2020年7月10日

「未来へ見出す活路 鉄鋼・非鉄産業 次世代への展望」 経済産業事務次官 安藤久佳氏 世界需要捉える経営を 高付加価値、価格に反映へ

新型コロナウイルス感染拡大で鉄鋼、金属産業は需要急減など大きな変化に直面する。コロナを機に日本の製造業の課題を浮き彫りにする面もあるという。旧鉄鋼課長も務めた安藤久佳・経済産業事務次官に日本の産業、製造業の課題や期待を語ってもらった。

――製造業、金属産業の課題と展望を。

「立場を棚に上げて言うと、日本の製造業の世界的な位置付けは、鉄鋼、金属関係に限らないが、相対的に下がっている。時価総額で15年前と比べたトップ50社というような判断の尺度がある。エレクトロニクス産業とか車、鉄や金属を部素材として使っている製造業を含めて下がっている。ソサイエティ5・0ではないが、情報技術の世界でもGAFAがある。アメリカの巨人からそういった面の覇権が日本を通り越して中国、場合によってはこれからは東南アジアに移る。これは政策が的を得ていない部分もあると思う。われわれ自身も反省しているところもあるが、日本の経営者になぜそうなっているか考えてほしい。日本の企業経営全体に共通する事項があるような感じがする。新型コロナウイルスへの対応はそういうことを考える良い機会になるかもしれないと思っている。それぞれの企業にとってこの一手を打たない理由はいろいろあると思う。それはその会社にとって正解だと思うが、世界のプレーヤーたちはそこに積極的に参入してくるということがある。東芝の半導体事業、NANDフラッシュメモリの売却は2兆円くらいのディールだったが、アメリカのファンド、韓国の半導体メーカー、台湾の鴻海、こういう人たちが参入してバトルする。ところが当の生産拠点のある日本の企業で経営権を持とうと名乗りを上げる方がほとんどいなかった。日本の企業が参入しない理由はそれぞれある。半導体は浮き沈みが激しい。鉄もだが昔半導体に手を出して失敗した経験も含めて、事情はあるので会社の判断としては正しいだろう。だけど半導体の浮き沈みが激しいのは世界中同じだ。ここ1年皆さんに『日本がやや特殊ではないか』と言っている。過剰生産問題は永遠の課題だが、鉄鋼課長(2005―07年)の時、中国と生産能力削減を議論した。素材産業は国の統制とか党の統制が強いと思うが、今はやりのSNSをやっている会社とかファーウェイみたいなところは国の何かというわけでもなく経営者が遮二無二働いて攻撃的な経営をやってくる。かつて日本の風景であったかもしれない。日本の経営はもっと荒々しくここだというところに張ってほしい」

【日本はやや特殊】

「鉄の場合は鉄鋼業務課(92―94年総括補佐)の時に粗鋼1億トンだった。去年粗鋼1億トン割れしたがほぼずっと1億トンで安定した規模感できている。ある種共存共栄でやってきた時代が長かった。でも宝鋼(現宝武鋼鉄)、ミッタル(現アルセロール・ミッタル)が出てきた。ミッタルは規模をどんどん増やしていく経営をする。日本は粗鋼1億トンをいかに維持しながら共存共栄していくか、真逆だ。鉄の需要は当時増えていなかったかというと増えている。ただ先進国の自動車用の鋼板が増えるわけではなく、途上国や新興国の建材需要が増える。ミッタルはそれを素直に取る。立派な鉄でもそうではない鉄でも鉄鉱石と石炭は消費する。するとミッタルは原料を押さえる。非常に合理的だ。伸びる需要を取り、需要が伸びたことによる必要な原料権益を押さえていく。日本の鉄鋼経営は粗鋼1億トンのなかで品質も磨き上げていきながらある種の共存共栄を大切にして、原料は商社に任せる世界だ。三村(明夫・現日本製鉄名誉会長)さんが社長になったころ方向性を変えた。新日鉄もJFEも海外の生産拠点を拡大して伸びる需要を取っていくのが鉄鋼課長時代だった。鉄鋼のダイナミズムを感じた。世界の需要をどん欲に取りに行ってもらいたいし、日本の鉄鋼の強みは強みとして弱い部分があれば正面から見つめて取り組んでもらいたい。激励と思って聞いてほしい」

【正当な価格設定を】

――弱いというと収益力がPOSCOなど海外大手に比べて課題。

「しっかりと値段を取ることだ。鉄の品質管理の素晴らしさをしっかりと価格に反映して掛けたコストを回収して次の投資に向けていく。鋼材の値上げ交渉は大変だと思うが、自分たちが作っている良いものを正当に評価してほしい。今全産業にそういう要請をしている。マークアップ率(販売価格割るコスト)というのがあって、掛けたコストをしっかり価格に反映させる。これを抑えるとひずみが下に来る。下ということは素材に来て、車で言うと下請にくる。本当は最終製品もしっかり価格に反映して世界で稼ぐことだ。例えばアイフォンはコアの部分を作っているアップルの収益力がものすごく良い。箱とか何でも良い部品は外で競争させて作らせて、頭脳の部分とかサービスのアフターケアの付加価値の付く部分で思い切り稼ぐ。日本の企業は鉄に限らないがもっと付加価値の高い部分についてしっかり価格で回収してほしい。それがサプライチェーン全体にいく。そこがしっかり稼げていないとみな共連れで儲からない構造になる。日本は自分の良いところを値段に反映させて売り込んでいくこと自体が欠落しているのではないか。車でももっと儲けて良いと思う。鋼材とかいろいろなところに反映させていくことだ。そうしないとどんどん縮小していく」

――鉄鋼会社は再編を経て設備構造改革に取り組んでいる。

「合併そのものに意味があるわけではない。企業の経営形態を変えることによって現実の生産現場あるいはホワイトカラーの部分も効率化され、統合効果があるかだ。一緒になることが目的というより手段だ。今現場に相当手を加えているのはそういう段階ではないか。合理化と同時に世界との競争、あるいは最終製品の競争力を高めるために素材がより優れたものにならないといけない。最終製品でしっかりと値段を取って使われる素材にもしっかり還元して、素材も新しい技術開発に最大限投資してもらういい循環を、今後のプラスになっていくものを是非お願いしたい」

【素材と価値観共有】

――マテリアル革新力強化の戦略など政策的にも後押しする。

「われわれも時代の先を見て、経済産業省と鉄鋼含めて素材の皆さんは同じ方向で進んでいきたい。そのためには世界の潮流とどういう方向で経営を持って行ってもらうか、あるいはどの分野に重点的にやってもらうかしっかり価値観を共有したい。時節の流れで鉄、金属に限らず、経済産業省と企業の間でも接点の持ち方は薄くなっている。産業界、企業と対話のない経済産業省は空中を浮遊しているようなものだ。企業も平時はいいが、何か大きな方向転換が迫られる時とか大きな潮流の変化がある時には、われわれとの対話なり価値観の共有を感じてもらえると思う。何か起きた時ではなくて平時から健全な情報交換、価値観の共有は必要だ」

「鉄鋼業務課にいた時にリオ地球サミット(のちの国連気候変動枠組条約締約国会議=COPにつながった)で地球温暖化問題が初めて取り上げられた。えらいことが始まったと思った。それ以降も温暖化の議論は強まることはあっても弱まることはない。この流れを必然として鉄鋼、金属産業の皆さんも捉えてほしい。必然である限り先手を打って対応した方が良い。対応する技術なりを早めに獲得した方が価値の高いものとして世界中に普及できるし、ルールを作る時のリーダーシップは取りやすい。これを最大限先取りし、企業で言えば企業の収益構造に、われわれで言えば国益にプラスになった方が良い。今回の新型コロナウイルスの話でもEU(欧州連合)は新型コロナウイルス対策と脱カーボンを組み合わせて強力に進めている」

――新型コロナウイルスが産業界に与えた影響をどうみるか。

「新型コロナウイルス禍は、そもそも進めていくべきものを加速させたのだと思う。非接触みたいな話ひとつをとっても、世の中のデジタル化はそもそもその方向に進んでいた。感染予防や感染を感知するためのアプリがシンガポールや台湾でどんどん出ているが、これも元々そういう方向にあったものが新型コロナウイルス禍で有効性を証明されたと言える。日本はマイナンバーカードとひもづけて個人を識別するという、これまで足を踏み込めなかった課題への取組に入っていこうとしている。新型コロナウイルス禍は、本来進むべきなのにさまざまな事情で立ち止まっていたことを進めるきっかけと捉えた方が良い」

【脱炭素は必然】

――鉄鋼業界では水素還元をつかった環境調和型製鉄技術開発『COURSE50』が進められている。

「2050年に向けてどのようなCO2排出削減目標を作っていくのか。発電構造については再生可能エネルギーをどこまで増やし、石炭に代表される化石燃料起源の電力をどこまでどういう形で落としていけるのか、それで足りない部分における原子力をどう捉えるかが課題となる。地震や風水害など災害に見舞われることが多い日本はレジリエンスをどう高めていくかも重要だ。他方でエネルギー問題には産業界の脱カーボンという課題もある。鉄鋼を中心に化学やセメントなど、どうしてもCO2を発生させないと造れないものをどうしていくか。これらを全て合わせて日本全体の総排出量、CO2排出削減目標が設定できる。産業分野の脱カーボンは相当な技術革新に加え、コスト面の問題ものしかかる。無限の金がかかることは経営の中で消化できず、まずはやれるかやれないかという技術のブレイクスルーがあり、それを社会に実装しなければならない。水素還元製鉄プロセスは極めてハードルが高いが、CO2削減は必然と捉え政策的にもさらに支援していかねばならない」

――水素還元技術ができても、安価大量の水素供給がなければ意味がない。

「水素利用には夢のような話がたくさんあるが、同時にその水素をどうやってたくさん造るのかが肝心だ。石炭火力発電の電力で水を電気分解して水素を造っても意味は小さい。大規模太陽光発電を利用して水素を造る実証事業を福島で始めたが、コスト面でまだとても足りない。日本で最大の水素供給者は鉄鋼や石油精製で、いずれも製造プロセスの副生物として出てくる。だが、この水素を使おうとすればいまの製鉄や石油精製方式を前提とするわけだから、将来的に成立しにくい。水素の製造・調達コストをいかに下げるかは非常に大きな課題だ」

――水素社会では構造物や電池、触媒などでさまざまな金属の出番が増える。

「エネルギー問題は特定分野の話ではなく産業総動員の世界。金属から自動車、化学、紙、セメントとあらゆる産業に関わり、さまざまな分野で技術の集積が必要になる」

――高い電力料金も何とかしないと産業が立ちいかないのでは。

「まず、万能のエネルギーはないということ。価格が高いか安いか、CO2排出の観点できれいか汚いか、安定性という意味で強いか弱いか。資源問題や地政学リスクも考慮せねばならない。再生可能エネルギーはきれいだが、一般的に高くて弱い。反対に石炭は安くて安定しているが汚い。原子力は安くて強くてきれいという前提だったが、それが崩れたのが東日本大震災だと思う。万能のエネルギーがない以上、何を優先して何を犠牲にするか考えなければいけない。梶山経済産業大臣もよく言うが、あれはダメこれもダメというのは無責任で、あれがダメならこちらは致し方ないという判断がないと安定した電力供給が成り立たなくなる。温暖化対策を最優先で考えれば再生可能エネルギーが良いに決まっているが、物理的限界点があり、普及して下がっているとはいえ価格要素も必ずついてくる。それでも地球温暖化対策が弱まることがないと考えた場合に、価値観の軸はもっとそちらに持っていかないといけないかもしれない。2050年に向けては、しのぐのではなくブレイクする必要がある」

――金属、プラスチックなどのリサイクルも環境問題を考えたときに重要ではないか。

「あらゆる手立てを講じ、これまでできないと思われていたことを企業の生産プロセスや物流、家庭においてもどんどんトライするべきだ。レジ袋の有料化などは賛否両方ある話。しかし、環境問題に対する大きな流れの中でやれることはやって、その副作用が大きければ戻れば良い」

――成長戦略としての温暖化対策のような捉え方か。

「どうせ迫られるのであれば、早目に気持ちよくやりましょうということ。梶山経済産業大臣もそのように考え、先般の低効率の石炭火力の休廃止検討表明もこうした流れのひとつの話。これまで経済産業省が踏み込まなかったことを、意識的に切り替えていこうと考えている。金属業界においても、今日明日できることでは全くないけれど、よりチャレンジングなことに取り組んでもらいたいし、そのための支援は最大限していきたい。世界はすでに激烈な競争をやっている。テスラがトヨタの時価総額を上回ったのは別に車が売れているわけでなく、脱炭素を徹底的にやっている企業価値が認められたため。そういう評価が良いかは別にしてひとつの現実だ」

【サプライチェーンは運命共同体】

――新型コロナウイルス禍後の中小企業の在り方を聞きたい。

「政策の上では資本金と従業員規模で機械的に中小企業と規定しているが、大企業との間に決定的な壁があるわけではない。そして中小企業も大企業もサプライチェーンでつながっている。18年7月の豪雨ではマツダの工場で生産が止まり、稼働が戻るまで2カ月半近くかかった。このときマツダの本社工場は水害を受けておらず、なぜ再開に時間がかかったかというとマツダのサプライチェーンに数百から千社あまり存在する下請け企業が被災していたからだ。サプライチェーンにある企業は規模に関係なく運命共同体として考えた方が良い。中小企業だからと隔絶して政策の対象にするのは、実は実態に合わないこともある。大企業も中小企業もなく、互いの存在を必要としているのがサプライチェーンであり、その企業の活動を必要としている関係者がみんなでサポートしあっていくような世界が合理的なように思う。私が中小企業庁長官や関東経済産業局長を務めた際も、そのように感じていた」

――中小企業という区分で判断するべきでないということか。

「むしろ大企業や中堅企業の人たちが、企業活動においてかけがえのない中小企業を抱えてもらえれば自分たちにもメリットがある。1社1社だけ見て中小企業対策をするよりも、こういう人たちの力学を使うべきだ。はっきり言うと、例えば経団連が中小企業対策をやった方が良いのではないかとも思う。大企業が平時から規模に関係なく連合軍をつくりお互いカバーしあう。災害や新型コロナウイルス禍がそのひとつのきっかけになれば良い」

――下請取引の適正化は年来の課題。19年には下請法が改正された。

「下請という言葉はあまり好きでないが、下請けいじめは論外。むしろ大企業などサプライチェーンの核になっているところが、それを構成する人たちを運命共同体として支えるべきだ。例えば、災害時に困る中小企業の人たちを支えるには保険制度を使う。しかし保険料が高く中小企業単独では入りにくい場合、ティア1などの大企業がこういう人たちをグループ化させる方法もあるのではないか。そうすることで保険会社も保険料を下げやすくなる」

「中小企業は毎年すさまじい数で減っている。一定程度の減少は仕方ないと思うが、本当にかけがえない企業が消えてしまう場合もある。それを止めるために事業承継のハードルを下げることが必要だ。サプライチェーン全体で後継者選びを考えてあげることも合理的だろう。事業承継を真剣に考えるのは意欲のある会社で、多くは能力も持ち合わせる。ところが日本の税制は相続税と贈与税が高いため、余裕があるうちに廃業しようという会社も出てきてしまっていた。これは非常にもったいない。だから事業承継支援の制度改正により、これらを実質負担ゼロにした。事業承継できない中小企業があればその供給先の企業が困り、またその先も困るという連鎖が起きる。企業活動全体のつながりを考える、そこでも新型コロナウイルスへの対応がひとつのきっかけになるのではないか」(正清 俊夫、田島 義史)

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