日新製鋼(現・日鉄日新製鋼)の歴史は、錆との戦いの歴史だった。素材としての可能性を広げるために、鉄の弱点である錆を克服する「めっき技術」開発への挑戦を続けてきた。また錆に強い「ステンレス」の量産化にいち早く着手し、市場を自ら開拓してきた。
1963年に開発した合金化溶融亜鉛めっき鋼板「ペンタイト」は高い塗膜密着性を実現。65年には「ガスワイピング法」(YG)を開発。エアーの吹き付け圧力によってめっき付着量をコントロールする技術で、従来のロール方式に比べて約2倍の生産性向上を実現し、各国の特許を取得。70年には、耐熱性を高めたアルミめっき鋼板「アルスター」を商品化した。YG法で製造された亜鉛めっき・アルミめっき鋼板は、優れた耐食性と美しい表面肌によって高い評価を獲得し、月星印のブランド名とともにアジア市場に広く浸透していった。
99年には世界初の亜鉛―アルミニウム―マグネシウム複合めっき層を持つ高耐食性溶融めっき鋼板「ZAM」を開発。99年に操業を開始した東予製造所は、高耐食性鋼板の製造プロセス技術を結集。物流を完全無人化し、省エネも追求した高品質・高効率製造拠点として、現在も「ZAM」と「ペンタイト」の主力生産拠点となっている(注)。
ステンレス分野では、58年に設立した周南製鋼所に日本初となる広幅センジミア・ミルを導入し、ステンレス薄板の量産を開始。電炉―転炉―連続鋳造の製鋼工程、(呉製鉄所の熱間圧延工程)、冷間圧延―精整工程までの自社一貫製造体制を確立し、電炉―転炉―真空脱ガス炉のプロセスは使用原料の自由度を飛躍的に向上。69年には世界唯一のセンジミア4基のタンデム冷延ミル「3ZM」を設計・導入し、圧延技術革新を図った。70年にはスペインのアセリノックスに出資・参画し、ステンレス工場の建設・操業技術を支援。ルーマニアのオテリノックス、韓国のサンミ・スチール、POSCO、台湾のYUSCO、米国のノース・アメリカン・ステンレス、インドのジンダル・ステンレスなどに技術を供与し、地球規模でのステンレス需要開拓を牽引した。




















