2020年8月24日

「未来へ 見出す活路 胆力問われる伸銅メーカー」苦境を跳躍のばねに 次世代需要は消失せず

 来たる超スマート社会を見据え、電気自動車(EV)や通信機器の導電・放熱材などに使われる伸銅品は需要拡大の期待感が急速に膨らみ、銅・銅合金条メーカーを中心にこの数年で増産投資機運が高まった。昨年から今年にかけ板条各社の増強投資が順次完了し、臨戦態勢に入った矢先の新型コロナウイルス禍である。国内の伸銅品生産は目下リーマン・ショック後以来の落ち込みを見せており、目算は大きく狂った。ただ、社会構造の変革に伴う次世代需要は消失しない。メーカー各社には長期戦略に必要な生産態勢、そして適正マージンを維持する胆力が求められている。

 JX金属は今春、伸銅品生産拠点の倉見工場(神奈川県)で溶解鋳造、冷間圧延、焼鈍酸洗と生産ラインをほぼ一式増設する設備投資が完了した。これにより伸銅品生産能力は面積ベースで2017年度比3割増加した。

 同社の圧延銅箔や薄物のリン青銅条、コルソン系銅合金条はスマートフォンのフレキシブルプリント基板や基板対基板(BtoB)コネクターに使う導電材としてハイエンドな需要が拡大。また、高周波を利用した次世代高速通信では圧延銅箔がシールド材などでのニーズも期待できる。

 同社が増強投資を決定したのは18年。スマホ関連需要の増加が顕著になった16―17年に供給が全く追い付かなくなり、中長期的な能力不足は不可避との確信が百億円超とみられる巨額の投資判断を後押しした。

 同じくBtoBコネクター用の薄物リン青銅条を生産する原田伸銅所も仕上げ圧延機の増設を決定。このほど設置が完了し、生産能力が長さベースで3割向上した。

 車載用コネクター向けの銅合金条も16年から18年にかけ世界的に需要が伸び、やはり国内メーカーの供給不足が深刻化。EVや自動運転が普及すればセンサーや電装部品の搭載点数が格段に増えるのが確実視され、車載用銅合金に強い神戸製鋼所やDOWAメタルテックがボトルネックとなる工程の増強投資を進めてきた。

 かつて、数量を優先して熾烈な価格競争を繰り広げた伸銅業界。だが、企業再編や事業撤退でプレイヤーの数が減り、近年は板条に限らず黄銅棒や銅管でも数量・シェアでなく付加価値や適正マージンを重視するメーカーが増えてきた。これは業界全体の収益体質の健全化につながった。

 そこで17年以降に高まった増産機運は、縮小均衡を前提とした戦略を立てていた国内伸銅各社が再び成長のチャンスを感じ取ったことを示している。これは増強投資に踏み切らなかったメーカーや製品流通関係者からも「当然の判断」(大手板条メーカー関係者)と理解する声が聞かれていた。

◇ ◆ ◇

 リーマン後、国内の伸銅品生産が大底を打ったのは09年3月の3万4512トン。今年6月は速報値で4万5952トンと09年5月以降で最少を記録し、当時の状況と重ね合わせる向きは少なくない。だが、当時と足元で違う点が2つある。

 一つはリーマン後は半年で大底を打ちV字回復したのに対し、今回は「新型コロナのワクチンや治療が確立するまで1、2年は完全な回復を期待しにくいだろう」(関東の原料扱い筋)との見方が強いことだ。設備増強で固定費や減価償却費が増加しているメーカーにとって、これは非常に苦しい。不況が長くなるほど、直近の投資判断が経営の重荷となってしまう。

 だが、より重要なのはもう一つの違いだ。それは、この不況を乗り切った先には次世代の自動車や通信に関わる需要が見えているということだ。

 リーマン後は中国の成長が世界経済を支えたが、これは日本の伸銅メーカーにとって必ずしもチャンスだったわけではない。中国の需要拡大と同時に中国の伸銅メーカーも急速に成長。日本の伸銅品生産量は年間100万トンあったが、リーマン後はその8割しか戻らなかった。

 これに対し、これから次世代機器で需要が伸びるハイエンドな素材は、資金力やコスト競争力に勝る中国メーカーと技術力で差別化を図れる高付加価値な分野だ。だからこそ稼働率が半分近くまで落ち込んでも「絶対にまた能力が足りなくなる時代が来る」(別の大手板条メーカー幹部)と力強い言葉がいまも聞かれる。

 各社は5月の連休以降、減産調整で工場の休止日を設けながら、雇用調整助成金も活用して足元の苦境をしのぐ姿勢を見せる。いま限られたパイを取り合えば近年のマージン改善を逆回転させる可能性があり、本当の商機が訪れる前に業界全体が疲弊することになりかねない。

 ある中堅伸銅メーカー幹部は「仕事が減っているからこそ、平時にはできなかった生産性向上や仕掛品の適正化、省エネ活動、社員教育、新規用途開拓などやれることは何でもやって次の需要期に生かす」と前を向く。足元の苦境は、より高く跳躍するためのばねにもなり得る。

(田島 義史)

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