実現していきたい」 ――23年度の国内と海外の鋼材需要の見通しは。

「国内需要は製造業中心にコロナ禍からの持ち直しが継続している。産業機械は企業の堅調な設備投資意欲を背景に好調。サプライチェーンの混乱で減少していた自動車生産も回復してきている。22年度の国内鋼材需要は前年の横ばいか微増の予想だが、23年度は底堅く推移するとみている。22年度並みを予想するが、国際サプライチェーンの混乱からの回復の一方で世界経済の成長鈍化が気になるところであり、製造業や建設分野にどう影響するか、変動要素をよく注視していく」

「各国の金融引き締め、ウクライナ情勢の長期化の影響など世界経済は不透明だ。現時点で海外の鋼材需要は顕著な回復はみられない。資源エネルギー価格高騰が収束していくとは考えにくく、半導体はじめサプライチェーン混乱の解消は期待するがきれいに整うには時間を要する。米国経済は足元強く、当局がどれだけ金融引き締めを強めるか。中国は不動産分野への支援や景気刺激策が鋼材需要にどう結びつくだが、急激な回復は考えにくく、春先からの動きをみていきたい」

――単独粗鋼生産は22年度予想の3420万トンから23年度は需要見通しからすると3500万―3600万トンへと若干増えそうだが、それでも体質の強化で収益は大きく改善することになる。

「年4000万トンの粗鋼生産能力があり、需要が着実に伸びていくのであれば限界利益がある前提でしっかりと捕捉していきたい。仮に単独の粗鋼が100万トン増えると、収益への影響は本体国内製鉄事業で300億―500億円ほどが期待できる。4000万トン近くとなると収益は大きくなるが、そこまで増えるかどうか」

――生産設備構造対策による23年度のコスト削減効果は。

「構造対策効果として来年度はそれほどではなく100億円ほどとみているが、呉地区の全設備の休止、日鉄ステンレスの周南の電気炉休止が23年度に控えている。変動費の改善にも注力する。原料価格が高いので歩留まり改善の効果は大きい。25年度目標の国内製鉄事業の実力利益2500億円は数量が戻ってくれば十分狙える。電磁鋼板の新設備立ち上げなど品種構成高度化の効果もでる。海外はAM/NSインディアが関連資産を買収し、余剰ガスの売却も行い、収益が拡大する。23年度はカーボンニュートラル・スチールの元年となり、マスバランス方式を適用して年率30万トンだがNSカーボレックス ニュートラルというブランドで販売する。日鉄物産を連結子会社化し、これまで以上に利益が加わってくる」

――海外事業会社は収益の面で苦戦しているが、来年度は改善に向かうのか。

「昨年6月以降、海外の鋼材市況が下落したが、インドのAM/NSインディアやタイのG/GJスチールは汎用品が多く、高級品に比べて市況変動の影響を大きく受けている。ブラジルのウジミナスは現地経済の脆弱性が露呈し、影響を受けた。一方で高級鋼を生産しているタイのNS―SUSやNSブルースコープは差別化できており、厳しい環境下でも高い収益性を示すことができている。海外事業の利益は為替差損や税効果がマイナスに効いているが、会計上の一過性の損失を除くと1000億円を超えており、想定通りの収益が上がっている。G/GJスチールは収益を上げる取り組みを始めており、海外事業の23年度の利益は1000億円を超え、21年度の利益を上回るとみている」

――成長市場での投資について。インド東部での新製鉄所の建設計画の進捗は。北米で電磁鋼板の製造の必要があるのでは。

「インドの新製鉄所の建設は候補地を絞り込んでいる段階だ。幾つかの候補地が示されているが、現地と一緒に評価し、スピード感、規模感など複数の角度から最適な立地を考えている。北米で電磁鋼板を製造するかどうかだが、EV用のモーターコアまで含めたサプライチェーンをどう構築していくか、総合的によく考える必要があると思っている」(植木 美知也)

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