「1990年代後半から2000年代前半にかけては『商社冬の時代』で、鉄鋼業界は『鉄冷え』という構造不況の真っただ中だった。丸紅、伊藤忠商事ともに鉄鋼製品事業は振るわず、業界ポジションも5位と6位だった。このままでは将来の繁栄はないという危機感と一緒になって強くなろうという思いが一致し、同業他社に先駆けて統合を実現した。設立25周年という節目を迎えられたことは大変ありがたく、身の引き締まる思いで、取引先の皆様の長年のご支援に心より感謝している」
――経営環境は大きく変動した。
「リーマン・ショック、東日本大震災、新型コロナウイルス感染症など、数多くの困難と市場環境の大きな変化があったが、『鉄鋼流通のフロントランナー』として、チャレンジ精神を発揮し、変化にも的確に対応しながら、業界全体の発展を目指し、成長投資を実行してきた。25周年を一つの契機として、これまで築いてきたグローバルネットワーク、トレードの知見、事業資産、そして取引先との信頼関係を一層磨き上げ、次の25年に向けて新たな価値を創造していく」
――事業基盤を拡充し、成長を続けてきた。
「売上高は2002年度の1兆3000億円が08年度に2兆1000億円に達した。リーマン・ショックの影響で09年度は約1兆4000億円に後退したが、国内外の事業基盤強化と商社機能の拡充を続け、 22年度からは3兆円の大台を超えて推移している。収益性についても、設立時に5%台だった連結売上高総利益率が7%を超えて、上昇を続けている」
――財務基盤も強化してきた。
「自己資本比率は統合直後の8%という過小資本状態から約37%まで上昇。ネットDEレシオも5倍から0.8倍を切るレベルに改善し、R&Iからは、株主の丸紅に並ぶAAマイナスの格付けを取得している」
――事業投資を積極展開してきた。
「統合会社であり、機能の再編・統合を進める一方で、投融資を推し進めてきた。事業会社は現在99社。子会社は国内の事業会社が20社、海外現法や事業会社が49社で、持分法適用会社は国内12社、海外18社」
――商社の最大の財産である「人」も増やしてきた。
「単体社員は当初の659人から1086人に増加。連結社員は約5500人から10737人に拡大した」
――2025年に東京ミッドタウン八重洲に本社を移転した。
「社員が出社したくなる職場環境づくりと活発なコミュニケーションを促進するため、21年間お世話になったコレド日本橋から昨年5月に移転した。新たなアイディアや発想が組織の枠を超えて生まれることを期待し、3フロアをつなぐ内階段を設置し、オフィスのレイアウトにも様々な工夫を施した。交通アクセスの利便性が向上し、取引先をお迎えする態勢も充実した。また、オフィスには各所にグリーンスチールを採用している」
――第8次中期経営計画(24-26年度)は最終コーナーに入った。「2030年代のあり姿として、『鉄鋼流通業界におけるグローバルトップを目指す』という長期ビジョンを掲げている。第8次中計では、祖業であるトレードを大切にしながら戦略的な投資を組み合わせる『Trade×Investment』を基本方針とし、市況や為替の変動に左右されず、利益を安定的に生み出す『基礎収益力の強化』に向けて、『投資推進体制の強化』と『利益率の改善』に取り組んでいる」
――基礎収益力については、前中計の400億円から200億円を積み上げる計画。純利益は24年度が514億円、25年度は404億円だった。
「第8次中計を通じて、投資推進の仕組み、既存事業の収益性、経営人材の育成といった、将来の成長を支える基盤は着実に強化できている。最終年度においては、これまで整えてきた基盤を具体的な成果につなげ、長期ビジョンの実現に向けた次の成長へと結びつけていきたい。事業投資効果を引き出しながら利益計画の達成を目指している」
――投資推進体制の強化について。
「外部のM&Aの専門家をヘッドハントして、全社組織として投資推進チームを立ち上げた。併せて各営業本部内に個別案件ごとの支援タスクフォースを組成し、案件の発掘・点検から投資の実行、その後の経営管理から事業支援までを一貫して進める体制を整備した。その結果、各組織がより積極的に投資候補案件を発掘し、その中から戦略性や収益性の高い案件を厳選していく流れが生まれつつある」
――欧州、米州で投資が続いている。
「英国の建設・インフラ・エネルギー用鋼材の加工・流通企業、バークレイ&マシソンを通じてスコットランドで厚板を加工・在庫販売するアンガス社を買収。米国の商業施設向け軽量鋼製フレーム市場で4割のシェアを持つCDBSによる同業のスタッズ・アンリミテッドの買収によって中西部、西海岸から南西部へと販売ネットワークを大きく広げた。米国で住宅用の金属製部材を製造・販売するクオリティ・エッジは、ジェネシー・ビルディング・プロダクツの買収で北東部に拠点を広げて業容を拡大した。いずれも事業会社を通じたロールアップ型の投資で短期間での収益拡大を見込んでいる」
――北中米ではコイルセンター網も拡充している。
「CDBSのパートナーでもあるワージントン・スチールとUSスチールが共同運営するコイルセンター事業のひとつ、ミシガン州のジャクソン工場を買収して立ち上げたMSPは、自動車や建材向けのUSスチール製の鋼材をメーンに扱っている。MSPは、USスチール傘下の電炉メーカーで、アーカンソー州にあるビッグ・リバー・スチールの第2期プロジェクトの門前に第2工場を建設中。最大幅2㍍、4・5㍉厚の大型コイルを一次加工し、新たなサプライチェーンを創出していく」
――米国ではUSスチールとの取引をさらに拡大する。
「ピッツバーグ事務所を昨年11月に開設し、本社の取締役経験者を派遣した」
――米国の鋼管問屋、スーナーはUSスチールの鋼管のトップシェアを握る。
「北中米の鋼管流通ネットワークを通じて、新たな需要を開拓していく」
――鋼管分野では、ガイアナ共和国に販売会社を設立した。
「ガイアナ沖では大規模な油田の発見が相次いでおり、サプライチェーンの整備・拡充を通じて経済発展にも貢献していきたい」
――事業領域の拡充にも取り組んでいる。
「鉄鋼流通の立場から再生可能エネルギーの普及に貢献するため、浮体式洋上風力発電の基礎部材であるアンカーを製造するアイルランドのスタートアップ企業サブシー・マイクロパイルズに出資した。スタートアップとの連携を通じたオープンイノベーションを促進するため、スパイラル・キャピタル・ジャパン・ファンドや伊藤忠テクノロジーベンチャーズファンドへのLP(有限責任組合員)出資も行った」
――中計のテーマのひとつが「経営人材の育成」。
「長期ビジョンの実現に向け、とくに次世代のMISIを担う人材の育成に力を入れている。事業会社の社長や現地法人の主管者に30歳代の若手社員を抜擢するなど、実践の場を通じて経営人材を早期に育成するストレッチアサインメントを継続的に実施。また日常業務から離れて学ぶ機会を設け、さらなる成長につなげるため課長職に就くまでに総合職全員をビジネススクールへ派遣している。海外で活躍できる人材、GX・DXを牽引する人材、そして現場で取引先に新たな価値を届けるといった、それぞれの高い機能を持った人材も育成し続けなければならない。世界で戦う人材を育成するため、ハーバード・ビジネス・スクールやペンシルベニア大学ウォートン校をはじめとする海外の有力ビジネススクールにも毎年、幹部候補人材を派遣している。私自身が講師となり、幹部層から若手社員まで毎年600人を超える総合職を対象に少人数の勉強会を実施し、学び教えあう風土の醸成に努めている。社員一人ひとりが自ら考えて挑戦し、その挑戦を通じて成長を実感できる組織をつくることが、当社の持続的な成長を支える土台になる」
――中長期の経営環境認識を。
「国内の鉄鋼需要については、人口減少、少子高齢化、労働力不足などの環境を踏まえると、中長期的には縮小を前提に考える必要がある。足元で5000万トンを切った国内鋼材消費が10年を待たずに4000万トンを下回る可能性も否定できない。ただ、すべての需要分野が一様に縮小するわけではない。老朽化した社会インフラの更新、半導体や物流施設、造船、送配電を含むエネルギー関連設備などの分野では需要の増加が期待できる。こうした成長期待分野や底堅い需要が見込まれる分野の需要を確実に捕捉しながら、加工、物流、在庫、金融の各機能をDXによって高度化し、省人化につながる製品・サービスを加えて、総合的に提案することで商社機能をさらに高めていく」
――海外については。
「海外の鉄鋼市場は、中国の内需低迷と過剰な生産と輸出を背景に、需給緩和が続いている。日本からの輸出については、中国系ミルの過剰生産に伴う輸出攻勢に加えて、各国通商措置の強化により、難易度が高まっているが、日本製鋼材に期待されている高品質商品、納期・安定供給や技術サービスが求められる分野は引き続き注力していく。一方で、日本の鉄鋼メーカーの海外事業展開と連携し、現地生産品も含めた地産地消型のバリューチェーンを構築していくことも重要と考えている。特に北米やインド、アフリカなど需要の伸長が見込まれる地域においては、市場特性も考慮しながら、人員・組織体制の強化も含め、きめ細やかに対応していく」
――改めて北米の位置づけを。
「米国は鋼材消費量が約1億トンと先進国では最大規模で、人口増加を背景に継続的な増加が見込まれている。一方、関税障壁によるブロック経済化はさらに進むとみられ、国内でサプライチェーンを完結するビジネスの構築が益々重要になる。当社が米国で長年にわたり構築してきたサプライチェーンと取引先との信頼関係を活かし、最適な価値を提供していく」
――インドについては。「鋼材需要は約1億5000万トン規模と世界第2位で、30年代には3億トンに達するとみられている。内需主導のマーケットであり、長年にわたって信頼関係を培ってきた現地パートナーとのビジネスを核に需要を取り込んでいく。現地の大手高炉、JSWスチールとの合弁事業、JSWMIはプネ、チェンナイ、デリー、アーメダバードの4拠点で自動車用鋼板、電磁鋼板のコイルセンターを展開し、取扱量を年間100万トンまで伸ばしている。高成長が期待される自動車産業向けをターゲットに能力拡張、機能拡充を進め、早急に200万トン規模まで拡張していく。あわせて現地への人材派遣を増やし、将来のインドビジネスを担うプロフェッショナル人材の育成と推進体制の強化を図っていく」
――現地の加工メーカーとの合弁事業も展開している。
「マグナム・ストリップ&チューブと二輪・四輪用のメカニカルチューブメーカーやコイルセンターを共同運営し、カパロ・エンジニアリングとは自働車用TWBの合弁事業を運営している。日本製鉄、JFEスチールが現地の生産拡大を加速している。現地の商社機能を拡充し、市場開拓を進めていく」
――アフリカ市場は。
「長期的に本格的な需要拡大が期待される。トレードをベースに長年にわたって信頼関係を培ってきた現地パートナーがサブサハラを中心に数多くあり、日本の高炉メーカーの国内外製造拠点からの輸出市場として、広大なアフリカの成長需要を着実に取り込んでいく」
――脱炭素化の進展も鉄鋼業界にとって大きな課題。
「新たな価値を創出する機会でもある。グリーンスチールの普及やお客様への脱炭素化支援を通じ、鉄鋼流通企業としての役割を果たしていく。国内外で培ってきたネットワークと顧客接点を生かし、時代の変化に正面から向き合いながら、新たな事業の構想を描き、その実現にチャレンジしていく」
――長期ビジョン「鉄鋼流通におけるグローバルトップ」実現に向けての課題と展望を。
「地政学リスクの高まり、中長期的な国内需要の減少、AIの急速な進化、脱炭素化の進展など、当社を取り巻く事業環境は絶え間なく変化しており、不確実性は一段と高まっている。一方、当社には鉄鋼流通のプロフェッショナル集団として長年培ってきた強みがある。商売を通じて磨き上げてきた現場力、世界各地をカバーする拠点網と事業会社群、環境変化への耐性と柔軟な対応力、国内外のパートナーとの強固な信頼関係、両株主とのシナジーによる総合力、そしてお客様や仕入先に提供できる多様な商社機能と価値創造力を持つ。長期ビジョンの実現に向けて、これらの強みをさらに磨き上げ、一層収益力を高めていく。ベンチマークとする米国のサービスセンターは、当社を大きく上回る収益率を維持している。米国とその他の地域では、市場の集約度や商慣習などの構造が異なるものの、収益性を高める余地は十分にある。在庫、加工、物流、金融、与信といったさまざまな機能の中から、取引先から必要とされる機能を見極め、その価値について丁寧に対話を重ねたうえで、適切な対価をいただくことが重要。こうした一つひとつの地道な取り組みを積み重ねた先に『鉄鋼流通におけるグローバルトップ』の実現がある」
――米国では売上総利益率が30%に達する鉄鋼流通がある。
「ベンチマークするリライアンスは、鉄鋼製品に加えてアルミや伸銅品、チタンなどを扱う金属総合サービスセンター企業であるが、26年1-6月期は売上高87億ドル、粗利25億ドルで、粗利率は28・7%だった。米国は在庫、加工、物流機能が評価され、その対価を獲得できる市場であることを証明しており、M&Aを絡めながらビジネスチャンスを追求していく」
――成長を加速するには投資が欠かせない。
「戦略的な投資を通じて優良なパートナーとの関係を深め、サプライチェーンの構築と機能の拡充を加速させていく。投資案件は、当社の強みを生かせるか、既存事業とのシナジーを生み出せるか、将来の成長領域につながるかといった観点から厳選。その上で、投資実行後は、経験を活かした経営支援と管理を徹底し、投資先の収益力と企業価値を高めていく。そこで生み出した利益を次の成長投資につなげるという、持続的な成長サイクルの確立を目指す」
――最後に鉄鋼業界へのメッセージを。
「鉄は社会と産業の根幹を支える素材。鉄の果たす役割が小さくなることはない。むしろ限られた人手や資源を有効に活用し、より安全で持続可能な社会を実現するために、鉄鋼業界に求められる役割は重要性を増していく。鉄鋼のサプライチェーンを維持し、より強靱なものにしていくには、業界全体として、それぞれが担う機能と、提供する価値に見合った収益を確保していく必要がある。需要構造が変化する局面だからこそ、鉄鋼流通においても、企業の枠を超えた連携や事業の効率化・高度化、さらには再編・統合を、将来を見据えて進めることが重要。関係者の皆様と連携しながら、こうした取り組みを率先して進めていく。また、グリーンスチールの市場拡大においても、鉄鋼流通が果たすべき役割は大きい。その環境価値を可視化し、市場に定着させていくには、サプライチェーンに関わるすべての関係者の協力が不可欠。業界の皆様と知恵を持ち寄り、鉄の価値をさらに高めながら、脱炭素社会への移行を着実に進めていく。 伊藤忠丸紅鉄鋼は、鉄鋼流通のフロントランナーとして、『鉄を商う。未来を担う。』という強い決意のもと、持続可能で競争力のある鉄鋼サプライチェーンの構築に取り組んでいく。設立25周年は、これまで当社を支えてくださったお客様、お取引先様、関係者の皆様への感謝を、あらためて胸に刻む節目であると同時に、次の時代に向けた新たな挑戦の出発点でもある。 これからも皆様と力を合わせ、変化を成長の機会へと変えながら、新たな価値を創造し、持続可能な鉄鋼業界の発展に貢献していく」(谷藤 真澄)
















