2015年3月2日

モンゴルの草原の下には豊かな鉱物資源 古代は海、高い潜在能力 ■名古屋大学准教授 束田和弘氏

地平線の彼方まで大草原が広がるモンゴル。青々とした草原の下には金、銀、銅、亜鉛、ウラン、各種レアメタルなど豊かな鉱物資源が存在している。太古の時代、モンゴルの大草原は深く広い海「モンゴル・オホーツク海」であり、大海であったが故に多様な鉱物資源にも恵まれた。モンゴルの鉱山開発の現状と課題、地質学的観点からみたモンゴルの鉱物資源について束田和弘・名古屋大学准教授に話しを聞いた。

――モンゴルとの関わりはいつ頃から始まったのか。

「2003年にモンゴル科学技術大学のミンジン教授と地質学の共同研究を手掛けたことを切掛けに交流がスタートし、留学生なども多く受け入れている。その縁もあり同大で講師を務めていたノラムハーン・マンチュク氏も留学生として来日してくれた。私の研究室で学んでくれた彼女は、今春には博士号を取得した。今後はモンゴル科学技術大学の上級講師としてモンゴルにおける地質学の発展に貢献してくれると期待している」

――2009年、モンゴルに名古屋大学フィールドリサーチセンター(FRC)を立ち上げた。

「09年9月に名古屋大学の浜口道成総長がモンゴルに渡り、モンゴル科学技術大学と全学学術交流協定を提携した。同月にFRCが立ち上がり、最新型の電子顕微鏡などを設置した。その後、経済産業省やJOGMECなどと一緒に資源開発を共同で取り組む話しが持ち上がり、分析器などを追加導入している。だが、環境の違いから、現地で安定的に設備を動かすことは難しかった。そのため機械を操作する人材の育成に努め、一定のめどがつくまで指導にあたった。研究インフラの整備は非常に重要なためだ。現在は若手にその職を譲り、FRCの現場からは離れている」

――電子顕微鏡を導入した意義は。

「例えば私の助手を務めたマンチュク氏は、プランクトンのような小さな生物の化石を研究しているが、その研究を進めるためには電子顕微鏡が必要不可欠だ。化石の研究というと恐竜やアンモナイトなどをイメージされるかもしれないが、微生物の化石の研究は資源開発に欠かせない非常に重要なものだ。石油の掘削などでは、微生物の存在を頼りに探査することが多い。石油が存在する地層は決まっていて、化石の存在から石油が出る場所を推定することができる。微生物の化石は、地質学全般で使えるツールと言える」

――モンゴルでの主な研究成果を。

「世界で初めて石炭紀にモンゴルに海があった証拠となるものを発見した。シベリアと北中国は、現在は陸続きだが過去には離れており、その間には大きな海があったと言われてきた。だが、直接的な証拠は何もなく、論争がずっと続いている状態だった。調査研究を進めた結果、09年にモンゴルで海に生息するプランクトンの化石が大量に存在する地層を発見することができた。また、玄武岩も調査した。玄武岩は大陸にあるものとハワイなどの太平洋の島にあるものでは化学組成が違っている。モンゴルの玄武岩の組成を調べたところ、ハワイ諸島にあるものと同じ組成であることがわかった。過去にこの地が海であった証拠の一つと言えるだろう。その海は『モンゴル・オホーツク海』と呼ばれ、その大きさを見積もることは難しいが、日本海などよりもはるかに大きく、深く遠い海であったと推測される」

――モンゴルの資源が豊かなのは、古代に海であったことも関連しているのか。

「一概には言えないが、関連性はあると考えられる。鉱物資源は火山の活動と関連して生まれることが多い。その火山ができるためには、プレートの沈み込みが一つの重要な要素になる。モンゴルは過去に海であり、プレートの狭間に沈み込んでいる。そのため火山が過去にこの地に多く存在したことが想定される。火山には多様な鉱物が含まれているため、モンゴルの地に埋蔵されている鉱物資源のポテンシャルは大きいと言える」

――鉱物鉱床と石油や石炭の鉱床との違いはあるのか。

「鉱物鉱床は原油や石炭と違い、形が複雑で不規則な形をしている。そうなる理由としては、鉱物を含有するマグマの流れが必ずしも真っ直ぐではなく、うねり、枝分かれなどをするためだ。オユトルゴイ鉱山などは、そういったタイプと言える。その他にも非常に高温な温泉水の中にミネラルリソースが溶けていることがある。こちらもマグマ同様、不規則な流れとなる。一方、原油や石炭は、有機物が体積して形成されるため、一定の地層に集まって存在している。そのため微生物の化石がオイル層の判定に寄与するが、鉱物は微生物の化石で見つけることは難しい」

――モンゴル周辺の鉱物資源の埋蔵量については。

「陸上の国にはボーダーがあるが、地下にはない。地質のシュチュエーションとしては、中国北部からウラル山脈までがモンゴルと同様の地質と考えられ、鉱物資源も多いエリアと推測される。また、中国にある資源の大部分は、インナーモンゴリアにあると言えるだろう」

――モンゴルの鉱物産業における問題点を挙げてください。

「海がないことが最大の問題だ。モンゴルから鉱物資源を輸出しようとすれば、ロシアか中国を経由して、鉄道などで港に運び、船で輸出しなければならない。そのため交渉では条件面で足元を見られることが多く、不平等な契約を結ばざるを得ない要因にもなっている」

――モンゴル経済と鉱物産業の関係は。

「一時期、世界的に資源需要が高まり、モンゴルの資源に関するポテンシャルが注目され、実際にトレーディングも始まっていない状況ながらも期待感から大量の資金が流入した。その結果、モンゴルの鉱物業界の成長率は世界トップとなる20数%に達したこともあった。だが、足元で中国経済に陰りがみえてきたほか、アラブ、ロシア情勢の変化などで、モンゴルの資源産業に対する世界の見方が冷めてきており、資源に依存しているモンゴル経済も下落傾向にある。当然、鉱山開発もダウンしているが、これに関しては不平等な契約や環境被害の影響もある。このため数年前までモンゴルの大学で地質学は花形学部で人気も高かったが、今では志願倍率もかなり落ちたと聞いている」

――マンチュク氏にお聞きします。モンゴルにある主な鉱床について教えてください。

【マンチュク氏】

「モンゴル政府は国家戦略的鉱床を指定している。主要鉱床としては銅、金を産出する世界最大級の鉱山であるオユトルゴイ鉱山や、世界最大級の炭鉱で非常に良質なコークスが採掘できるタバントルゴイ炭鉱、銅、モリブデンなどは採れるエルディネット鉱山、バガノール炭鉱などがある」

――モンゴルの鉱物探査の方法は。

【マンチュク氏】

「昔は地名が重要な要素だった。例えばエルドネット鉱山のエルドネはミネラルの意味を指す。オユトルゴイ鉱山のオユはトルコ石を指す。トルコ石には銅が入っている。昔の人は体験から、その事を知っていた。その他にはやはり地質学がベースになっている。過去にロシア人が造った地質の地図があり、現在でもそれをベースにしていることが多い。そのうえで現地に赴き、サンプルを採取、持ち帰り分析する手法で開発を行っている」

――レアメタル、レアアースについては。

【マンチュク氏】

「現在は開発の動きがストップしているところが多い。住民の反対運動のためだ。開発に伴う環境汚染や様々な弊害が生じており、住民の反発が高まっている」

――その要因としてはどのようなことが考えられるか。

「普通に露天掘りで銅を掘削し、きちんと管理している分には大きな問題はない。だが、レアメタルについては精製する過程で多くの問題が生じる。例えばモンゴルでは放射性物質と一緒になって出てくるレアメタル、レアアースがある。必要な金属を取り出したあと、残された放射性物質をどうするのか、といった問題がある。放っておけばみんな被ばくしてしまう。管理保管するための施設などもない。日本が放射能廃棄物の処理に悩んでいるのと同様だ。レアメタルは下流まで見ると、開発が難しい金属と言える」

――鉱物資源開発に伴う環境被害については、どのような事例があるのか。

「様々なケースがみられる。実際、河川水を分析してみると、有害物質の濃度が高い箇所もみられた。具体的には砂金鉱床などで環境被害が多くみられる。その要因はこうだ。金が含まれた石があるとする。それが削られて川に流れる。川に流れた金は、その比重の重さから流されずに川底に溜まる。そうすると、非常に金の含有量が高い地域が広範囲に渡って川底に発生することになる。そういった河川がモンゴルにはいくつも存在し、開発の際は、名古屋大学博物館の建物にキャタピラを装着したような、巨大マシーンを使って川底をさらうことになる。開発を長期に渡って続けると川底は段々と削れ、地下水がある層に届いてしまう。水脈は様々なところと結びついており、思わぬところで被害が起き始めている。また、井戸から水が出なくなることや、水位が下がるなどの物理的な被害も出ている」

――住民の反対運動が起こっている。

【マンチュク氏】

「2月後半にも鉱山開発に反対するデモが行われ、逮捕者が出たもようだ。デモ参加者の多くは鉱山開発に携わっているようだが、零下20度の中、泊まり込みで反対運動が行われたと聞いている」

――その要因は環境問題か。

「環境問題も大きいが、外国企業が鉱山開発を行ってもモンゴルに利益が出ないような条約になっていることも影響している。モンゴル人は自然に敬意を払い、元来、自然を壊すことに抵抗がある。その上、経済的にもメリットがないとなると、鉱山開発への反発は高まらざるを得ないだろう」

――名大として資源開発に伴う環境問題への対応などは行っているのか。

「名大は教育機関であり、直接的な問題解決に向けてモンゴル政府に働きかける立場にはない。私たちにできることは教育や研究協力になる。名古屋大学では法学部もモンゴル国立大学と連携して『名大日本法教育研究センター』を設置しており、法学分野での連携も進めている。我々、理系の人間は、鉱山周囲の河川水で悪い物質の濃度が高いことを調査することができるが、調査結果を使って何かをすることはできない。一方、法学部の人は、分析などはできないが、法律をつくり、政治家となって施策を講じることができる。理想かもしれないが名古屋大学を卒業した理系と文系の人たちが一緒に、良いモンゴルをつくっていってほしいと切に願っている」

――最後にモンゴルへの提言を一言。

「モンゴルで資源と言えば、すぐに鉱物に目が行くが、他にも多様な資源がある。特にモンゴルは観光資源が豊富であり、人的資源も十分だ。モンゴル政府は国を挙げて、ミネラルリソースと言っているが、今のうちに他の産業を育てておかないと、そのあとが大変になる。現状の経済成長は資源バブルと考えられ、それが終息すれば経済が大変になると口をすっぱくして言っている。資金に余裕があるうちに、まずはインフラを整備すべき。観光をやるにしても、何をやるにしてもインフラこそが重要だ」



【プロフィール】

1971年1月2日、愛知県岡崎市で生まれる。1989年、富山大理学部地球科学科に入学、同大大学院で修士課程を終了。名古屋大学大学院で博士号を取得している。98年には名古屋大学大学院理学研究科の助手に採用され、2000年からは名古屋大学博物館で勤務している。現在、准教授。09年に名古屋大学がモンゴルの地元大学と連携して開設した「名古屋大学フィールドリサーチセンター(FRC)」立ち上げ時のリーダーとしても活躍。研究活動ではモンゴルのほかロシアや新疆ウイグル自治区、シリアでもフィールドワークを行った実績を持つ。また、第50次南極観測隊員として調査に参加。南極に赴き、夏場でも零下20度の極寒の中、テントで野営し、調査を行った経験を持つ。98年には日本地質学会「小籐賞」を受賞。エックス線作業主任者の資格を持つ。専門は地質学、テクトニクス。

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